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第38話 殺意

 突然、王太子が飛び出すのが見えた。

 貴族議会では、貴族の帯剣は禁じられている。

 だから俺は剣を持っていなかった。

 だが、どうやら王族は――王太子は違ったらしい。


 俺の席から、中央にある証言台までの距離は、王太子の座る席よりも遠い。

 セレナへと一直線に向けた短剣から、彼女を守るのがギリギリだった。

 彼女に覆い被さるようにして、抱きしめる。


「ヴィルっ! ヴィル!」


 俺の背中に王太子の短剣が突き刺さったのは、それと同時だった。

 セレナが俺を呼ぶ声がして、彼女の無事を知る。


「クソ! セレナを! セレナを出せ! 僕がセレナを殺すんだ」

「キュウ!」


 目の端で、王太子の片手が幻獣を一匹掴むのが見えた。


「王太子を抑えろ!」

「短剣を取り上げろ!」

「幻獣を握りつぶそうとしている! 刺激するな!」 

 

 何度も何度も王太子が短剣を背に突き刺すが、どうやらヤツが幻獣を掴んでいるせいで、止められないらしい。


「この! この獣人め! 僕のセレナを返せ!」

「ぐっ……! っ、つ」

「ヴィル、ヴィル」

 

 彼女を護ることに力を振り切っているからか、耳も尻尾も表に出ている。

 それが王太子をさらに刺激しているのだろうか。

 セレナの声が聞こえるだけで、俺は意識を保っていられる気がした。


「ヴィル、治癒を今……!」


 腕の中にいるセレナが治癒をかけ続けてくれるが、それ以上の速度で王太子が短剣を突き刺してくる。


「っ、は……っ、ぁ」

 

 背中が熱い。

 自分の膝辺りに、血だまりができている感覚があった。


(痛覚が麻痺してきたな――)

 

 意識が遠のく。

 ぐらりと体が落ちそうになり目線が下がったそのとき、幻獣が二匹俺の下から飛び出したのが見えた。


「ぎゃっ! 痛い! 噛むな!」


 王太子の声が響く。

 それと同時に、空気が動くのを感じる。 


「いまだ! 王太子確保! 幻獣保護!」

「ヴィルっ! ヴィル聞こえる?!」


 セレナに体重を掛けるわけにはいかない。

 必死で意識を保とうとするが、力が抜けていく。


「女神ザルナークよ、ヴィルレアム・アルディスを護りたまえ」


 セレナの両腕が、俺の体を抱きしめた。

 俺の体の中に、温かい何かが流れてくる。


(あぁ、この感じは――)


 あのとき。

 四年前のスタンピードのときに感じたものと、同じだ。

 初めてセレナと出会い、彼女が瀕死の俺を治癒してくれたときの――。


「セレナ、無事か?」


 背中の痛みが消えた体を、ゆっくりと引き起こす。

 彼女を正面に見据え、その両頬を手で包んだ。


「ええ。あなたが、私を護ってくれたから」


 セレナのその言葉に、安堵の溜め息を吐く。


「俺のこの腕が、この足が、あなたを護るために今動けたことが」


 息が、詰まる。

 胸が苦しく、まるで張り裂けそうになる。

 ぼたりと、胸元のシャツを何かが濡らした。

 赤くないから、血ではないのだろう。


「ヴィル。ヴィルレアム。泣かないで」


(泣く? 俺が?)


 セレナの柔らかな手のひらが、俺の頬に触れた。

 丸みのある小さな親指が、目元を拭う。


「四年前、セレナが俺を救ってくれた。あのときから、俺は」


(セレナを護ると決めていた)

 

 その言葉が紡がれる前に、口が動かなくなる。 

 

「ヴィル。まだ体を休ませて。無理に起き上がらないで」


(せめて、礼を――)

 

「セレナ、ありがとう」


 俺の言葉にセレナは目を瞠り、ゆるりと笑みを浮かべる。

 

「――それは私のセリフよ」


 (そうじゃないんだ)


 そう伝えたかった。

 けれど、幾度も剣を刺された俺は傷が癒えたところで、どうも体力を消費しすぎたようだ。

 ぐらりと体が横にずれたかと思うと、そのまま意識を失ってしまった。


   ***


 目が覚めると、すぐ横にセレナがいた。

 俺の手を握りしめ、じっとこちらを見ている。


「……ヴィル?」

「ずっと、手を握っててくれたのか」

「治癒はできたけど、体力をたくさん削られてたから心配で」

 

 繋ぐ手を引き寄せ、彼女を抱きしめる。

 彼女の体温が、体の柔らかさが、その存在を知らしめる。


「ねぇヴィル。私、四年前にあなたを治癒してたの?」


(そうだった。俺はあのどさくさで、何という告白をしてしまったのか――)


「ああ。セレナは四年前スタンピードの最前線に、治癒に来てくれただろ」

「……もしかして、あのときの隊長さんって」


 セレナの言葉に、頷く。


「獣人だから人間より丈夫、だから他の隊員を先にと告げたときに、セレナが何て言ったか覚えてるか?」

「私、変なこと言った?」


 心配そうな顔をする彼女の頬にキスをする。


「獣人だろうと人間だろうと怪我をしたら痛いし、死にそうなのは同じ、って言ったんだ」

「当たり前でしょう?」


 思い出しながら告げる俺に、セレナはきょとんとした表情を返す。


「セレナにとっては当然のことも、俺にとっては特別なことだったんだよ」


 ゆっくりと、彼女の頬を撫でる。

 片手で後頭部を支え、そのまま唇を近付けた。

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