第37話 王太子と幻獣
ヴィルがずっと、王太子ハロルドが臭いと言っていた理由。
それは、ハロルドの身に纏っている数々のもののせいだった。
「お印がありますので間違いないかとは思いますが、八ページの資料に添付したのは、王城針子部の作業履歴です」
これが、マーヨルド伯爵の妹キュルス・マーヨルド様にお願いをした件だ。
王城内の使用人が作業した工程表は、取りまとめられ事務取り纏め部署に届く。
侍女頭のキュルス・マーヨルド様であれば、問題なく写しを用意できるというわけ。
「そのボタンは、私がローレア侯爵家の狩猟会に参加した日の夜に、王太子殿下に暴行されかけたときに、引きちぎったものです」
ざわりと会場が沸き立つ。
王太子の暴行という、とんでもない単語が出てきたからだろう。
それでも、先ほどの王太子の私に対する妄言を見ているから、あながちでたらめではないと思われているようだ。
「ボタンの付け直しの作業が、その狩猟会翌々日に入っております。該当の衣服が殿下が当日着用のものと同一であることも、記載があるかと思います」
王太子の衣服を支度する係は勿論いるし、いつどんなときに、何を着たかも全て履歴が残っているのだ。
そう考えると、王族って本当に大変だなって思う。
生まれたときから王族だと、そんなこと当たり前に感じるのかもしれないけど。
「なるほど。セレナ辺境伯夫人の指摘は、殿下がこのボタンを身につけていたことの証明となる」
ジティスタ公爵が頷くのを確認し、私は言葉を続けた。
「ピアレント商会で幻獣を密猟したあと、彼らは当然それを利用します。詳細は拷も――尋問してください」
危ない。うっかり憎しみが溢れ出てしまったわ。
幻獣の幼体は一年で成体となり、魔力を宿す。そうなる前に殺し、その体の全てを資材とする。
そのうちの一つが角で作ったボタンであり――
「資料十ページにあるのは、王太子殿下がお使いの香水についてです」
そこには商品名と購入元、それにその成分分析を教会が行った結果が記されていた。
幻獣フィエル、つまりフィーと同族の体液を使った香水だ。
私を幻獣の骨と瞳でできた首輪で繋ぐ、などという悍ましい話をしていたからこそ、気付いたこと。
(彼らは全て破滅に自分から向かっていったのよね)
私を誘拐しただけでも、きっとヴィルはハロルドとガルアス、それにローレア侯爵家を許さなかっただろう。
けれど、幻獣に手を出したことをあのとき私に自白したからね。
(自分が利口だと思ってるヤツに限って、ペラペラと話すのは何でだろ)
「殿下はご自身の身だしなみを非常に気にされる方です。その香水から服、宝飾品、全てに於いてご自身で素材から吟味し、注文すると、常々ご自慢なさっておられました」
その割に、婚約者時代に私へ用意するドレスは、流行の胸元の開いたドレスではなく、首筋まで襟のついた古いデザインのものが多かったけど。私には古いものでも与えておけばいいと思ってたんだろうけど。
「確かに、殿下はいつもそうおっしゃっていたわね」
「希少な宝石だの、なかなか手に入らない珍しい素材のカフスだのと自慢されたことがあるが、珍しい素材とはもしや……」
そんな言葉が、貴族席のあちらこちらから聞こえてくる。
私はにんまりと笑みが浮かびそうになるのを堪え、真っ直ぐに公爵を見た。
「それはつまり、ご自身が幻獣の素材を好んで選んでいたということではないでしょうか」
「これは、言い逃れはできないですな。王太子ハロルド殿下を世界法に照らし合わせ、改めて詮議の対象とすることを、ここに宣言する!」
ジティスタ公爵の宣言に、国王、正妃、王太子が一斉に立ち上がる。
反論をしようとしたのか。
(もう、逃げ場はないのよ、ハロルド)
そう思い、ハロルドを見る。
だが、私の目線の先にハロルドはいない。
(え……?!)
ガタン、と大きな音がした。
「セレナ!」
聞こえてきたのはヴィルの声。
私の視界は、彼の体で覆われる。
キュウキュウと幻獣たちの鳴き声がした。
顔を上げると、苦痛に耐えるヴィルの顔が。
ぽたりと赤い血が、彼の体から落ちてきた。




