第36話 ピアレント商会とガルアス・ローレア
「ガルアス・ローレア卿の申し開きの途中で申し訳ないが、本件に関する重要な証拠が届いたので、入室させても良いだろうか」
当然、前もってジティスタ公爵には伝えてある。
ヴィルの申請に、すぐに許可が下りた。
「……っ、な!」
ガルアスは、入場してきた辺境伯領騎士団員たちを見て声を上げる。
辺境伯領騎士団数名とともに入るのは、六人の男。
そして、檻に入れられたままの幻獣たちだった。
「王国騎士団団長であるソグリ公爵のご子息立ち会いの下、我が辺境伯領騎士団がピアレント商会にて身柄を拘束した者、及び接収した檻にございます」
檻の中の様子をちらりと見たヴィルが、眉根を寄せる。
「失礼します。聖女セレナ様、多くの幻獣の幼体が怪我をしております」
檻を運んできた隊員が、私へと話しかけた。
ヴィルも頷く。
「すぐに治癒をするので、こちらへ」
私の言葉に、入り口からこの場所までの間の道を、貴族たちが空ける。
幻獣たちが入れられている檻が、ゆっくりと近付いてきた。
「かわいそうに……」
檻の中にはいろいろな種の幻獣の幼体がいる。皆一様に、傷を守るようにして、こちらを見ていた。
私は両手を広げ、檻を抱え込む。
瞳を閉じ、意識を集中した。
「女神ザルナークよ。ここに捕えられた数多の眷属の傷を癒やしたまえ」
私の体が光り、檻の中にいる幻獣たちに降り注ぐ。
周囲から、感嘆の声が漏れるのが聞こえた。
「閣下。幻獣たちの傷は治癒しました。檻から出してあげても良いでしょうか」
「無論だ。幻獣をそんなところに入れておくなど、世界法の観点から見てもけして許されることではない」
ガルアスを見れば、顔が真っ青だ。
当然だろう。
世界法で禁止されている幻獣の密猟だけでも、極刑ないしは無限労働のいずれかと定められているのだから。
檻から出された幻獣たちは、私の足元に走ってきた。
抱き上げられるだけ抱き上げ、追いつかない子たちは私の隣の席に座らせてあげる。
(この空気の中、癒やしだわぁ。うう、このままずっと撫でてモフモフしていたい)
もちろん、そんなことはおおっぴらにできないので、そっと撫で続けるだけだけど。
「ピアレント商会の責任者は、ガルアス・ローレア卿であると、先ほど本人の口から供述があった。王国騎士団長立ち会いの下に拘束した者は、後ほどじっくり話を聞くとしよう。この件については、ローレア侯爵家の皆さまにも話を聞かせて貰う」
法務大臣であるジティスタ公爵自らの口から出たその言葉は、判決に近い。
幻獣に手を出すことを許す。それをしてしまったら、国家運営自体が危うくなるのだ。
「ガルアス・ローレア卿、席に戻って構わない。あぁ、ローレア侯爵家の周囲には、騎士を立たせて貰う」
ジティスタ公爵が手を上げると、すぐに騎士たちがローレア侯爵家の周囲に立つ。
貴族席は貴族家ごとにまとまっているので、周囲に座る家門が少しだけ場所を譲っていた。
「そういえば、アルディス辺境伯への国王陛下からの詮議書ですが、ローレア侯爵家とともに王太子殿下が関わっていたかと思いますが」
公爵が王太子へと責任追及の手を伸ばしかけると、それまで黙っていた正妃が扇子をばさりと広げ、立ち上がる。
「わたくしのかわいい王太子は、ローレアの息子に利用されたのですわ」
「そ、そうだ。僕は無関係だ」
王太子ハロルドが正妃に続きそう宣言すると、ガルアスの表情がごっそりと抜けた。
(つく相手を間違えて悪いことをすると、こうなるのよ)
切り捨てるタイミングも最悪。
上に立つ者は、無慈悲な判断もしなければならないというのなら、もっと早く処断するべきなのだ。
(つまりは結局、王の器ではないということ)
ハロルドに並んで座る、第二王子を盗み見る。
動じることなく、真っ直ぐにジティスタ公爵を見ていた。
(第二王子が、繰り上がりかな。まぁその辺は、貴族のおじさまと側妃に任せるとして)
ガルアス・ローレアを、ローレア侯爵家を切り捨てて安穏といられる立場ではないと、思い知らせてやらないといけない。
「ジティスタ公爵閣下。私からも資料の提示と告発を」
「ふむ。では、セレナ辺境伯夫人証言台へ」
もっともらしいやりとりをしているけど、事前の打ち合わせは勿論してある。
こういう根回しが大切だということも、王太子妃教育でマーヨルド伯爵夫人に教えて貰ったのだ。
せっかく学んだ王太子妃教育の成果をここで、王太子にお返ししないとね。
モフモフたちも三匹ついてきたので、証言台の机に乗せてあげた。
様子を見ている貴族たちや閣下の表情が少しだけ緩む。わかる、わかるよ! かわいいものね、モフモフ。
――気を取り直して。
「閣下のお手元にお出しした、資料八ページをご覧ください。また、別途証拠品を提出いたします」
私の合図で、アンが銀のトレイに乗せた証拠を公爵の手元に届ける。
「これは、ボタンかな?」
公爵はそれを手にし、じっくりと見た。
そこに掘られた模様を見て、「ほう」と小さく声を出す。
「はい。ご覧の通り、王太子殿下のお印が掘られたボタンです」
「つまりこれは、王太子殿下がお使いだったもの、と」
そう。以前ローレア侯爵家の狩猟会の夜、ハロルドの着ていた服から引きちぎってしまったボタンだ。
ただのボタンではない。
私は頷き、口を開く。
「それは、幻獣バイコーンの角で作られたボタンであると、教会が証明しました」




