第35話 二重帳簿
「セレナ、何故そこまで頑なに自分を偽るんだ。素直に僕を愛していると言え」
立ち上がった王太子が言った言葉に、ざわめきが起きる。
それはそうだろう。
これまでの私の言動から、偽っていることなど一つもないのだから。
「ジティスタ公爵閣下。続きをお願い致します」
何を言っても言葉が通じない相手とは、交信しないに限る。
私は議長役のジティスタ公爵に先を促した。
彼は頷き、ヴィルへと視線を向ける。
「続いて、魔獣のスタンピードについてだが」
ジティスタ公爵が水を向けると、ヴィルは頷く。
「先ほど提出致しました資料の五枚目をご確認ください」
先ほどというのは、貴族議会開始のときだ。
途中で正妃派に手を出されないために、今回必要な資料を先に提出した。
「我が領地での魔獣のスタンピードが起き始めたのは六年前。そしてその頃から、ある商会の幌馬車が頻繁に訪れるようになった」
ヴィルの言葉に、ジティスタ公爵は手元の資料へと目を落とす。
「ローレア侯爵領の商業通行手形を持つ『ピアレント商会』かな」
「はい。その商会の出入りと、スタンピードが起きるタイミングを纏めたのが、その次のページです」
「……これは。いやしかし、偶然ということも」
それはそうだろう。
私とヴィルはガルアス・ローレアの告白を聞いているから紐付けられるが、そうでないと偶然の一致としか考えられない。
「ピアレント商会については、おかしな動きがあるんですよ。そこで証人を呼んでも宜しいでしょうか」
許可が下りると、ヴィルはダーリング・レンドールを呼ぶ。ヴィルは一度席に戻り、代わりにダーリングが証言台に立つ。
ダーリングに頼んでいた二つのことのうち、一つめがここで証拠として提出される。
多少お金がかかっても構わないから、と商会の人間を買収して貰ったのだ。
「アルディス辺境伯領と王都にて店を構えております、ダーリング・レンドールと申します。今提出しましたものは、ピアレント商会の二種類の帳簿にございます」
彼の言葉に、ジティスタ公爵の手元に視線が集まった。
公爵は中を捲ると、苦い表情を浮かべる。
「これはまた随分と……。粉飾だらけの帳簿だな」
「閣下、帳簿の差分で目立つのは仕入れ数と販売数の差異とその価格でございましょう」
ダーリングはそう告げると、人好きのする笑みを浮かべた。
まるで大商会の会長のような余裕だ。
「通常販売される同商品の高級品であっても、宝石を付けない限りはそんな価格にはなりません。それに、裏帳簿の方では謎の人件費が非常に多い。職人の数も、何故か表帳簿と異なります」
ジティスタ公爵はページを捲る手を、ぴたりと止める。
「表立って加工できないものでも、扱わせている……ということか?」
ヴィルが提出していたピアレント商会の情報へと、今度は目を移すと、公爵は貴族席へと目を向けた。
「ローレア侯爵家令息、ガルアス・ローレア卿。証言台に」
***
遂に名を呼ばれたガルアスは挨拶をし、不敵な顔をして証言台へと立つ。
「私は確かにピアレント商会の責任者です。申し訳ありません。帳簿を書き換え、虚偽の申告をしていたことを、ここに告白致します」
収支報告を国に提出するときの書類には、ガルアスのサインが残っている。
ここで知らなかったという言い逃れはできない。一方で、虚偽申告は確かに罪だが、幻獣の密猟とは罪の重さが全く異なる。
(ガルアスは、これで逃げ切れるとでも思ってるんでしょうね)
だから、『自分は上手くやっていると思っているタイプ』と私に揶揄されるのよ。
その程度の浅い考えだから、あんな馬鹿みたいな詮議書を国王に発行させるのだろう。
「なるほど。ガルアス・ローレア卿は、虚偽申告については認めるということで、間違いないかな」
「は。心より反省しております。改めて正式な税額を納入し、しばらくの営業停止といたします」
「うむ。それはそれとして、ではどうして裏帳簿を用意する必要があったのかの説明を、して貰おうか」
ジティスタ公爵の方がうわてね。
長い間法務大臣を務めている方を、そんな小手先で誤魔化せるわけがない。
「そ、それは……」
ガルアスが言い淀んだ、そのとき。
「――来たか」
ヴィルが、入り口を見て口の端を僅かに上げた。




