第34話 貴族議会
エルタード王国の貴族議会は、定期的な開催の他に、国王もしくは三大公爵家の召集により実施される。
今回は国王からの突然の詮議書――しかも謂われなきことが発端となっているので、王家の暴走を止めるためという名目で、三大公爵家全てが召集に賛成した。
「では、今回の貴族議会開催を希望したアルディス辺境伯、同夫人はこちらに」
マーヨルド伯爵夫人にドレスの見立てと身だしなみの確認をお願いしたので、きっと今日の私はかなりの『聖女』に仕上がっている。
そう。
今日の私は、辺境伯夫人でありながら、聖女であることをアピールする方針だ。
(その方が、いろいろ都合が良さそうだからね)
やがて王家の方々も全員――一番末の姫様以外――が揃う。
国王、正妃、側妃、王太子、第二王子、第一王女だ。第一王女も正妃腹。
「本日の議長は、法務大臣であるホーネル・ジティスタが担当する。先ずは本日の開催趣旨について」
ジティスタ公爵は淡々と、国王からの詮議書について口にする。
彼の手元には、ヴィルが証拠として提出したそれがあった。
「国防の要となるアルディス辺境伯への、決めつけといえる詮議書をどういう意図で送られたのか、先ずは陛下よりお話を」
この貴族議会では、証言するときには中央に用意された証言台に立たないといけない。
ただし王族のみ、その場での起立で許可されていた。
「王太子ハロルドよりの報告書をもって、判断した」
この場の正妃派の者以外が全員――もしかしたら正妃派の者もかもしれない――「その報告書、信用できると思ってるのか」と感じただろう。王族席に座るハロルドは、相変わらず人を見下すような顔でこちらを見ている。
「では陛下。その報告書を作成したのは、ハロルド殿下の他にはおりますか」
「ハロルドの側近である、ローレア侯爵家のガルアス・ローレアだ。彼は非常に頭脳明晰であることは、皆も承知だろう」
ジティスタ公爵の問いに国王がそう答える。
(ローレア卿が頭脳明晰、ね)
あれは腹黒というのだ。
確かに頭は良いが、普通程度。
自分とローレア侯爵家のためにだけ頭脳を使っている。小さい頃から王太子同様褒めそやされて生きてきたからか、自分は上手くやっていると思っているタイプだ。
「つまり王太子殿下と、その側近以外の目は入っていない報告書ということで、間違いないですな」
「それに問題があるのか!」
「……王太子殿下、これはただの確認です。指名されていないときは、お話にならないよう」
この確認は重要だ。
報告書が虚偽である場合の、責任の範疇が決まるのだから。
「王太子とガルアス・ローレア、それにローレア侯爵が確認したとサインがあった」
国王がそう告げると、ジティスタ公爵は手元の他の資料を手にした。
「なるほど。確かにここにはその三者のサインがありますな」
「その報告書はどうやって手に入れた!」
「殿下。だから勝手にお話にならないでください。こちらは陛下の側近であるワット侯爵より預かっております。彼が視察で不在の間に、ローレア侯爵が主体となって、この件を進めたと伺っておりますが」
「ふん。その通りだ。何しろ幻獣の安全がかかっているからな」
ワット侯爵がまともなようで何よりだ。
とはいえ、ワット侯爵家は確か正妃派だった記憶がある。
――今回の件で、乗り換えるつもりなのかもしれない。
「では次にアルディス辺境伯、申し立てについて述べよ」
ヴィルが中央の証言台に立つ。
今日は耳も尻尾もしまっている。彼の無表情の中に、小さな苛立ちが見て取れた。
「先ずはこの場にいる皆さま方に、聖女セレナは先だって我が妻として正式に迎え、これを教会が承認したことをお伝えする」
「なっ! 勝手だぞ、辺境伯!」
ヴィルの宣言にこの場の貴族たちが拍手する中、ハロルドが立ち上がって声を荒げる。
それを睥睨すると、ヴィルは軽く首を傾げた。
「おかしな話ですな。我が国において、貴族も平民もその婚姻については教会での承認のみが、必要です。私が婚約者であるセレナと婚姻することに、何の問題が?」
「セレナは僕の婚約者だ」
ハロルドが私との婚約を破棄すると宣言した夜会に出席していた貴族は、この場にも多くいる。
そもそも教会が承認したということは、私とハロルドの婚約はすでになくなっているということ。
「王太子殿下は、どうやら記憶障害のようですな。我が妻セレナとの婚約を破棄すると、殿下自らがおっしゃったじゃないですか。俺はそのときに、彼女に求婚し受けてもらった。この場にいる多くの貴族の方が、それをご存じだ」
言葉だけで、ヴィルはハロルドを圧する。
ハロルドはそれ以上何も言えなくなり、座った。
(もしかして、本当に記憶喪失にでもなったのかしらね)
そうでないと、彼のここのところの行動に説明がつかない。
「今話した通り、俺は聖女セレナに夜会という公の場で求婚し、彼女はその場で受けてくれた。そこに、詮議書にある無理矢理連れて行ったという要素は一切ないと思いますが、陛下、いかがですか?」
ヴィルの言葉は暗に、夜会で勝手なことをしでかしたお前の息子の行為をなかったことにしてるんじゃねぇ、と告げている。
しかも王命で結ばれていた婚約だった。
本来であれば国王が把握していなければならないし、本当に婚約を継続させたいのであれば、国王がすぐに動くべきだったのだ。
「せ、聖女セレナは……幼い頃からハロルドの婚約者であったろう。そなたはどう思っているのだ」
「辺境伯夫人セレナ様、その場で結構ですのでお答えいただけますか」
しっかりと辺境伯夫人であることを言い添えてくれるジティスタ公爵は、できる男だと思う。
「私、王太子殿下と婚約をせざるを得ない状況になってから、ただの一度も殿下を好ましいと思ったこともありませんし、殿下に大切にしていただいたこともありません。そんな方に、婚約を破棄すると言われたとして、喜んで受ける以外のことがありますでしょうか」
私がそう口にすると、ハロルドはすぐに立ち上がった。




