第33話 マーヨルド伯爵領にて
王都に向かう隊とは別に、騎士団はもう一箇所に向かう。
私とヴィルは王都に向かう途中、マーヨルド伯爵領に立ち寄った。
「アルディス辺境伯、セレナ嬢。良く来てくれた」
マーヨルド伯爵と夫人が揃って迎えてくれたところで、ヴィルは挨拶のあとにほんの少し笑みを浮かべる。
最近のヴィルは、少しずつ表情筋と仲良くなってきているようだ。
「マーヨルド伯爵、実は彼女は辺境伯夫人となりまして」
その言葉に、マーヨルド伯爵夫人は「まぁ!」と嬉しそうな声を上げられた。
そうして、私の近くに駆け寄ってくる。
(礼儀作法に厳しい方なのに珍しい)
そう思ったのと同時に、夫人が私を抱きしめた。
「良かった。あなたを、あなた自身を大切に思ってくださる方に、出会えたのね」
(……あぁ)
夫人のその言葉に、彼女がどんな気持ちで私の教育を担当してくださっていたのかを感じる。
こんなにも近い場所で、私の生きる先を心配してくれる人がいたのだと。
――身につけた礼儀も知識も、あなたを裏切りません。
厳しい王太子妃教育の中で、夫人は常にそう口にしていた。
それは多くの民の前に出たり、貴族の前、他国の貴賓と出会うときのことだと思っていたけれど。
王太子との婚約が破棄されてからもずっと、私の身を助け続けてくれていた。
「マーヨルド伯爵夫人。私は、夫人に教えて頂いたことで、幾度も乗り越えられることがありました」
そっと体を離した夫人は、そのまま私の両手を握る。
彼女の美しい姿勢、教養深い視線。
(忘れてた。厳しい教育の中でも、私は夫人のような知的な女性になりたいと思っていたことを)
実際は、修道院で育った平民らしく口も悪く、お上品ではない行動だって多々してしまうけれど。
「私はいつだって、あなたの教えを忘れたことはありません。ありがとうございます――先生」
***
伯爵領に一泊し、翌朝すぐに貴族議会に向かう。
それが今回の計画だ。
すでに議会の開催権を所持する三公爵家には連絡をしている。
「キュルスからは、依頼されたものは確保していると連絡が届いている」
マーヨルド伯爵領の産物をふんだんに使った豪華な晩餐をいただいた後、私たちは伯爵家のドローイング・ルームでお茶をしていた。
伯爵の妹であるキュルス・マーヨルド様は、王城の侍女頭をしている。
「ありがとうございます、伯爵。今回の件で、キュルス様が不便を被らないと良いのですが」
「その辺は大丈夫だ。妹はあれでなかなかしたたかでな」
そうでなくては、王城の侍女頭なんて務まらないのだろう。
「それに、何かあればジティスタ公爵が孫殿の教育係として雇いたいと言ってくれている」
「ジティスタ公爵のお孫様といえば、末姫様の?」
私の問いに、今度はマーヨルド伯爵夫人が頷いた。
「ええ。末姫様のご婚約者です。まだ六歳とは思えないほど聡明だとか」
末の姫は側妃腹では二人目の子。確か五歳だ。
正妃を溺愛する国王ではあるが、正妃の出自が新興の伯爵家だったこともあり、公爵家から側妃を娶った。
その側妃が生んだのが一男一女。奇しくも正妃も同様に一男一女を生んでいるが、国王の子どもへの愛情はこの末姫に対してが一番だ。
(話を聞いたときは、公爵家の令嬢が側妃にだなんて大変だったろうな、と思ったけど)
側妃殿下はどうやら子を二人生んだら、国王と没交渉しても良いという条件で嫁いだらしい。
高貴な方々というのは、難しい。
(でも、側妃殿下は幾度か修道院でお目にかかったことがあるのよね)
気さくな方で、どうせ義理の母になるならこういう方が良かった、としみじみ思うわ。
「側妃殿下にも王子がお一人いらっしゃるが、マーヨルド伯爵夫人が教育を?」
ヴィルの言葉に、夫人は笑う。
「現在十六歳であられるけれど、王太子殿下よりもはるかに優秀でしてよ」
それはつまり、王太子のすげ替えが可能と言うことだ。
正妃腹とはいえ新興伯爵家の出の妃のハロルドが王太子でいられるのは、第一王子であるということ。それに側近にローレア侯爵家がついていたからだ。
一方で、側妃は公爵家の出であるため第二王子を王太子にしたがっている人も多いという。
ハロルドがあんな感じなので、余計なのだろう。
(聖女とはいえ平民の私が婚約者になれたのも、貴族間のバランスとしてはむしろ歓迎されるところだったんでしょうね)
「セレナ夫人」
マーヨルド伯爵夫人が私を呼ぶ。
(ふ、夫人って呼ばれるの、慣れなくて緊張するわ)
「今回の貴族議会招集の経緯は、聞いています。私が昔お教えしたことを覚えていて?」
「――はい。愚かな為政者は国を滅ぼす。それを防ぐために貴族がいて、貴族は派閥を作る」
互いに監視をしないと、人は低きに流れていくから。
「私は国をどうにかしようとか、そんな大それたことは考えていません。ただ、気持ちの悪い王太子と、幻獣を密猟する貴族は地獄に落としたいと思っています」
決戦は――明日。




