第30話 証拠集め
領地に戻る馬車の中で、ヴィルには倉庫で私が聞いたハロルドとガルアスの話をした。
彼は怒りを抑えるために、必死に自分の手を握っていたけれど、そこから血がにじんでいるのが見えた。
(スタンピードの発生が自然なものではなく、人的なものだと分かったんだものね)
多くの領民を窮地に立たせ、苦しませた魔獣のスタンピード。
そしてそのスタンピードでヴィルは、ご両親を亡くした。
彼の思いは、察するに余りあるほど深いものだろう。
「まずは領門の記録だ」
訓練場での集会を終え、執務室に戻ったヴィルが開口一番そう言ったのは、ハロルドたちを決して逃がさないという意思の表れだった。
書類を整え、誰から見ても有罪になるように準備をする。
(きっと、本当は剣で斬ってしまいたいだろうに)
けれど、それをしてしまったら、ヴィルが罪人になってしまう。
そうすると、このアルディス辺境伯領もどうなるかわからない。
彼はそこまで考え、耐えているのだ。
「では、私は教会に働きかけますね。それから国全体のスタンピードの状況を調べましょう」
「教会については、セレナが一番適任だろうから助かる」
「任せてください。教会の偉い人たちとは、割と仲がいいんです、私」
肩を軽く上げて笑えば、ヴィルの緊張も少しほどけたようだった。
耳がぷるりと動く。
「そういえば、ローレア侯爵家からの婚約の申し込みの手紙って、とってあります?」
「破り捨てようとしたが、スタンピードがちょうど起きたから、どこかに」
「それは良かったです。それも、侯爵家の非礼を詰めるときの資料に」
ヴィルは引き出しをいくつか開ける。三回目で、件の手紙を見つけたらしい。
それを机の上に置く。
「資料を纏める場所を作っておこう」
すぐに家令のゲッセルンが動き、深さのあるトレイが用意された。
そこにヴィルが手紙を放り込む。
「あとは……、メイドさんや下働きの方々に、領地の聞き込みをお願いしましょう」
「騎士団じゃなくていいのか?」
「ええ。雑談のような感じの方が、記憶を辿りやすいでしょう」
私の言葉に、ヴィルは納得したような顔をした。
した、が――。
(なんで尻尾がぶんぶん振れてるの?!)
「セレナは、細かいところに気が付くよね。自慢の妻だ」
「――もうさっさと婚姻届、出しちゃいますか?」
彼はずっと私のことを、妻と言ってくれる。
よりよい政略結婚が今後でてきたときに、私が邪魔にならないようにと思っていたけど、どうも彼はそのつもりはなさそうだ。
それならば、王家から変な横やりが入る前に、婚姻届を出した方が早いだろう。
「いいのか?!」
私の言葉に、ヴィルの表情がまるで大きく開いたガーベラの花のように、明るくなる。
「教会に連絡するときに、届け出は出しちゃいますね。王太子が変な動きをする前に」
「確かにな。アレは何をしでかすか、わからん」
「その通りです。なんでしょうね、私のこと嫌ってるくせに」
「ん?」
「ん?」
ヴィルの表情が無表情に戻ると同時に零れた言葉に、私も同じ言葉で返す。
「王太子に嫌われてると今も思ってるか?」
「はい。だって、あんな気持ちの悪いことを一方的にまくし立てるなんて、好意を持つ相手にはしないでしょう」
ハロルドは、私が彼を愛していることが重要だと思っているのだろう。
自分の手元から駒がなくなるのが、きっと嫌なのだ。
そうヴィルに伝える。
「そうだな。好意を持つ相手に、そんなことはしないな、普通」
「でしょう? しつこくって、本当に気持ち悪い。私だって相手が好意を見せれば違ったと思うのよね」
婚約をねじ込まれ、初めて会ったときからハロルドの態度は酷かった。
そんなに嫌なら、無理矢理婚約なんて結ばなくてもいいのに。
癒やしの力の聖女が、王家の手駒として欲しかっただけなのだろう。
「まったく。王太子というのは、どうやって人に好意を伝えるかすら、教わらないんだろうな」
「教わってても、嫌いな相手には不要なんだと思うわ」
「セレナがそう思うのが一番大事だな、俺としては」
そう言うと、ヴィルは一枚の書類を出してサインを入れる。
「セレナ」
手渡されたそれは、婚姻届。
すぐにサインを入れると、ヴィルの膝に座る。
(自分から座るなんて、調子に乗ってるって思われるかな)
――なんて心配は不要だった。
「初めてセレナから、膝に乗ってくれた」
嬉しそうにヴィルが私を抱きしめる。彼の尻尾が大きく振れて、千切れてしまいそう。
私を片手で支えながら、もう片方の手で婚姻届を三つ折りにして重ねた部分に蝋を垂らし、シグネットリングで封をする。
重要な書類は、こうして改竄を防ぐのだ。
それをさらに封筒に入れ、そちらにも封緘をする。
「じゃあ、私が書いた手紙と一緒に届けて貰いましょう」
「速馬を使おう。あれなら今日中に届くだろう。戻りのときに返事も貰ってくるよう伝える」
家令のゲッセルンに託されたそれは、恭しく銀のトレーに乗り部屋を出た。
「あとは……。これという証拠をいくつか集めれば」
おそらく幻獣に関しては出てくるとしても、王太子がローレア侯爵家を切り捨てたら終わりだ。
王太子自体を失脚させるものを――。
「あ!」




