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第3話 新しい婚約02

「先ほどの婚約破棄については」


 ハロルドが大股でこちらに歩いてくる。

 近付かなくていいのに。

 この距離では、聞こえなかったと無視するわけにもいかない。

 

「はい。ご安心くださいませ。王太子殿下直々のご希望ですので、つつがなく手続きを進めさせていただきます」

「まだ書類上は」

「王太子殿下が数多の貴族の前で発せられた、ご自身にまつわるご発言ですもの。すぐに効力を発揮するに決まっております」


 いや、全然そんなことはないんだけど。

 とにかく「さっきのやっぱなし!」なんてならないためには、全力で説得しないといけない。

 でも実際この婚約は王太子の希望で成立したらしいので、彼が婚約を終了させたいのならば、成立させても良いのでは。


(ハロルドをデロデロに甘やかしている正妃も私のことを嫌ってたし、ちょうど良いよね)

 

 きっと、電光石火の如く書類を処理してくれることだろう。

 ふと気付けば、さっきまではいなかったハロルドの側近ガルアス・ローレアが少し後ろに控えている。

 

 いつも私を馬鹿にした目でみているこの男は、ローレア侯爵家の次男。

 平民の私とは口もききたくないのか、ほとんど会話をしたこともないメガネ野郎だ。細マッチョの頭脳派。この手のタイプが好きなお嬢さんは多そう。性格悪そうな顔してるから、私は嫌いだけど。


「ハロルド王太子殿下」


 まだ何か言いたそうなハロルドに、ヴィルレアムが私より半歩前に出て声をかける。


(あ、もしかして盾になってくれてる?)


 さすがは辺境伯。騎士道精神というやつだろうか。

 

「なんだ、狼辺境伯」


(狼辺境伯?)


 ハロルドの言葉にヴィルレアムは眉を少しだけ動かしたかと思うと、すぐに無表情に戻る。


「殿下が先ほど婚約を破棄されましたので、聖女殿は我が領地にお連れ致します。婚約者として」

「それは許さん!」

「しかし先ほど聖女殿にプロポーズをするときに、殿下は何もおっしゃらなかったではありませんか」

「聞こえなかったのだ!」


 確かに、ヴィルレアムからの最初の声かけは、そこまで大きな声ではなかった。

 あれはわざとだったのね。


「左様ですか。ですが、すでに聖女殿からはご了承をいただきましたゆえ」

「それは聞こえた。だから止めているのだ」

「殿下、そうころころ意見を変えるのは、王族としていかがなものでしょうか」


 ヴィルレアムの顔は、無表情のままだ。

 だからこそ、底知れない恐怖を相手に与えるのか。

 顔だけ王太子のハロルドは、唇をキュッとつぐむと、必死でヴィルレアムを睨む。


(蛇に睨まれた蛙みたい)


「アルディス辺境伯閣下。あなたにはメルダという者がいるでしょう」

 

 必死のハロルドの後ろから、側近ガルアスが突然口を開いた。


(突然なんなの? それより、メルダって女性の名前よね。もしかして彼には婚約者がいるってこと? まぁ辺境伯ともなれば――)


「ローレア侯爵令息。以前より何度も申し上げておりますが、あなたの妹御には一切興味がありませんので」


(あ、全然興味ないんだ……)


 ガルアスの妹との縁談でもあったのか、その子がヴィルレアムを一方的に好きなのか。

 どちらにしろ、辺境伯家側からは断っているのだろう。


(もしも婚約者とかそういう人がいるとしても、まぁどうせ私は辺境伯領に行ったら一聖女としての労働力を提供するだけだし)


 ぼんやりとそんなことを思っていると、ガルアスが唾を飛ばすように口を開く。


(汚いなぁ……)


「無礼だぞ! 我が侯爵家からの」

「貴公は侯爵令息。俺は辺境伯家当主。どちらが無礼か」

「しかし私は殿下の側近だ」


 側近だろうと何だろうと、爵位で考えれば貴族の嫡男でもない次男と当主。

 どちらが上か火を見るよりも明らかだ。


「ローレア卿の大好きな身分制度では、辺境伯閣下の方が上では……?」


 あえて小声で私が言えば、ガルアスは顔を赤くした。


(ふふん。平民だからと私を馬鹿にしてたけど、身分制度を重視するなら、それにしっぺ返しを食らえばいいんだわ)


 ヴィルレアムは一瞬、小さく笑うと私を見る。


(あら? 今笑った?)


 無表情に近い顔が少しだけ緩むと、一気に印象が変わった。


(新しい雇用主としては、やりやすそうな人の気がする!)


 思わず浮かれた顔になりそうな自分を戒め、王太子妃教育で培った表情筋を総動員して淑女然とした笑みを浮かべる。


「では、本日は失礼致します。さぁ、聖女殿まいりましょう」


 ヴィルレアムはそう言うと私の腕をそっと引き、私の腰に触れそうで触れない位置で手を止めてくれた。

 端から見たら、彼は私の腰に手を回しているように見えるだろう。

 改めて出口へと向かう私たちに、ハロルドは叫ぶ。

 

「お、狼辺境伯! 私は」

「殿下」


 ぴたりと立ち止まると、ヴィルレアムはハロルドへと鋭い視線を飛ばす。


「この国の国境を守っているのが誰か、ご存じないのですか」


 その一言で、ハロルドはそれ以上何を言うこともできなくなった。

 このエルダード王国の国境にある、ザルナの森は魔獣のスタンピードが多発するところだ。

 辺境伯軍が抑えていなければ、あっという間に国中を魔獣が襲うだろう。

 そして、その森の向こうに広がるのは、今でこそ戦争は起きていないが、かつては王国と戦っていたパステージ獣人国。

 どう考えても、王家としてヴィルレアムを敵にするべきではない。


「アルディス辺境伯閣下。行きましょう」


 ハロルドが黙った隙に、私たちはこの場から立ち去るのが良い。

 私の言葉に、ヴィルレアムが改めて私をエスコートし、大広間を出た。

 後ろからは夜会の喧噪が聞こえるが、それもやがて小さくなっていく。


 それにしても、ハロルドが口にした、狼辺境伯とは一体――。


(まぁ、あとで聞けばいいか)


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― 新着の感想 ―
狼辺境伯の名前が「ヴィルレアム」と「ヴィルヘルム」で混在しており、お話は面白そうなのですが気になり過ぎて読めません……(・・)
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