第28話 リボン
ローレア侯爵領へと向かう馬車の中。
俺の向かいに座るメルダ・ローレアは、どうして理解ができないのか。
彼女がわずか十二のときに、我がアルディス辺境伯家に俺とローレア侯爵令嬢メルダとの婚約話が持ち上がった。
(年齢差を言い訳にしたが――そもそも俺はこの娘を好まない)
当時俺は十八歳、メルダは十二歳だ。
当然そんな気にもならない上に、ローレア侯爵家と縁が繋がったところで、我が家に何の得もない。
政略結婚としての旨味もないのだから、そこで話は終わる筈だった。
(だがそれ以来、ことあるごとに俺を見つけては纏わり付いてくる)
何度断っても、しつこくついて回るから、正式に抗議文も送ったというのに。
そのすぐあとに魔物のスタンピードが起きて、両親が他界した。
それに付け入るようにして、抗議文がなかったかのごとく、メルダはつきまとい続けてきたのだ。
「ヴィルレアム様。そろそろわたくしを見てくださらないと」
「……は?」
侯爵家まであと半分。
そろそろ辺境伯領を出ようかというときに、そんなことを言い出した。
「いつまでも、あんな平民女を隣においていては、辺境伯家の名が汚れるでしょう」
「貴様……。本気か」
「ひっ!」
一応貴族の娘だからと、剣を抜くのは耐える。
「外からの襲撃の前に、俺に斬られたいのか」
「ヴィルレアム様にそんなことを言わせるなんて……。平民女が何か呪術でも使ったのでしょう!」
「言わせておけば――」
「閣下!」
気絶させて黙らせようとしたところで、馬車の外から声が聞こえた。
「おい、馬車を止めろ」
緊急事態かもしれない。
馬車を止めさせて、外に顔を出した。
「どうした」
「セレナ様が誘拐されました!」
「なんだと」
騎士団長のケイトが血相を変えて、駆けてくる。
ケイトの胸元には、幻獣クレフォンの幼体が収まっていた。
「クレフォンの足に、リボンが! それと、アンが怪しい幌馬車が駆けていった方角を確認しています」
「今すぐ動ける騎士団員を捜索に当てろ!」
「このクレフォンが場所を知っているかもしれません」
ケイトの胸元から出てきたクレフォンは、俺の元へと羽ばたいてくる。
「ヴィルレアム様、わたくしは」
「ローレア侯爵令嬢。一人でお戻りください。馬車の馬は一頭減りますが、御者が問題なくお送りします」
「酷いわ! 平民女なんて放っておけばいいでしょう! どうせ王太子のものになるんですから!」
「……なんだと」
剣を抜く。
切っ先を娘の喉元に近づけた。
「おい。お前は何を知っている」
***
耳と尻尾を露わにする。
獣人としての能力を最大限に引き出すと、セレナの居場所探すために集中した。
クレフォンが先導するが、細かな場所まではわからないらしい。
潮の匂いが立ちこめる、海辺の町まで着いた。
「クソ……。潮の匂いが邪魔だ」
(集中しろ。セレナ……どこだ)
セレナの匂いを辿る。
海辺に並ぶ倉庫。
近くには船が停泊していた。
(まさか船の中じゃないよな)
だが、彼女の気配が、匂いが、まだこの陸地にある。
立ち並ぶ倉庫の中、酷く気になる場所があった。
(あそこか――?!)
馬を駆ける。
「ええ、クレフォンを逃がしたのは私よ! 幻獣を捕えるなんて、どうなるかわかってるの!?」
セレナの声が聞こえた。
(セレナ!)
「まさか……辺境伯領を初めて訪れた六年前から……」
声のする倉庫へと向かう。
馬を下り、入り口へと駆け寄った。
「初めて辺境伯領に行ったときに、幻獣が走り回ってるのを見てね。ザルナの森に幻獣の樹があると気付いたのさ」
セレナの声に続けて、聞いたことがある声がする。
ローレアの次男だ。
「何度か幻獣を狩ったら、スタンピードが起こってびっくりしたよ!」
笑うような声が混ざるその言葉に、頭が一瞬にして沸いたと思った。
開け放たれていた扉の中に飛び込むと、鞘に入れたままの剣を振り落とす。
「ヴィルっ!」
セレナは俺の動きに合わせて、男どもからずれる。
それを見切り、続けざまに鞘付きの剣を二人のみぞおちに押し込んだ。
あっけなく二つに折れて倒れる男たち。
「セレナ! 無事か?!」
「ヴィル、助けに来てくれてありがとう!」
俺は男どもを踏みつけて、セレナを抱き上げる。
「大丈夫か? 何もされていないか?」
「ええ。気持ち悪いことは言われたけど、私は無事よ」
そう言って俺に抱きつくセレナの体は、小刻みに震えていた。
安心させるように、背中を撫でる。
それに合わせて、彼女は呼吸を整えていく。
「絶対にヴィルが助けに来てくれると思ってたから」
「こいつら……。王太子とその側近か」
足下で意識を失っている男二人を見て、メルダ・ローレアが口にしたことが正しかったと証明された。
「閣下! セレナ様はご無事ですか!」
「おう。今そっちに行く。どこかで水を分けて貰ってきてくれ」
手分けして探していた騎士団が、俺の馬を外で見つけたらしい。
中で倒れている男を見て、目を丸くした。
「閣下、ソレどうしましょう」
「王太子は正妃のお気に入りだ。そして国王はその正妃に夢中だ」
「つまり、放っておくということで?」
「細切れにして、海に流してしまいたいが」
側近はともかく、王太子は手順を追って追い詰めないと、面倒なことになる。
下手なことをして、セレナを奪われたらたまらない。
スタンピード、幻獣、セレナの誘拐。
「さて、どうやって、追い詰めていくか」




