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第22話 魔物のスタンピード

 玄関から響いた声は、執務室の中にまで聞こえた。

 大きな音を立てて、ヴィルが立ち上がる。彼の座っていた椅子が後ろに倒れた。


「すぐに向かう」

「ヴィル、私も行くわ。怪我をした人がいたら、すぐに治せる」


 最前線で治癒に回ったことも何度もある。

 だから、一緒に行く方が効率が良いと思ったのだ。


「いや、セレナはここにいてくれ」

「でも」

「うちの領地じゃ、領民からも怪我人が多く出る。辺境伯領騎士団も領民も、怪我をしたらこの邸に運び込むことにする」


 確かに、領地のあちらこちらで怪我人が出るのであれば、ここを治癒場として一箇所に集める方が効率がいい。


「わかった。ただ、もしも最前線で大量の怪我人が出たら、すぐに私を呼んで」

「ああ。約束する」


 私たちが話している間にも、邸の中はスタンピードへの対処準備で皆が走り回っている。


「邸の一部を領民に開放することも許可する。怪我人は頼んだぞ、セレナ」

「任せて!」


 アルディス辺境伯領騎士団が待機する訓練庭から、馬に乗って出て行くヴィルの背中を見送りながら、私はこのあとの準備を脳内で組み立てていった。


   ***


 ヴィルがスタンピードのために魔獣討伐に出てから、二日。

 食堂と大広間を片付け、領民や騎士団の怪我人を運び込める体勢を整えているけど、幸いまだ怪我人は運び込まれていない。


「ヴィルたちは大丈夫かしら」

「怪我人が運び込まれていないのは、良い便りですよ」

「――そうよね、アン」


 私が今できることは、もしも怪我人が運ばれたときに、すぐに治癒できるように準備することと。

 それと、治癒のあとに落ち着いて食事や療養ができるように、整えておくこと。

 お茶を飲みながら、落ち着かない気持ちでいると、玄関の方から大きな声が聞こえた。


「誰か運び込まれたのかしら……!」


 アンと一緒に玄関に向かう。

 なんとアンは、力がものすごく強いのだ。特に腕力に自信があるらしく、濡れて重い洗濯物の山も軽々と持ち上げられるのだとか。

 そんな彼女がいれば、怪我人を運ぶのも安心だ。


「さっさとわたくしを中に入れなさい!」

「突然お出でになった方を中に入れるわけにはまいりません」


 玄関に近付くにつれ、話している内容が聞こえてくる。


「怪我人じゃ……ないのかしら」

「私、先に見てまいりましょうか」

「いいわよ。一緒に行きましょ」


 アンが行って戻ってくるのを待つ間に、玄関についてしまう。

 歩いていると、どんどんと声が大きく聞こえた。


「書面は送ってあるのよ。さっさとわたくしを案内なさい!」


(あの声って――)


「ゲッセルン、どうしたの?」

()()。実は事前の連絡なしの来客が」


 これまで『セレナ様』と私を呼んでいた家令のゲッセルンが、『奥様』と口にする。


「奥様ですって?! それはこのわたくしが呼ばれるべきよ」

「えぇと。ローレア侯爵令嬢、何しにこちらへ?」


 ゲッセルンに文句を言うお客様は、ローレア侯爵家の末娘メルダ嬢だった。


「あら、平民。あなたまだこの邸にいたの」


 彼女の後ろには、侍女らしき女性が二人。

 事前の連絡も、こちらからの招待もなくやってきて、何でこんなに偉そうなのだろうか。


「平民の私でも、訪問のマナーくらいはあるのに」


 思わず口に出してしまった言葉に、メルダ嬢は手にしていた扇子をバサっと開いた。


「わたくしは、このアルディス辺境伯家の女主となる者ですよ。平民風情が、マナーを語るのではないわ」

「……ゲッセルン、今はスタンピード中。いつ何時この玄関を必要とする方が来るかわからないから、とりあえず一番奥の客間にメルダ嬢を案内してくれるかしら」

「畏まりました、奥様」

「ああ! 後ろのお二人はそのまま乗っていらした馬車で、侯爵家へお戻りくださいね」


 ゲッセルンがメルダ嬢を案内し、後ろの侍女が付いていきそうになったので、彼女たちを止める。


「なっ。平民! 何を勝手に」

「現在この家の主は、不在です。身元不明な方を不用意に邸の中に入れるわけにはまいりません」


 魔獣のスタンピードが起きたときは、辺境伯邸と辺境伯領に目印の旗が立つ。

 それはつまり、アルディス辺境伯が魔獣退治に出ているという証でもあった。

 

「あの子たちは、わたくしの侍女です。平民のあなたよりも、よほど身元は」

「その身元を保証しているのは、あなたの言葉一つですよね」


 にっこりと笑いかければ、メルダ嬢は歯ぎしりがしそうな程悔しそうな顔を浮かべる。


(狩猟会のときも思ったけど、メルダ嬢って高位の貴族令嬢としてはかなり落ちこぼれでは)


 私は改めて侍女の二人に顔を向けた。


「お引き取りください。自主的にお戻り頂けないのであれば……アン」

「お任せを」


 アンは腕をまくり上げながら、侍女たちに近付いていく。

 その勢いに気圧されたのか。

 彼女たちはメルダの方を見ながらも、少しずつ後ろに下がっていった。


「ああ、でもわたくしの侍女を侯爵家に帰すということは、辺境伯家の侍女を用意してくれるということね。つまりわたくしを妻として」

「メルダ嬢。とりあえず()()へどうぞ」


 彼女の言葉を遮り、ゲッセルンに目で合図を送る。

 近くにいた他のメイドたちもメルダ嬢の周囲を固め、彼女は前へ進むしかなくなるようになった。


「まったく。この非常時に、押し込み強盗みたいな令嬢に対して、人員を割けるわけないでしょ」

「その通りです」


 二人の侍女を侯爵家の馬車に押し込み追い出したらしいアンが、同意する。


「うーん。とはいえ勝手に家を歩き回られても困るのよね」


 人手を減らさずに、彼女に勝手に邸内を歩き回らせない方法――。


「そうだ……!」


 

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