第20話 モフモフの怪我
小さな動くそれらは、よたよたとこちらへ向かってくる。
私は彼らのいる方向へと走っていった。
「幻獣の幼体ちゃんたちじゃない!」
草原にうずくまる個体もいる。どうやら怪我をしているらしい。
成体の幻獣もこちらについてきたので、彼らの背中を借りて幼体を一箇所に集めていく。
「酷い……。こんな傷が……」
いろいろな種の幻獣の幼体が、皆傷を負っている。
斬りつけられたような傷や、殴られたような傷が殆どだ。
「キュイイ」
か細い声で鳴く幼体たちに、胸が締め付けられる。
「今、治してあげるからね」
一匹ずつ、抱きしめながら治癒をかけていく。
幻獣の幼体は、魔力を持たない。成体になると魔力が開花するが、個体によってその能力は違うと言われている。
実際のところは、魔力を使うところをあまりみた人がいないのでわからないのだ。
「キュ」
最後の一匹を治すと、幻獣たちは私の周りに集まってくる。
ぎゅうぎゅうと押し合いへし合いの状態でくっついてくるので、かわいくて仕方がない。
なんというか……小さな毛むくじゃらがみっしりくっついているのだ。
「セレナ。人や魔獣の気配はなかった」
「そう――だとしたら、いったいどうしてあんな酷い怪我を」
「調べた方が良さそうだな」
周囲を確認してきたヴィルが、私にくっつく幻獣を撫でる。
幻獣の機嫌を損ねたら、その国に災いを起こす。
その伝説の真偽はともかく、女神ザルナークの眷属である幻獣たちは、守らないといけない。
「まずはこの子たちをザルナの森に、帰してあげないと」
私のその言葉が伝わったのか、成体の幻獣たちが幼体に近付いた。
「任せていい?」
「グルルルル」
「ありがと」
喉を低くならせる彼らの頭を撫でる。
気持ちよさそうに目を細めた後、立ち上がって幼体を背中にそれぞれ乗せると、森の方へゆったりと歩いて行った。
***
邸に戻ると、私はすぐに幻獣たちの怪我の状態を紙に書き記していく。
どの場所にどんな風に傷ができていたかは、克明に覚えている。
何故怪我をしたかの糸口になれば、と一匹ずつの絵を描いていった。
「んー。なんだか変ねぇ」
「何が変なんだ?」
最近は、ヴィルが近くにいて欲しいというから、彼の執務室に私の机も置くようになった。
私の机までヴィルが歩いてくると、手元を覗く。
「どうも……魔獣によるものでは、なさそうなんです」
私は傷の種類別に、マークを付けていった。
「刃物で斬りつけられた子がこのマーク、何か固いもので殴られた子がこのマーク」
「……刃物?」
「そうなの。魔獣による怪我だと、あんなに綺麗な斬り口にならないわ」
それはつまり、人間、もしくはそれに類する凶器を扱える種族の犯行ということだ。
この世界の他の種族は獣人族と竜人族。
我が国にわざわざ来て、幻獣を傷つけたりするだろうか。
「ヴィル。領内の聞き込みをした方がいいかもしれない」
「そうだな。不審人物を見ていないか、確認せねば」
そもそも、幻獣は成体になるまで滅多に森を抜け出さない。
以前助けたフィーも、怪我をしていたから……。
「そうよ」
あれ以来すっかり私に懐いて、この邸で暮らしているフィーも、怪我をしていた。
「ヴィル。今日だけではなく、期間を広げておかしな人間の出入りがなかったかを」
彼もフィーのことに思い至ったらしい。
ヴィルがなにやらを紙に書いて、指示を出そうと呼び鈴に手を掛けたところで、家令のゲッセルンがノックをした。
「旦那様、お手紙が届いております」
ゲッセルンが持つ銀色のトレーには、透かし模様の入った封筒が置かれている。
それを開けたヴィルは眉間の皺を深く歪ませ、その手紙を机の上に投げ出した。
彼の無表情が、悪い方に動くのは久しぶりだ。
(ちょっと覗き込むくらい、いいよね)
私が彼の放り出した手紙に視線を向けると、ヴィルが手渡してくれた。
「ローレア侯爵家からの、婚約の申し込み……?」
メルダ嬢からの好意は全て拒否し、婚約の申し出も断っているはずなのに。
どうして改めて、正式な婚約の申し込みが来てしまったのだろうか。




