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第2話 新しい婚約01

 ハロルドが何かを言うのを待ってあげるほど、私は優しくはない。

 彼が私に優しくしてくれたことがないのだ。

 私が優しくする必要もないだろう。


「それでは、御前失礼致します」


 くるりと体を翻すと、私は一直線に出口の扉へと向かって歩く。


(早く大広間を出て、逃げ出さなきゃ)

 

 ざわざわと貴族たちが囁きあう声が、聞こえてくる。


「やはり平民なんかを婚約者にするから」

「あれって教会がごり押ししたんでしょ?」

「え、私は殿下が気まぐれに、と聞いたわ」

「聖女の力を取り込もうとしたけど、たいしたことがなかったとか」


 皆好き勝手言う。

 まぁ、二度と会うことのないだろう人たちだ。どうでもいい。


「あいかわらず臭い男だな」


 そんな中、耳に飛び込んできた言葉。

 思わずそちらへ目を向けると、一人の男性が私の方へと近付いてきた。


「聖女セレナ殿」


 大きな体の彼は、あっという間に私のすぐ横へと辿り着く。

 そこまで背が高くない私が並ぶと、彼の顔を見るのに、首が痛くなるほど上を向かないといけない。


「あ、はい」


(間抜けな返事をしてしまった……!)


 服装を見るに、高位貴族だろう。

 今、王太子に婚約破棄をされた私だ。立場はただの平民。

 貴族に何か不敬なことをしてしまったら、下手したらすぐに捕らえられるかもしれない。

 思わず体に緊張が走る。

 けれど――。


「俺の、婚約者になってくれないだろうか」


 走った緊張は、別の種類の緊張に、変わってしまった。


 「こ、こんやく……?」


 思わずたどたどしい言葉を紡いでしまった。


(今、婚約って言った?!)


「ああ。今し方、あなたは殿下の婚約者という立場から、お役御免となった」

「お役御免」


 その言い方に、思わず笑ってしまいそうになる。

 いけない。今はそういう場面じゃない。

 たぶん。


「そこで、我が領を助けて貰えないかと思って」

「失礼ですが――」

「これは失礼」


 彼は私の言葉に、名乗っていなかったことに気付いたようだ。


「俺はヴィルレアム・アルディス。アルディス辺境伯領の領主だ」

「辺境伯領……」


 ヴィルレアムは、無表情なままちらりと周りを見て、私に囁く。


「少なくとも、我が領地での生活は保障する。あの王太子が妙な真似をする前に、俺の手を取って貰えないだろうか」


 ヴィルレアムの言葉に、私たちが今注目を浴びていることに気が付いた。

 確かに、平民の婚約者が王太子に捨てられた後だ。皆興味津々だろう。

 彼の言うとおり、我が儘で私を嫌っている王太子が、このあと嫌がらせをしてくる可能性もある。

 だとしたら、何か思惑があるとしても、辺境伯の婚約者になっている方が、身の安全は守られるのかもしれない。


(この感じだと婚約といっても、新しい職場の紹介っぽい感じだし。新しい雇用主が辺境伯になると考えると悪くない)


「あなたの領を助ける、と仰いましたね。あとで詳細を聞かせてください」

「ああ。もちろんだ」


 小さな声で彼に告げれば、同じように返事をしてくれる。

 それを確認し、私は改めて背筋を伸ばし、彼へと向き合う。


 漆黒の髪は後ろで束ねているが、そこまでは長くない。一重の銀色の瞳が、顔の印象を冷たくしているのだろうか。

 いや、さっきから表情筋があまり動いていない気がしなくもないが。

 すっと通った鼻筋に、薄い唇。年の頃は――二十四、五くらいかな。

 辺境伯ということで鍛えているのだろう。ガッシリとした体躯は、ハロルドとは対照的だった。


「ヴィルレアム・アルディス辺境伯閣下。私、セレナ・シャーシスは、閣下からのお申し出を請け、婚約者となりましょう」

 

 はっきりと、大広間に響くように返事をする。

 魔獣と戦う最前線で、治癒にあたったこともあるのだ。

 そこでは、剣や銃声が響き、魔獣の咆哮に人々の悲鳴が織りなす中で、大声を上げないといけなかった。

 これだけ静かな場所で、隅々まで聞こえる声を出すなんて、簡単なことだ。


 ヴィルレアムは、私の言葉を受けて頷くと、そっと手を取ってくれた。

 このまま彼のエスコートで、この場を離れるという意図が伝わってくる。


「まぁ、辺境伯の……」

「冷徹伯でしょう?」

「でもほら、ローレア侯爵令嬢の件は」

「女性には興味がないという話を聞きましたわ」


 ちらちらと聞こえてくるのは、今度は彼の噂だろう。

 貴族というのは、本当に噂話が好きなのだ。

 こんな場所、さっさと離れる方が良い。

 そう思って歩き出そうとしたとき。


「待て! セレナ!」


 広間の中央から、名を呼ばれた。

 すっかりその存在を忘れていた、元婚約者。


(ハロルド、まだいたんだ)

 

 王太子だからいるに決まってるか。

 ヴィルレアムの腕に手を添えたまま、私はハロルドの方へ体を向ける。


「まぁ、王太子殿下。まだ私のような平民にご用がおありですか?」

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