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第19話 穏やかな午後?

 侯爵家の狩猟会、夜会の翌日から、ヴィルは私を抱きしめるようになった。

 最初は私に許可を取ってきたけれど、面倒になったので


「好きなときに抱きしめていいですよ」


と言ったら、私を屋敷内で見かける度に抱きしめてくる。


(まあ……ヴィルの体はがっしりしてて、体を預けるのに不安はないからいいんだけど)


 ただ、なんというか、今この状態は……。


「ヴィル。仕事は」

「今日の分はもう朝一に終えてきた」


 そう言って私を後ろからガッシリと抱きしめている。

 領内の、草原で。


(人はいないからいいんだけどもね)


 その代わりに、幻獣がいるのだ。

 私の左右と前に。

 つまり、私は今前後左右をがっつりと固められている。


「あと、これを」


 ヴィルはそう言うと、私の手に何かを乗せた。


「これは……リボンね! かわいい!」

「午前中に商会の視察があってな。そのときに、その……セレナに似合いそうだな、と」


 振り向けば、少し照れた表情を浮かべている。


(かわいいんだから、もう!)


「ね、ヴィルが私の髪に結んでくれる?」

「下手だぞ」

「いいのよ。ヴィルが結んでくれるのが大事」


 そう言ってお願いをしたけど、何度やってもリボンが縦になってしまう、と四苦八苦していた。


「セレナは今日は何をしてた?」

「この草原に自生してるハーブの種類を確認してたんです。薬草になるものとかあるかなって」


(で、気付いたら幻獣が現れて、私の隣で座ってたわけだけど)


 まさかヴィルまで現れて、私を抱きかかえて座るとは。

 きゅ、と私のお腹の辺りで結ばれた彼の手に、少しだけ力が入る。


「ヴィル?」

「セレナは働き者だなぁ」

「そんなことないですって。今この状況は、ただのんびり幻獣たちとくつろいでるだけだし」

「くつろいでていいんだよ」


 そう言われると、なんだかもぞもぞする。

 聖女の仕事をしているときは、忙しかったけど不満は別になかった。

 一年くらいゆっくり休んでゴロゴロしたい! なんて思ったことはあったけど。


(でも実際、こうやってのんびりしてていいって言われると、逆に落ち着かないわね)

 

 手を伸ばして、幻獣の長い毛に触れる。

 今日は三匹とも幻獣フィエル。

 少し銀色に光る白い毛は長く美しい。瞳は私と同じ緑色。これは幻獣全てが同じザルナークの瞳と呼ばれるもの。

 大きなトラやクマのようなサイズなのに、こうして寝そべる体勢になっていると、まるで猫のように見える。

 今辺境伯邸にいる幼体のフィーが、一年後はこうなるのかと思うと、なんだか感慨深い。


「ヴィル。ここの草原には、治癒薬を作れるハーブがたくさんあるの」

「本当か?! 作り方を領民にも教えて貰えないだろうか」

「もちろんよ。ハーブの採取のところから、一緒にやりたいと思うんだけど」

「それなら……。治癒薬製作所をつくるのはどうだ」


 彼の言葉に、思わず後ろを振り向く。

 思ったよりも顔が近くにあって、危うくおでこをぶつけるところだった。


「グルルルル」

「あ、ごめんね。驚かしちゃった?」


 急に体を動かしたからか、左側にくっついていた幻獣が喉を鳴らす。

 私のお腹の上からヴィルの片手が引き抜かれて、幻獣を撫でているのが見えた。


「治癒薬製作所! すごくいいわ。さすがヴィルね」


 少しだけヴィルから顔を離してそう言えば、彼はくたくたと笑った。

 目元と口元に皺が寄る。


(あ、顔をくしゃってして笑ってる。嘘、今までで一番かわいい顔!)


 当然すぐに、表情筋がぴたりと止まってしまったけど。


(でも、初めての頃よりもずっと、表情筋が仕事をこまめにするようになったわ)


「セレナの知識があるなら、できると思ったんだ。だからセレナのおかげ」


 そう言って私の頭にキスを落とした。

 親愛の印なんだろうけど、汗ばんでないかとかちょっと気になってしまう。


「じゃぁ、今週中に計画を纏めておくわ」

「ありがたいな。何かあれば一緒に考えるから、声をかけてくれ」

 

 領内でできそうなことがあれば、私はこまめに彼に相談するようにしている。

 それが功を奏したのか、ヴィルは領主としての顔で私の話を聞いてくれるのだ。


(平民だからと、王城では提案も聞いて貰えなかったから、なんだか嬉しい)


 まぁ、王城で提案を聞いて貰えないとわかったら、教会の偉い人たちに話してたから、問題はなかったんだけど。

 

(でも平民と侮られたことは、絶対に忘れないからね)


 平民であることは別に気にしていないが、だからといって治癒治療に関してはプロフェッショナルだと自負している。

 それを階級とごっちゃにして侮った怨みは、消してやるつもりもない。


(それに比べて、ヴィルは話も聞いてくれるし、良い領主だわ)


 どうせなら、今夜お茶をしながら計画のたたき台を一緒に話すのも良いかもしれない。

 うん。

 それを草案にして、そこから――。

 考えたらワクワクしてきた。


「ヴィ……」


 声をかけようとして、動きが止まる。


「セレナ? どうした」


 私の様子を見て、ヴィルも私の目線の先へと顔を向けた。

 小さく動く何かが、何匹もこちらに向かってくる。

 途中でよたよたと倒れるものも見えた。


「あれは――! ヴィル!」


 私の周りにいる幻獣たち、そしてヴィルが、立ち上がる。

 

「セレナは()()の保護を! 俺は周囲を確認する!」


 ヴィルはそう言うと、剣へ手を掛けて走り出した。

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