第17話 夜会の始まり
ローレア侯爵家のホールは、やたらと大きなシャンデリアと、まるで瀟洒な鳥かごの飾りのような窓枠に彩られた、美しい場所だった。
「お金持ちなのねぇ」
思わず呟いた言葉に、エスコートしてくれているヴィルが小さく震える。
(あ、笑わせちゃった)
上半身はヴィルの髪色の黒。腰から裾にかけては、チュールが緑色へとグラデーションを重ねるドレスに身を包んだ私は、ヴィルの横でとりあえずニコニコしている。
貴族対応用のマナーは王太子妃教育で学んだけど、ダンスの実践経験値はかなり低い。
王太子が、私と夜会でダンスをほとんど踊らなかったからだ。
(まぁ私も王太子と踊りたいわけじゃなかったから、それで良かったんだけど)
とはいえ、この場で下手くそなダンスを見せてしまうと、ヴィルへの評価に繋がってしまうかもしれない。
なのでできれば踊らないで済むといい、なんて思っている。
「おや、アルディス辺境伯ではありませんか」
「ジティスタ公爵。久しいですな」
シルバーグレーの格好良いおじさまが、ヴィルに話しかけた。
細かい彫刻が施されたステッキが、異様に似合う。こういう風に歳を重ねるのって、素敵ね。
「お隣の素敵な女性は――聖女殿か」
声をかけられ、淑女らしい礼をする。
ジティスタ公爵は笑みを浮かべて、挨拶を返してくれた。
「先般我が領地で山賊退治に困っていたときに、助けて頂いた。感謝する」
「マッチェリア街の件ですね。あのとき山賊退治をされたのは、ジティスタ侯爵家騎士団の皆さまですよ」
ちょうど、私が王太子に婚約破棄される直前に治癒に出ていた先だ。
マッチェリアの街は東の国との販路として、重要な拠点だった。
(そこに出る山賊を討伐に出た騎士団が大苦戦して、救護要請が教会に入ったんだよね)
「ジティスタ公爵、聖女殿が俺の婚約者になってくれましてね」
「なんと! それはめでたい。国防を担う辺境伯の細君に聖女殿とは。これは安心だ」
二人が盛り上がっていると、他にも伯爵やら侯爵やらがやってきて、政治の話になっていく。
(ヴィルって、結構ちゃんと『辺境伯』なのねぇ)
若くして辺境伯領を継いだ彼を、そして半獣人の彼を、侮る人間は一部にはいる。
(あのバカ王太子もそうだったわね)
けど、彼が魔物のスタンピードをおさえ、国を守ってくれていることを、きちんと理解している貴族もいることに、安堵した。
(しかも、結構偉い人たちよね)
ヴィルの周りに集まっているのは、大臣や重要な地位に就いている貴族たち。
話している内容を聞いてる限りでは、国防とか収穫量とかそういうことを話していた。
(もしかして、部外者の私がいると話せないこともあるのかも)
口を挟むつもりはないけど、小娘がいると話せることも話せないかもしれない。
小腹も空いてきたし、私は壁際で休憩をすることにした。
「お話し中失礼致します。私は少々席を外させていただきますので、どうぞ皆さまお話を続けてくださいませ」
ヴィルが少しだけ心配そうな目をしたけど、心配しないで、と笑みで返す。
今日は心の底から、王太子妃教育を受けていて良かったと感じた。
治癒の力を使う場では必要がないその教育も、こういう場面では必要になってくる。
(私を毛嫌いしていた正妃が、妙に厳しい教師を用意してたけど、それが案外良かったのかも)
自分が努力したことは、他人からの評価が悪くてもいつか自分を助けてくれる。
あのとき頑張った私を褒めておこう。
そんなことを思いながら、私はスパイシーな香りのするソースのかかるお肉や、キラキラと宝石のように輝くお魚を皿に載せながら、夜会を満喫していた。
***
「あー、お腹いっぱい」
お皿を七回ほど交換してしまった。
どれもこれも、食べたことのない味付けだし、なにより狩猟会で皆が狩ってきたばかりの新鮮な肉だ。
「鮮度の良い肉は美味しいよねぇ」
デザートのお皿も綺麗に食べきると、少し外の風に当たりたくなる。
そうして、ホールに面したテラスに出てきたのだった。
「立派なお屋敷よねぇ」
二階にあるテラスから見えるのは、作り込まれた庭。
さすが侯爵家というものか。
やわらかな風が、南から吹いてきた。
ドレスの裾がふわりと揺れる。
「そろそろ戻ろうかな」
ヴィルたちの話も、もうそろそろ終わっているだろう。
あまり長く一人でいると、貴族に話しかけられてしまうかもしれない。
(それは面倒……!)
できれば、貴族的な会話はしたくない。
疲れるから。
(それに、隣のテラスにもなんか人がいるっぽいんだよね)
テラスには灯りがなく、ホールから漏れる光だけ。
なので、隣のテラスに誰がいるかはよくわからない。
(人目につきたくないのかな。内緒話?)
どちらにしろ、関わらない方がよさそうだ。
そう思ってホールへと向かおうとしたそのとき。
「ああ、ここにいたのか」
声と同時に、私の前に人影が揺らいだ。




