第14話 狩猟会
毎年、公侯伯爵家持ち回りで狩猟会が開催されているらしい。
らしい、というのは、私はかつて一度も参加したことがないからだ。
(一応王太子の婚約者だったけど、貴族が集まるところには医者もいるし)
つまり、聖女としてはもっと喫緊の苦しみを受けている人を癒やすべきだと思っていた。
それを教会経由で王家に伝えてもらい、私は他の現場に出ていたのだ。
(そんなわけで、初めての狩猟会ってやつね)
ヴィルが仕立ててくれたドレスは、クリーム色に私の瞳の色の緑で細かな刺繍を施したもの。
ネックレスも緑色のエメラルド。そのエメラルドを、ヴィルの瞳の色でもある銀色の細工が取り囲む。
髪の毛は昼の狩猟会に合わせて編み込みをして帽子をかぶった。
アンがしっかりとリサーチをして、飾り立ててくれたのだ。ありがたいわぁ。
「セレナ、俺が戻ってくるまでのんびりしていてくれ」
「ええ。たくさんの収穫を待っていますね」
今日は耳も尻尾も隠しているヴィルに微笑むと、無表情のまま頷く。
彼の狩猟服のボタンは、緑釉の陶製でできている。
届いたときに、嬉しそうに尻尾を振って私の瞳と並べていたのが印象的だった。
あのときの彼とのギャップに、思わず苦笑してしまう。
(私はもうなんとなくわかるようになってるけど、端から見たら怖いんだろうな)
そう思いながら彼を見送る。
「セレナ様! よろしかったら、お茶をご一緒しませんこと?」
男性方が狩り場に出払ったところで、今回の狩猟会の領地提供家のローレア夫人に声をかけられた。
私はすぐに貴族女性という猫を引っ張り出し、久しぶりにかぶる。
「ローレア夫人、喜んで」
女性たちが集まっているそこは、白い天幕がかかり銀色のポットが太陽の光を受けて光っている。
派閥ごとにいくつかのテーブルにわかれて座っている中、ローレア夫人の隣にはローレア侯爵令嬢のメルダ嬢も座っていた。
***
メルダ・ローレア。
ローレア侯爵家の末娘で、上に二人の兄がいる。
次男は王太子の側近をしている、細マッチョめがね野郎のガルアスだ。
ほとんど話をしたことがなかったので、ヴィルに聞くまで存在を忘れていた。
(面倒なローレア侯爵家、ね)
ヴィルが乗り気にならなかったのは、この令嬢のせいだという。
ローレア夫人は挨拶をすると、早々に他のご夫人の輪に移っていった。
メルダ嬢とその取り巻――オトモダチを残して。
「セレナ様、本当に王太子殿下から婚約を破棄されたのですか?」
(婚約破棄のキズモノってほんと? ってあたりね)
優雅に、完璧なマナーで紅茶を飲みながらも、口元に下品な笑みを浮かべ問いかけてくるのがメルダ嬢。
「ええ。もともと王家からどうしても、というので受けた婚約でしたのに……びっくりしましたわ」
終始王家の身勝手に振り回されただけなんだよ、こっちは。有力貴族はきちんと舵取りしておけよ! をふんわり包んで伝える。
私の言葉に、同席しているおそらくローレア侯爵家派閥のご令嬢三人が、どう返すかを迷っていた。
伯爵家、子爵家、男爵家のご令嬢と紹介されたので、おそらくメルダ嬢の側近兼オトモダチってところね。
「今はヴィルレアム様のところに押しかけているとか? さすが平民は品がないですわね」
「押しかける、だなんて。ふふ。ヴィルがあの日連れて帰りたいって言ってくれたんですの」
なんでも、メルダ嬢は昔からヴィルのことが好きらしく、拒んでも拒んでも追いかけてくるらしい。
(拒否されても好きと言えるのは、ある意味すごいけど)
私の言葉に、メルダ嬢は苛立ちを隠しきれないでいる。
(あ、思ったより貴族令嬢としてはそんなに……?)
これまで王城で会った公侯爵家のご令嬢は皆、お互いにすごい嫌味の応酬を繰り返していても、表情一つ変えていなかった。
それを見て、「この中に入りたくないな」って思ったものだわ。
「私から見たら王太子殿下とセレナ様ってお似合いだと思いましたけれどもね」
「まぁメルダ嬢。王太子殿下には、メルダ嬢のような高位貴族こそぴったりだと」
「あなたは平民ですものねぇ。でも私にはヴィルレアム様の方があってると思いますけど」
平民平民しつこいな。
別に本当のことだから気にしないけど、他にあげつらう点を探さないのは、センスがないわね。
「メルダ嬢は砂漠の蜃気楼を求め続けるタイプなんですね」
「……どういうことかしら?」
メルダ嬢は紅茶を置いて私を睨む。
ローレア夫人もメルダ嬢をヴィルに嫁がせたいのかしら、と奥様方の輪を目の端に捉えれば、そこには公爵夫人が数人に他の侯爵夫人もいる。あの中の何人かは、私と同じ位の年齢の息子もいたはずだけど……まぁもう婚約者はいるかしらね。
「言葉の通りですので、説明は不要でしょう。ところでメルダ嬢のご婚約者さまをあとでご紹介してくださるかしら」
「なっ……!」
わなわなと震えるメルダ嬢の口元に、彼女はヴィルのことをどこまで知っているのだろうと思ってしまう。
そもそも、侯爵家自体は獣人である彼をどこか下に見ていると聞いた。
ということは、メルダ嬢がどれだけ彼を好いても、婚約なんて絶対に無理なのでは。
「聖女さまって結構、気がお強いのですね」
見かねたのか、伯爵家のご令嬢が口を開く。
「ほら、私は王家の申し出で王太子殿下の婚約者だったことがあるでしょう? そのときに、学びましたの」
「どんなことを学ばれたのですか」
今度は子爵家の令嬢だ。爵位順に話す決まりでもあるのかしら。
「我が儘を言って通るのは、五歳までだって」
あんたんとこの侯爵令嬢、メンタル五歳のままですよ。という意図は、きちんと伝わったらしい。
ついでに、私の希望ではなく無理矢理王太子の婚約者にさせられたことも、重ねて告げておく。
「なんって失礼な方なの!」
ついに我慢できなくなったらしいメルダ嬢が立ち上がり、紅茶のカップをこちらに傾けた。
ばしゃりと水音が響き、私のドレスが薄茶色に染まる。
(いけない)
思わず、口の端があがりそうになってしまった。




