第13話 ドレスと狩猟会
慣れない乗馬で、朝起きたら筋肉痛になっていた。
「乗馬って、普段使わない筋肉使うのね……」
「昨日もっとマッサージすれば良かったですね」
「でも眠かったのよねぇ」
昨日はヴィルとともに邸に戻った後は、部屋で寝ていた幻獣フィエル――名前をフィーにした――が、甘えてきたので一緒に遊んでいたら、すっかり疲れ切ってしまったのだ。
それで夕食後はお風呂に入ってすぐに寝てしまった。
「今からマッサージしましょうか」
「いいわ。絶対に痛いに決まってるもの」
「残念です」
「いい笑顔で言わないでちょうだい」
二人でくすくすと笑い合う。
朝食を取った後、昨日ヴィルが言っていた『予定』がやってきた。
***
「ドレス、ですか」
「ああ。きちんと採寸をして、いくつか用意しようかと」
「辺境伯家のお針子さんが縫ってくれたので、十分ですよ」
私はくるりと回って、着ているワンピースドレスの裾を翻す。
気安くて、軽くてお気に入りだ。
「もしも来客があったり……」
「なるほど」
(確かに、辺境伯家の婚約者として、来客をこのワンピースドレスでもてなすのはよろしくないか)
「いや、そもそも俺がセレナにドレスを贈りたくてだな」
「……旦那様、セレナ様何か考え込んで、聞いてませんよ」
「アンジェリカ。見て見ぬフリを覚えてくれ」
ふと顔を上げれば、ヴィルとアンが何か話している。
(もしかして、ドレスを選んでくれるのかな。私はそういうの、詳しくないし)
「旦那様、セレナ様。商会の準備ができました」
家令のゲッセルンが告げると、私はヴィルにエスコートされてサロンに向かった。
こういう商会などが来たときに通す部屋らしく、とても広い。
部屋は片側が大きな窓、反対側は薄暗くなっていて、ドレスの色映えをそれぞれ確認できるようになっている。
壁紙には紋章が織り込まれ、大きな姿見も用意されていた。
(辺境伯邸って、すごいのね)
王城にいたときには、ドレスなんて王太子が勝手に私の部屋に運ばせてきて、試着とかドレスを選ぶなんてことをしたことがなかった。
もしかしたら王城にもこんな部屋があったのかな。
まぁ、あるか。
「領主さま、ご無沙汰しております」
「久しいなダーリング。こちらは今度俺の妻になるセレナだ」
私を紹介してくれたので、貴族らしい礼をする。
ダーリングと呼ばれた商人も、綺麗な挨拶を返してくれた。
「初めまして、奥方様。私はアルディス辺境伯領随一のレンドール商会の会頭、ダーリング・レンドールと申します」
「随一じゃなくて、唯一だろ」
「どちらも同じような意味ですよ、ここでは」
随分と懇意にしているらしい。
ダーリングはヴィルよりも一回りくらい上だろうか。
焦げ茶色の髪をオールバックに撫で付け、スリーピースのスーツを着こなす彼は、なかなかやり手のようにも見える。
「奥方様、私はデザイナーもしますしバイヤーもします。何でもするんです」
狐のような瞳をこちらに向けてにっこり笑うと、すぐに紙の束を取り出した。
「さて、デザインを決めましょう! 採寸は女性の針子が行いますから、ご安心を」
「当然だ」
間髪入れずに反応するヴィルがおかしくて、思わず笑ってしまった。
そんな私を見て、ヴィルの表情が少しだけ和らぐ。
(あ、笑った)
もちろん、すぐにいつもの無表情に戻ってしまったけど。
***
「狩猟会?」
夕餉のあと、ヴィルとお茶をしていると招待状を手渡された。
「ああ。毎年公侯伯爵家主催でいくつかの家門が持ち回りで行うんだ。ここ数年はスタンピードのこともあって、招待状が来ても断ってたんだが」
「今年は断れなさそうということですか?」
「場所が隣のローレア領でな。近い分、断りにくい」
なるほど。ご近所付き合いって大事だもんね。
こうした会はたいてい婚約者や配偶者を連れて行くものだ。
だからこそ、ヴィルは私に相談したのだろう。
(ローレアといえば、海があるということで貝殻などの有機肥料のもとになるものも融通して貰わないといけないし)
私は、両手を握りしめヴィルを見る。
「せっかくドレスを作って貰いましたしね! 私も婚約者業をきちっと果たしますよ!」
やる気に満ちた私の言葉に、ヴィルは目を丸くした。
少しだけ迷うように、彼の三角形の耳がピクピクと動いている。
もしかして、私がきちんと貴族対応できるか心配してるのかな。
「ヴィル」
彼の両手を取る。
「心配しないで! これでも王太子妃教育は受けてるの。ちゃんと貴族の皆さんの対応はできるわ」
私の言葉に、ヴィルはゆっくりと首を振った。
「セレナの振る舞いに不安があるわけじゃない。それよりも、ローレア領というのがな」




