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第12話 モフモフ天国

 セレナが治癒した幻獣が、そのまま我が邸に居着いて数日。


(それにしても、セレナにあんな風に抱きしめられるなんて、羨ましい……!)


 毎日のようにセレナがあの幻獣フィエルを抱きしめるのを見て、モヤモヤとした気持ちを抱いてしまう。


「旦那様、さすがに幻獣フィエルに焼き餅は……」

「見て見ぬフリをしろ、ゲッセルン」

「気付いておりませぬようですが、ここ数日何度も同じことを口にしておりますよ」

「まさか!」

「羨ましい、羨ましいと」


 苦笑いを浮かべる家令のゲッセルンは、書類を取りまとめると俺にジャケットを見せる。

 

「本日の分の書類は以上です。セレナ様は本日ホーゲンス村にいらっしゃいますよ」

「ちょっと領地を見回ってくる!」

 

 ゲッセルンからジャケットを奪うと、俺はすぐに邸の外へと向かう。


「青春ですなぁ」


(聞こえているぞ、ゲッセルン)


 書斎の扉を閉める直前に呟いたゲッセルンの言葉を聞きながら、俺は馬に飛び乗ったのだった。


   ***


 ホーゲンス村は、辺境伯邸から馬を飛ばせばほんの十五分程度の場所だ。

 さほど遠くはない場所に出ていることに安心し、セレナの元へと向かった。


「まぁた、増えてんな」


 オソナバナの花畑の中にいるセレナを見て、思わず零す。

 最初に怪我を治したあの個体が呼んでいるのか、最近領内のセレナがいる場所に幻獣が現れるようになっている。

 幻獣といっても、怪我をした幻獣フィエルのような幼体ではなく、成体のデカい幻獣の方だ。

 セレナを中心にして、彼らがまるで守るかのように――いや、あれは守っているのかもしれない――近くにいる。


「セレナ」

「ヴィル!」


 馬を下りて声をかけると、ヒマワリが太陽に向かうような勢いで俺を見て笑う。


(今日もかわいい……!)


「昨日より増えてないか?」

「幻獣フィエルに幻獣ビポグリフォス、幻獣バイコーンそれに幻獣クレフォンの成体なんですって!」


 すぐ近くにいる彼女の侍女アンジェリカが、事典を手に頷いている。

 なるほど。アンジェリカが調べたのか。それにしても――。


(セレナに懐きすぎではないか?)


 幻獣は他の種族に対して、非常に警戒心が強い生き物だ。

 特に成体は幻獣以外と触れ合うことなど殆どせず、領地内を駆け巡るときでも一頭、もしくは幻獣同士で行動する。


「クゥン」

「あらあら、クレフォンはおねむなの? よしよし」


(……ずるい!)


 幻獣クレフォンが、セレナに体を擦り付けて甘えているではないか。

 それを、セレナがなでなでして……。


「やはり同じザルナークの瞳同士、信頼をしているのだろうか」


 湧き上がる嫉妬心をどうにか抑え、セレナの向かい側に座る。

 彼女の左右背中には幻獣がいて、並べなかったのだ。


「こんなにふわふわでモフモフの子たちが、仲間だと思ってくれてるなら、嬉しいわね」


 俺も狼の姿にでもなれれば、彼女にああやってすり寄れたのかもしれない。

 ――残念ながら、獣の姿になれたことはないんだが。


「ヴィル、さっきホーゲンス村の村長さんにはお話ししたんだけど」


 セレナは毎日のように村を回っては、その村の土や環境を確認して、向いている作物や収穫物の加工方法を考えてくれている。

 聞けば、他の聖女や聖人の皆さまに教わった知識だとか。


 ――このアルディス辺境伯領の役に立てるんだから、聞いておいて良かったと思うの


 セレナがそう口にしたことを思い出す。

 

「……なるほど。それは面白いかもしれない」

「でしょう? 私も今度、テッチャ村に行って干し草を見てみようかと思って」


 テッチャ村は酪農の村だ。

 彼女の提案は、そうした村との連携。

 大地を癒やしてくれたことで、そうした挑戦もしやすくなっている。


「……ヴィル?」


 彼女を見つめていたら、不審に思われたか。


「いや、じっと見てしまってすまない」

「いいえ。私の顔に、何かついてますか?」

「――ああ。かわいい目と鼻と口がな」


 立ち上がり彼女に手を差し伸べれば、俺の手を取る。

 細くて小さな手は、俺の手のひらの中にすっぽりと入った。


(華奢だな……。もっと食事を増やした方がいいだろうか)


「そろそろ夕刻だ。戻ろう」

「もうそんな時間! あっという間に過ぎてしまうのね」


 彼女が幻獣たちを撫でると、彼らは小さく一啼きして伸びをするとゆっくりとザルナの森へと向かっていく。

 根城に戻るのだろう。


「今日は俺と馬に乗って帰ろうか」

「私、馬には乗ったことがないんです」

「じゃあ俺に体を預けて」


 セレナを馬に先に乗せ、アンジェリカには彼女たちが乗ってきた馬車で戻るように告げる。

 すぐにセレナの後ろに乗り込むと、彼女を抱き込むように手綱を取った。


「セレナは俺に寄りかかって」

「ではお邪魔します」


 少しだけ遠慮がちに俺に背中を預けるセレナを、俺の手綱を持つ二本の腕がしっかりと挟み込み支える。

 彼女の体温が、ゆっくりとこちらに伝わってきた。


「スピードはそんなに出さないから、安心してくれ」

「ふふ。そのうち慣れたら、速く走ってくださいね」


(それはつまり、今後もこうして一緒に乗ってくれるということか)


 思わず嬉しくなって尻尾が揺れると、馬は少しだけ迷惑そうにこちらを見た後、ゆっくりと走り出す。


「そうだ。セレナ、明日は邸にいてくれるか」

「なにか予定があるんですか?」

「ああ。実は」

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