第10話 領地巡り02
目が覚めたら、ふかふかのベッドの上にいた。
(あ、この天蓋は私の部屋だ)
最後の記憶を呼び覚ますと、私は治癒力を使いすぎてヴィルの腕の中で寝落ちてしまったらしい。
(あちゃぁ。ヴィルも、皆さんも焦っただろうなぁ)
申し訳ないことをしてしまった。
普通の治癒であれば、調整しながら力を出せるから問題ない。
ただ、今回のように一気に力を放出すると、しわ寄せがくるのだ。
(久しぶりだったから、すっかり忘れていた)
最後にまとめて力を振るったのはいつだったか。
思い出してみると――。
「あ、ここのスタンピードのときじゃない?」
「セレナ? 気付いたのか?」
呟いた声に、少し離れた場所にいたらしいヴィルの声がした。
「ヴィル?」
「よかった! 今ちょうど水差しの水を替えて貰ったところなんだ。飲むか?」
「ええ。お願いします」
上半身を起き上がらせようとすると、すぐにヴィルが飛んできた。
「体力消耗して寝ちゃっただけだから、もう大丈夫ですよ」
「このくらいはさせてくれよ」
差し出された手を拒もうとすると、耳がぺたりとする。
(あ、拒否されたと思っちゃったかな)
慌てて彼の手を取ると、すぐに耳が戻った。
もちろん彼の表情筋はぴくりとも動かず、無表情のままだ。
「もう夜になってしまった?」
水を貰い飲み干すと、窓を見る。
喉を通る水が、体全体を目覚めさせてくれた。
部屋の中は薄暗く、カーテンが引かれている。
「ああ。もうすぐ日をまたぐ」
「そんなに?! 結構寝ちゃったのね。ヴィルも遅くまで」
そう言うと、ヴィルは私の手に彼の手を重ねる。
「セレナが意識を失ったときには、心臓が止まるかと思った。すぐに医者に診せたら寝てるだけっていうから……」
(また耳がへたりと折れ曲がってる。心配してくれたのね)
「心配させてごめんなさい。今度は気を付けるわ」
「いや! そうじゃない! 二度と無理はさせたくないんだ。それに」
真摯な瞳が私を見つめる。
無表情の顔の中、雄弁になにかを語ろうとする瞳に私が映った。
「領地の土を治癒してくれて、本当にありがとう」
ヴィルはゆっくりと、頭を下げた。
***
農地の土壌が回復したことと、私が順次各村を回ることを、ヴィルが領地内に告知した。
そのお陰で、私とヴィルが突然村に現れても、領民は慌てることなく対応してくれている。
「ここの土地なら、夏はキュイカンバルとトマッティナを隣の畑と交換しながら植えると良いと思います。冬はスキップ豆を」
「セレナ様、ありがとうございます」
「あとは、夏の収穫が終わったら貝殻を砕いたものを混ぜ込んでくださいね」
村ごとに、こうしたアドバイスをして回った。
私は土能力を使えるわけではないので、以前一緒に行動したことのある聖女の一人に教えて貰ったことを、伝えていく。
「セレナ、ここは隣領ローレア側の海風が届いてしまい、なかなか作物が育たないんだ」
最後に到着した村で、ヴィルが耳を少し垂れ下げながら私に告げる。
「セレナ様。いろいろと試したのですが、どうにも塩害でやられてしまい」
ヴィルの言葉に、この村の村長さんが続けた。
「そうですね……」
私は、風能力と樹木能力のある聖人と仕事をしたときに聞いたことを、思い出す。
(うっ。二人の期待に満ちた目が辛い……! でも、こういうケースあったよねぇ)
脳内の目次を順に繰っていくと、一つ思い出すことがあった。
「シキグミの木を、風がくる面に向けて植えてください。シキグミは完熟した実は甘いのでジャムにもなります」
「俺も昔食べたことがあったが、少し渋かったような」
「ヴィル、それは多分完熟してなかったんだと思うわ」
そうして、村長へと視線を移す。
「もしもヴィルが言うように、収穫したものが渋かったら、干してドライフルーツにしてください。干すと渋みは消える筈ですから」
にこにこと笑みを浮かべれば、村長もまるで朝顔が開いたかのように大きな口で笑った。
「セレナ様、ありがとうございます! いやぁ領主さま、良い奥方を貰いましたな」
「ああ、本当に良い嫁だ」
(ああーっ! 私まだ婚約段階ですけど……!)
私の仕事は、聖女の能力でこの領地を救うこと。
あの場で王太子から逃げるために婚約者というポジションをヴィルはくれたけど、そこは辺境伯だ。
もしも政治的に今後、別の婚姻が必要になれば私はいつでもジョブチェンジするつもり。
この地にいさせてくれれば、聖女の能力を使った仕事はできるしね。
「さてセレナ。今日はそろそろ帰ろうか」
私がそんなことを思っていると、ヴィルが私の背にそっと手を添える。
彼はいつも、私に触れるときにとても気を遣ってくれているのだ。
(これが職務上の婚約者じゃなかったら、もう少し軽率に触れ合うのかな)
ちらりとヴィルを見れば、目が合う。
その目元が、僅かに緩んでいた。すぐにいつもの無表情に戻ったけど。
それでも、目の奥に見える優しさは、そのままだった。
「では村長、何かあればいつでも連絡を」
「私もまたこちらに伺いますね」
「シキグミを植えたらまた、ご報告いたします」
そんな話をしていた、そのとき。
「きゃっ! なに?!」
「セレナ!」
私の腕に何かが飛び込んでくる。
ヴィルがすぐに私を引き寄せるけど、それは私の胸元にびっちりとくっついていた。




