第1話 婚約なら破棄で
王城の大広間には、美しく輝く水晶に反射した光が溢れていた。
王家主催の夜会に参加するのは、誰も彼もが美しく着飾った貴族たち。
その中で、一人異質な者がいる――私だ。
平民でありながらキンキラと輝くドレスを身に纏い、この場にいるのには理由があった。
「セレナ! セレナ・シャーシス!」
(うるさいなぁ)
王太子が私を呼ぶ。
そんなに大声を出さなくても、聞こえるんだけど。すぐ近くにいるんだし。
「はい、殿下。このような華やかな場で、私に何のご用でしょうか」
王太子、ハロルド・エルタード。
金髪金眼の彼は、本当に見目だけは麗しい。
シャツのドレープの形から、ジャケット、パンツのシルエットにこだわり、カフスボタンや襟飾り、果ては香水にまで、特注品を好む。
そんな彼が、私がここにいる『理由』だ。
「婚約者である私の隣に、何故立たぬ」
「前回の夜会後、殿下が隣に立つなとおっしゃったので、本日は壁に下がっておりましたが」
「あれは三歩下がって控えて私を立てろという意味だ」
「はぁ。ならばそう仰ってくださいませ」
そう。ハロルドは、私の婚約者なのだ。
何故、平民である私が王太子なんてものと婚約しているのか、というと――。
「まったく。貴族であれば、その程度わかるものだ」
「残念ながら、私は平民でございますので」
「お前が聖女でなければ、私の婚約者になど、なれはできまい」
つまり、私が聖女だからなのだ。
とはいえ、別に聖女が王太子と婚約しないといけないわけじゃないし、なんならこの婚約は、王家側から教会に一方的に通達がきたものだった。
(別に、王太子妃になりたいわけじゃないんだけど)
ハロルドは、私を頭のてっぺんから足の先までじろりと見ると、幽かに鼻を鳴らす。そうして、ふいと目線を反らせた。
ドレスが気に入らなかったのだろうか。
でも、これはハロルドが私に贈ってきたものだ。
流行のドレスのように、胸元が開いていないところくらいしか、気に入る部分はないけど。
「やはりお前には、豪奢なドレスなど似合わぬな」
「はぁ。では、次回よりドレスのご用意は不要です」
「まったく。お前は生意気にも反論ばかりだな。私の言うことに素直に頷き、謝ればよいものを」
(何言ってるのか、ちょっとよくわからないわね)
今のハロルドの発言に、私が肯定する部分があるのだろうか。
このドレスが私に似合わないのであれば、それはハロルドの見立てが悪いせいだと思うんだけど。
「第一、そなたは聖女として王家に貢献していないだろう!」
「――は?」
思わず声が低くなる。
貢献していない? 魔獣のスタンピードが起きた領地へ行って最前線で兵士の治癒をしたり、野盗の対処をしている領地で冒険者の助けになったりしている私が?
王家に? 貢献していない?
「貴族令嬢たちから、意見が出ている。聖女は平民や兵士等ばかり構っていて、彼女たちの怪我を診ないと」
「はあ。殿下におもねるご令嬢方の仰ることなど、本気で聞いているんですか」
馬鹿馬鹿しい。
お金のある貴族令嬢の怪我は、医者に見て貰えばいい。医者も自分で治せない場合は、教会を通して私に連絡してくるのだから。
「ほう。お前は嫉妬をしているのか?」
嫉妬?
ハロルドをできれば取り巻き令嬢ちゃんたちに押しつけたいと思っている私が、何故嫉妬を?
「くく。反論しないということは、そういうことか」
(意味が分からなすぎて反論するタイミングを逃したのが、本当のところだけど)
「まったく。お前のような無能な聖女が貴族や王家の役に立つようになるには、やはり私の指示に従って貰わねばな」
聖女の仕事は、教会からの依頼だ。
たとえ王家であっても、余程の緊急事態以外は必ず教会を通す。
そして教会の依頼に対して、聖女は拒否をすることもできる。
(それを知らない――筈はないんだけど。腐っても王太子だし)
呆れたような顔でハロルドを見ると、彼は不満気にこちらを見返した。
これは、わかっていないな。
(それならはっきり言ってあげるべきか)
「殿下、私にも意思がございます。殿下の思うままになる方がよろしければ、そう育てられた方をお選びになれば」
「ほう。それもそうだな! よし、お前との婚約は、ここに破棄としよう」
「は……き……?」
驚いて思わず口をついた私を見て、ハロルドはニヤリと笑う。
「そうだ、破棄だ。私に捨てられたくないならば、この場で私にすがり、謝れば」
「確かにお承りいたしました」
ハロルドの言葉を遮り、私は了承の意を伝える。
正直これは婚約破棄ではなくて、婚約の白紙か解約だろうと思うけど、そんなことは些末なことだ。
この千載一遇のチャンスを逃してなるものか。
「ハロルド・エルタード王太子殿下のお言葉により、今この場をもちまして、聖女セレナ・シャーシスは婚約者の立場を王家へとお返し致します」
「な……あ……おま……」
「殿下におかれましては、今後は素直で大人しい貴族のご令嬢を、お選びいただければ幸いにございます」
十二歳のときに、突然ハロルドの婚約者にさせられ、聖女の仕事の合間に押し込まれた王太子妃教育。
教師のマーヨルド伯爵夫人は公正な方だったけど、カリキュラムが如何せん多すぎた。
ただでさえ、癒やしの力を使う聖女は少ないので忙しいというのに、ゆっくり休む時間もとらせて貰えなかった六年間。
そこで叩き込まれた淑女の礼を、全力で見せつけ挨拶をする。
最後には、ハロルドの目を睨み――いえ、彼の目を見て、二度と関わろうとするなと、威嚇した。
ハロルドは、私に何かを言おうとしては、言葉が出ないのか口をパクパクと、王城のお濠のオーキゴイのように開閉させている。
(ああ、なんて間抜けなの!)




