第9話:ダンジョンにいこう! 3
「ひぃぃぃっ! ボ、ボスゥ!」
「リアクションが大げさなのは素なのかロールプレイなのかどっちなんだ? まあ、そりゃあ、いるわな。最初のダンジョンだし」
そして、バッサバッサと大きな羽ばたきが聞こえてくる。
洞窟の奥から現れたのは、大きなケイブバット。翼を広げた姿は一メートルはあるだろう。さっき相手にしてたのより、やや凶悪な顔つきをしている。
「ギヒェ!」
「汚い鳴き声だなぁ……」
ボスとか危険モンスターになるとそうなるルールなのか?
「おお……お、恐ろしい。もう終わりだぁ……」
こっちはこっちで必要以上に怯えている。落ち着いて欲しい。
「よく見ろ。飛んでくる速度は遅いし、動きはケイブバットと同じだ。ただ大きくなってるだけだよ、多分。一匹だけなら相手にしやすいまである」
「あっ……! ほんとだ! へへへ、これならいけますぜ、トミオ様。援護はあたしにお任せあれぃ!」
「まあ、そうなるから文句はないんだが」
ショートソードとウッドシールドを構えて前に出る。言わなかったけど、多分特殊攻撃の一つくらいしてくるだろう。こればかりは戦わないとわからない。
「よし、来い!」
「ぎょいっぷ!!」
身構えたら、口を開けて変な雄叫びを上げた。しかも、視線は俺じゃなくて後方のフィーカ?
「うえ? うわっ……なんか、フラフラします……視界が! 目がぁ! 目がぁ!」
いきなり足元がおぼつかなくなり、揺れ始めた。視界を混乱させる特殊能力だな。
「ふん!」
「ぎょいっ!」
とりあえず隙だらけだったので斬りつけた。あれを使った後はしばらく硬直するみたいだ。発生場所は頭。口か目。距離はそこそこ。見えないのは面倒だな。
「おっと……治りました! おのれボスめ! 怒りの投石を喰らえ! よし当たった! トミオ様! そのままそのまま! 頑張って! あたしを守って!」
怒りつつ俺を応援しつつ攻撃を始めるフィーカ。効果時間も短いな。これなら食らっても大丈夫そうだ。
ビッグ・ケイブバットの攻撃を盾で受けつつ、そう判断する。
「ぴぎょい!」
「おっと……」
「ぬあ! また視界が!」
怪しい動きをしたと思ったら、やはり特殊攻撃だったか。避けたら運悪く射線上にいたフィーカに直撃だ。……撮れ高すごいな。後でアップした動画を見たくなってきた。
「回復したら援護してくれ! このまま削り切る!」
「りょ、了解!」
それから地道に攻撃を当て続け、初のボス戦はどうにか潜り抜けた。
意外なことに、トドメはフィーカの投石だった。
いや、うっかり特殊攻撃受けちゃってね。そうしたら防御専念ですよ、俺だって。
「大勝利! ふははは! 我らに敵う者なし! 雑魚めが! 思い知ったか!」
「もう突っ込むのも面倒だな……」
フィーカを置いて俺はさっさと奥に向かう。
「ああ、お待ちください! 共にクエストクリアと洒落込みましょう!」
「はいはい……」
初対面の人相手にこんな雑な対応するの初めてだよ。インターネット老師に話したら怒られるかもしれん。でも、本人嬉しそうだしな……。
とにかく俺達は先へと進んだ。
『見晴らしの洞窟』の最深部は驚いたことに外にあった。
ビッグ・ケイブバットを倒し、洞窟を進んだ先。
そこにあったのは、長い長い階段。登山かと思うような長い階段だ。登った先では地上からの光が差し込む出口。
「わぁ……」
外に出るなり一緒に歩いていたフィーカが静かに歓声をあげた。
出口はそのまま小高い丘にある巨岩の上に繋がっていた。
目の前に広がる『ビヨンド・ワールド・オンライン』の世界『スザンウロス』の景色。
草原の向こうには広大な森林。こちらを見下ろす雄大な山々。きらきらと反射をしているのは湖だろうか。あるいは海の一部かもしれない。
空に浮かぶ雲の間には地面のようなものが見えたりもする。遠いから小さすぎてよくわからない。山の縁から巨大な水晶が飛び出しているのも気になる。あとやたら月がでかい。ありゃきっと行けるやつだな……。
世界を見せる。それが、このクエストの目的だ。
「…………」
壮大な異世界の姿にしばし、言葉を失う。
「トミオさん。あたし、この景色をずっと忘れません。きっと、動画編集してアップした後も、何度も見ます。隣にモザイクまみれになって、音声も変えて名状しがたい姿になったトミオさんがいる、この景色を……」
「ああ、いい景色だよ……」
そして、俺への配慮もありがとう。わからないくらい加工してくれるなら安心だ。うっかりこの子のチャンネルがバズった時、何が起きるかわからないからな。
【新世界の光景:「見晴らしの洞窟」を探索のクエストを完了しました】
クエスト完了のメッセージが表示された。村に戻って報告すれば終わりだな。
「じゃ、クエストも終わったし解散しようか。お疲れ」
「あっ、軽い! 今ちょっとなんか良い感じのシーンだったじゃないですか!」
「動画の締めにちょうどいいじゃないか」
「なるほど確かに! むぅ……。あのー……トミオさん? フレンド登録をお願いしても宜しいでしょうか? 迷惑はおかけしませんので、いえかけるかもですがっ」
「構わないけど。配信の協力は……」
「もちろん! もちろん承知しておりますっ。今回はご容赦願いましたが、あたしも配信者としての礼儀はわきまえております。ただ、RPGは不慣れな身の上なので、ご相談できる方がいると嬉しいな、と」
「そういうことなら。いつでも返事ができるとは限らないけど」
「いいですとも! お手すきの時に教えてください!」
[フィーカさんからフレンド申請が届いています]
[承認しますか? YES/NO]
YESを押す。通知が届いたのか、フィーカは満面の笑みを浮かべた。普通にしてると普通に可愛い。
「あたしへのご連絡はお気軽に。あ……あとで配信チャンネルのアドレスもお送りしますので。その……」
「チャンネル登録するよ、大丈夫」
「おお、なんという労りと慈しみ……ありがとうございます! ありがとうございます!」
なんで肝心なところで躊躇するんだ。配信者なら堂々と言う場面だろうに。しかし意外と不快感がなくて面白いな、この子は。後でちょっと動画を見てみようという気にはなる。
「あの、トミオさんはこれからどのように?」
「クエストを終えたら一回ログアウトして休むよ」
なんか疲れたしな……。
「了です! では、あたしはこれで。そうそう、個人メッセージでプライバシーについて聞かれても答えられませんので。こう見えて乙女なんで」
「そんなことしないよ。そもそも、俺はネット上の中の人は全員男だと思ってるしな」
フィーカの表情が固まった。すぐ真顔になって聞いてくる。
「それは、どのような意味で?」
「『ネット上で女に会っても全員男だと思え』、俺の師匠。インターネット老師達の教えだ」
老師達は教えてくれた。ネカマ、ギルドの姫、持ち逃げ、パーティー崩壊、ギルド崩壊。男というのは相手が女性だと思ったばかりにとんでもない事態を引き起こす。
それらから身を守る護身の術こそ、この考え方だ。一見可愛いように見えても全員中身は男! そう考えて動けば問題ない。健全なプレイができる。
そのようなことをかいつまんで、フィーカに伝えた。
「……トミオさんって、ちょっと変な人ですよね」
「お前にだけは言われたくないよ!」
この後、適当に雑談しながら村に戻って無事にクエストを終えた。
◯◯◯
フルダイブ後の目覚めは爽やかだ。ずっと覚醒状態だし、寝ているわけじゃないので、目覚めというのが正しいのかはわからない。
でも、感覚が現実に戻って来る瞬間はやっぱり目覚めという気分がある。
「ふぅ……思ったより疲れたな」
序盤を終えただけとは思えない疲労感がある。PvPしたり、変わった配信者に会ったりしたからだろう。
「一時間くらいか。思ったよりやらなかったな」
ちょっと休憩するには良いプレイ時間だ。
現行のフルダイブの場合、リアルでの一時間がVR内では二時間に引き伸ばされる。
体感時間の倍増、これこそがVRが圧倒的に社会に普及できた理由だ。
バーチャル世界にダイブすれば利用できる時間を増やすことができる。このメリットはあまりにも捨てるには惜しかった。
様々な問題を乗り越え、今は二倍時間でVR世界は回っている。
今ではオフィスワークの大半はVR空間内でやるのが一般的だ。小さな商店の精算だって、店主がダイブして行うという。三十分が一時間になると出来ることの幅がまるで変わるためだ。
ここに至るまで、世の中色々とあったのだけど、そこそこ上手く世の中回っている。
今、大切なのは俺がVRMMOをニ時間プレイしてちょっと疲れているということだ。
時間は午前十一時半。昼食にはちょうどいい時間帯。
「せっかくだし、なんか食べに行くかね」
一人呟いて。俺は外出の準備を始めた。
午後もゲームに忙しい。そのためにしっかり食事をとらないと。
試しにタイトルを変えてみました。
どうでしょうか。いつも悩むところです。