第59話:フェアリーガーデン(3)
「大変申し訳ありませんでした。バカ娘とはいえ娘ですので。お礼を申し上げます」
ハミィさんの母親、ラミィさんはそう言うと丁寧に頭を下げた。
いきなりの光景に動けない俺達だったが、ちゃんと説明をしてくれた。
ハミィは単純に、家の金を持ち出して遊び歩いていたらしい。テーブルマウンテンから離れた場所に、妖精の町があるとかで。
行きは月のない夜に闇を紛れて出ていったおかげで大丈夫だったが、帰りが不安。
そこで見かけた探索者、俺達に目をつけたというわけだ。
「ハミィはどうしてるんですか~?」
「バカ娘はこれから三ヶ月、村の『労働部屋』から出てこれません」
瑠璃さんの問いかけに、真顔で返答が来た。
「オチをつけたかったのかな……」
「このゲームにしては展開が素直すぎるとは思った」
報酬は貰えることだし、まあいいか。そんな考えに落ち着いた俺達である。
「渡り人の皆さんにご迷惑をかけてしまったお詫びです、どうかお受け取りください」
[フェアリーエッグを獲得]
インベントリにアイテムが入ってきた。
「こちらは、私達とは別種の妖精族の卵です。人を助けることに秀でた種族ですのでお役に立つかと」
「別の種族なんですね~」
「はい。なんでも、大昔の人間が自らを助けるために産み出したとか。私達とは少々素性の違う存在です」
ちょっと世界設定に踏み込んできたな。なるほど。妖精といいつつ、サポート専用の生命体なのか。
「重ね重ね、バカ娘がご迷惑をおかけ致しました。同時に、妖精族に優しき人が今もいることに感謝しています」
ラミィさんはもう一度、深く頭を下げた。
【クエスト:『フェアリー・ガーデン~妖精の贈り物~』を達成しました】
【12000EXPを獲得】
【6800Gnを獲得】
ちなみに、この後、ハミィが労働しているという『部屋』の近くにいったら、この世のものとは思えないうめき声が聞こえた。
俺達は見て見ぬふりをして、村を去った。
◯◯◯
モリス・ルクスの城壁近くに小さな公園がある。
遊具もない。ベンチと植物だけの小さな広場。そこが、オリフさん達のたまり場だった。
NPCも来ることがない静かな一画で、俺達は今回の戦果を確認している。
「じゃあ、やってみしょうか~」
瑠璃さんが元気よく手に巨大な卵持って言った。淡い緑色のパステルカラーの巨大な卵。サポートフェアリーを生み出すアイテム。今回の報酬である。
「これ、どうやって使うんですか? 孵化する道具があるとか?」
「手に持ってしばらくすると、孵化させますかと出るらしい」
「出てきました~。ぽちっ」
瑠璃さんは速攻で押した。迷いのない動きだった。
卵が揺れ始めると、パキパキと音をたてて割れ、中身が出てくる。
「おお、出てきましたね。これはっ……アルマジロ?」
卵から出てきて瑠璃さんの膝におさまったのは、赤いアルマジロだった。大きさは手のひらサイズで、つぶらな瞳が可愛い感じだ。
「これは、可愛いですね~」
瑠璃さんがさっそく抱き上げて撫で始めた。アルマジロは目を細めてそれを受け入れている。
「平和な光景ですね……」
「だね。で、能力は?」
オリフさんはあくまでデータ面への興味が優先されているようだ。俺も気になる。
瑠璃さんの周りにステータスウィンドウが表示されていく。
「えっと……あ、情報がでましたね。ステータスへの補正、自律的に防御魔法を使ってくれるみたいですよ~。あと、丸まった状態で投げていいみたいです」
「これ、投げるんですか……」
いかにもファンシーなペット然とした見た目なのに。投擲するのは罪悪感あるな。
と、思っていたらアルマジロが地面に降りて、自主的に丸まった。
完全な球形。それがちょっと跳ねながら、キィキィ鳴き声を出している。
「本人は気合十分のようだな」
「納得の上ならいいか……」
俺から言うことは何も無い。
瑠璃さんは丸まったアルマジロを手に持ち、じっと見つめる。
「今日から貴方はアロちゃんですよ~」
凄くシンプルな名前をつけられたアロちゃんは、丸まった状態から顔だけ出すと、嬉しそうに一度鳴いた。
サポートフェアリー、悪くなさそうだ。
「じゃ、次は俺がやるかね」
オリフさんが卵を出すとすぐに割れて、重い音と共に何かが地面に落ちた。
「これは……猫?」
「猫ですね~」
「猫だな」
出てきたのはちょっと太り気味の黒猫だった。少し目付きが悪い。
「魔法攻撃への補正、援護魔法を使ってくれるらしい。いいね」
情報ウインドウを出しながらオリフさんがそう語る。
「この子は丸めて投げられないんですか~?」
「ニャウッ」
瑠璃さんが不穏な事を言った瞬間、黒猫がオリフさんの背中に隠れた。
怯えた目でこちらを見ている。いや、俺まで一緒にしないで。そんなことしないよ。
「残念ながら、投げる機能はないようだ」
「…………」
黒猫が自分の飼い主を驚愕の目で見ていた。実に雄弁な表情を持つサポートキャラである。
「名前はつけるんですか?」
「あー、後でちゃんと調べてからつけてやるよ。でかい猫はいいねぇ」
優しい手つきで猫の背中を撫でるオリフさんの表情は、いつもより若干穏やかに見えた。
「見た感じ、動物系のいかにもペットっていうのが出るみたいですね。俺は犬がいいなぁ」
インベントリから卵を取り出し、数秒見ていると『孵化させますか』というウインドウが表示された。
「犬いいですね~」
「でかいのがいいね。サモエドとか」
「モフモフしてて最高じゃないですか、それ」
期待に胸を膨らませながら、『YES』を押した。
すぐに卵が割れ始める。
「おお、なんか、割れ方が違う?」
これまでのちょっとずつ割れるのと演出が違う。いきなり綺麗なラインが入ってパッカリ割れた。
そしてそれは、にゅるりと出てきた。
瑠璃さんのアルマジロとも、オリフさんの黒猫の時とも違う。
俺のサポートフェアリーは地面に落ちなかった。
それは何故か。答えは簡単、浮いていたからだ。
「こ、これは……マンボウ?」
目の前に現れたのは大きさ50cmくらいのデフォルメされたマンボウだった。
何故か浮いている。印象としては空飛ぶ座布団に近い。
「なんで魚類なんだ……いや、マンボウは浮かないが?」
「でも、可愛いですよ~」
「レアものかもしれないじゃないか」
戸惑う俺を二人が励ます。そうだ、レアで変わった能力があるかもしれない。
早速確認を……。
「我はラインフォルスト。今後とも宜しく」
虚ろな目でこちらを見ながら、空飛ぶマンボウは厳かにそう名乗った。それも、渋くてよく通る声で。
「しゃべった……」
「おい、名乗ったぞ……」
「お前、喋れるのか……」
いきなり言葉を発して更に状況は混迷を深めてきた。言葉が出ない。ゲームのサポートキャラなのに、プレイヤーをここまで混乱させるのは凄い。
「我はこう見えて上位種。汝を援助しよう。具体的には各種ステータス上昇、防御魔法による援護、場合によっては足場になることもできる」
厳かに具体的なことを告げるラインフォルスト。メタ発言はおいといて、結構有能じゃないか?
「足場ってのはどんな感じなんだ?」
「我が空中で横向きになるから、踏み台にするが良い。何度もやると仮死状態になるので注意が必要だ」
物凄く具体的かつ便利そうな能力だった。瑠璃さんとオリフさんが驚いている。
今の話で、一つ思いついたことがある。
「俺のユニークスキル、ピタッとフックをかけることは?」
「可能だ。すぐに仮死状態になるだろうが」
俺達全員が、思わず軽く声を上げた。
何も無い空間だと死にスキルになってしまうピタッとフック。その欠点に対応可能だと!
魚類だとか喋るとかどうでもいい。ラインフォルストは俺に必要な相棒だ。
「よろしく、ラインフォルスト。頼りにしてるぜ」
「うむ。たまに小魚などを貰えると嬉しい」
そう語ると、ラインフォルストは少しずつ薄くなって消えていった。どうやら、待機状態みたいのになったらしい。
「良かったですね~。ラインフォルストさん、おもしろ強いですよ~」
「実際データ的にはどうなんだ?」
「ちょっと確認してみますね?」
本人は有用さをアピールしてたけど、ゲームの数値的にはどの程度かはわからない。
俺はさっそくステータスウィンドウを開き、サポートフェアリーの項目をタッチする。
「なん……だと……」
それを見て、絶句した。
動機が激しくなり、血圧の上昇を感じる。
「どうしたのですか? あっ」
覗き込んできた瑠璃さんもひと目で理解してくれた。
ラインフォルストのステータス画面。
そのフォントは、フレーバーテキストに至るまで、全てゴシック体だった。
「新しいパターンだな」
オリフさんの感心したような言い方に、俺は静かに頷くしかなかった。
こんな所にまで仕込むとは。なんて不意打ちだ。
ゴシックP謹製っぽいのは気に入らないが、頼もしい相棒ではある。……本当にしてやられたな。




