第5話:PvPしてみよう!
BWOにPKはないけれど、PvPはある。
プレイヤー同士が双方合意した上でフィールドでPvPモードに入るというもので、早い段階から発表されていた。意図は不明だけど、そのうち闘技場でも実装するんだろうとネットでは噂されている。
声をかけてきた男の方は、金髪短髪で筋肉質。いかにもスポーツマンな見た目のアバターだ。服は初期のものだけど、両手に手甲をつけている。フロントタウンで買える装備なんだろうか?
横で申し訳無さそうにしているのは、ふわふわした見た目の女性アバターの子だ。ダガーを持ってるけど、杖を装備してヒーラーでも似合いそうなタイプ。
「つまり、俺とPvPをした上で、何かを賭けると?」
「そ。お兄さん、さっき黒いの倒してたでしょ、そのドロップでいいよ。こっちは二人で集めた収集品。今後のクエストで使えるらしいし、悪くないでしょ?」
「そうだなぁ……」
俺が迷ったふりをすると、目の前の男は嬉しそうな顔をした。断られると思ってたんだろうな。普通はそうだ。PK前提のゲームでない限り、この手の対戦要素を嫌う人は多い。
「レベルは?」
「5だよ。お兄さんは?」
「……4だな」
ステータスを確認すると、さっきの黒いのを倒した時に一気に2レベル上がっていた。あとちょっとで3レベルの所に多めに経験値が入ったんだろう。
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トミオ
レベル:4
クラス:新米探索者
HP:25
MP: 0
STR(筋力):8
AGI(速さ): 7
VIT(体力): 7
DEX(器用):7
MNA(魔力): 5
LUC(幸運):7
装備:
右手:ダガー(攻+2)
左手:なし
体:探索者の服(防+3)
頭:なし
アクセ1:なし
アクセ2:なし
クラススキル:なし
汎用スキル:なし
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能力は微増。向こうはレベルが一個上だけど、ステータス的にはそう変わらないだろう。
「オレの方がレベルが上だけど、そんなに能力は変わらないはずっすよ。やりましょうよ」
「ちょ、ちょっとハルちゃん、強引だよ……」
連れの子に諌められている。PvPを試したくて仕方ない感じ……いや、違うな。
このハルちゃんとやらは、明らかに何らかの格闘技をしている。
装備に手甲をつけているあたり、空手とかボクシングとかそんなやつだろう。
リアルで学んだ格闘術をゲームでも試してみたい、そんな風に見える。珍しくない話だ。
「よし。わかった。やろう」
「やった! な、いけただろ?」
「えぇ……、あの、この人、結構強いと思うんですけれど……」
ハルちゃんは喜び、連れの子は困惑していた。
俺なりに勝算というか、考えがあってのことだ。
これがリアルなら、俺はあっさりダウンなり怪我をして終わりだ。でも、これはゲーム。格闘技経験者の彼の拳にどれだけ勢いがあろうとも、当たった瞬間に「通常の命中」として数値的に処理される。
装備の分と、当たり方によってクリティカルが発生するかもしれないけど、一撃でやられる可能性は低い。
むしろ、その辺の判定がどうなっているのか興味がある。ちょっとした検証だ。
それと、格闘技経験者の動きに俺がついていけるかという話も問題ない。こちとら色んなVRゲームで修羅場をくぐっている。腕が十本ある敵の猛攻をくぐり抜けたことだってある。対応できるはずだ、多分。
何よりBWOの中で自分がどれだけ動けるかも確認できる。
ついでにいうと、負けた時のデメリットも少ない。たまたま倒せたモンスターのドロップ品を渡すだけ。デスペナもない。
総合的に見て、このPvPは受けてもいい。
俺はそう判断した。
【「ハル」からPvPを申し込まれました】
【同意しますか? YES/NO】
いきなり目の前にウインドウが現れた。向こうはやる気らしい。
「回復はなしで。合図は?」
「そこの子。ナツがします。よろしくな」
ウインドウのYESをタッチすると、一瞬だけ双方の体が淡く光った。PvPモードに移行したらしい。
「じゃ、いつでもいいっすよ」
両手を構えて、軽くステップを踏み始めるハル。どうやら、ボクシングらしい。詳しくないから、動きの名前についてはわからないけど。
「こっちもいつでもいいよ」
ダガーを構える。軽く腰を落として、どうとでも動けるように緩やかに備える。
「もう。知らないんだから。はじめっ」
女の子の投げやりな合図で、戦いが始まった。
「フッ!」
速攻をかけられた。一瞬で距離を詰めて、鋭い拳が俺の顔目掛けて放たれる。
「おわっ」
「シィツ!」
「……」
「シッ!」
「……おっと!」
ジャブの連打を回避。最後危なかったな。かすりそうだった。
「……? 兄さん、なんかやってる?」
「強いて言えば、ゲームかな」
そう答えると、ハルちゃんとやらは憮然とした顔をして再び攻撃を再開。
「シィヤッ!」
「おおおっ!」
速度が上がっていた。それを何とか目で追って回避。あ、顔は避けれるけどボディは無理なのでガード。ちょっとだけダメージが入った。
「クッ……ふわふわと……」
なんだか納得行かない模様。こちらも検証は十分。当たった時の判定でステータスに応じた計算が入るみたいだ。ガードした腕に痛みや違和感もない。
「そろそろ反撃しないとな」
ダガーを構える。ハルちゃんはそれを見て何か刺激されたのか、無言で突っ込んできた。
「シィッヤァ!」
今までで一番早く、隙のない連撃だった。
俺はそれを避ける。向こうが立ち位置を動かした瞬間、体の隙間にダガーを滑り込ませるのを忘れない。
「痛ぅ……っ」
「このゲーム、痛覚はあんまり感じないから大丈夫だよ」
一瞬顔をしかめ、動きが止まるハルちゃん。そこを逃さず、こちらから斬りかかる。
こうなると。向こうは手甲でガードせざるを得ない。
そして、彼の戦闘スタイルはボクシングだ。下半身への注意が少しばかり薄い。なので、太ももなんかも狙わせて貰う。
こっちは刃物なんで、生身のどこかに当たればいい。低レベルだから削り勝てる。
「こ、のっ!」
「おっと」
苦し紛れのパンチをかわした所で隙ができた。脇腹にダガーを突き立てる。
「うっ……」
ハルちゃんが顔をしかめて膝を落とした。HPをゼロにできたわけじゃなさそうだ。ゲーム慣れしてない人みたいだから、刺されたというのを意識しちゃって崩れ落ちたんだろう。
「よし。終わりにしよう。勝負ついたでしょ」
ダガーの刃を向けて言うと、こちらを見上げてハルちゃんが言う。
「……そ、そういってくれるなら。オレの負けでいいです」
俺を見る目には驚きの感情が混ざっていた。