第42話:工房ダンジョン探索1
工房の中はファンタジーというよりSF風味な感じだった。黒と灰色のコントラストに綺麗に磨かれた床や壁。そこに走るケーブルのような装飾に赤い光が時折走っている。
技術レベルとしてはモリス・ルクスとは一線を画す。過去のこの世界が技術的にかなり高度であったことを示す残滓。そんな所だろうか。
コサヤさんからの連絡を元に、俺達は通路を走る。当然、モンスターも出迎える。複数の小さな影が、行く手を阻むが。
「疾駆斬!」
割とあっさり小さな四角い石でできた警備ゴーレムを倒す。これで最後だ。
「助かる。小さいのは数が多いな」
「なんか、種類に統一感がない気がしますね」
遭遇したのは小型ゴーレム、明らかな機械、それとキメラ。錬金術師の作るものといえばそうかもしれないけど、もうちょっと種類の幅が狭くなるもんじゃないだろうか。
「伝説的な錬金術師らしいからな。何でも作れたってことじゃないか?」
「工房という名の要塞を作っちゃうくらいですからねぇ」
そんなもんかもしれない。ここは工房といいつつ立派なダンジョンだ。手広くやってた結果ということだろうか。……いや、ゴシックPのことだから設定に従ってるのだろう。その辺は律儀な人だ。
「出てくる敵が弱めですね。コサヤさん、何に困ってるんでしょう?」
モンスターの傾向は小型で数が多め。レベルは30くらい。あまり強くない。当然、コサヤさんが苦戦する理由なんてない。
「わからん。直接聞くとしよう。もうちょっとで合流地点だ」
2階への階段が見える。
その部屋に見慣れた姿。コサヤさんだ。
「……二人とも、おつかれ」
「お疲れ様。なにかあったの? どんどん進んでるもんかと思ったんだが」
軽く挨拶を交わすなり、すぐ本題に入る。
「……すれ違ったパーティーに聞いた。ここから先、一人だと面倒なギミックがある」
「ギミック。それだけですか?」
コサヤさんはそのくらいで止まることはない。一人で攻略できるなら行けるところまで行く人だ。
「……いくつかパズル系の仕掛けがあるらしい」
なるほど。理解した。コサヤさんはそういうのは面倒がるタイプだ。逆に、ここにはパズルが得意な人がいる。
俺はそれとなく、カモグンさんを見た。とても楽しそうな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、僕の出番だね。任せてくれ」
この人は謎解き系が大好きなのだ。
◯◯◯
「全く。あの程度のパズルとは、がっかりだよ」
イザベル工房ダンジョンを進むこと二十分ほど、何度かあったギミックを乗り越えるとカモグンさんは憤っていた。出てきたパズルが簡単すぎて。用意されていたのはいわゆる部屋から荷物を出す系のやつで、一瞬で解けるもので拍子抜けだったようだ。
「まあまあ、全員参加のイベントで超難度のパズルを出すわけにもいかないでしょうから」
「……私は助かった」
揃って宥めるものの、カモグンさんのストレスが無駄に溜まってしまった。今後の展開に期待しよう。
それはそれとして、攻略は順調だ。三人がかりだと早い早い。道中の雑魚はコサヤさんが蹴散らしてくれるし。レベルは大分追いついたはずなのに、一歩抜きん出てるんだよな、この人。動きが全体的に早いというか、効率的なんだと思う。たまに見惚れるほど綺麗な動作をしていることがある。
「……どうかした?」
「いえ、コサヤさんが相変わらず強くて頼りになるなと」
「……トミオにはこれから沢山働いてもらう」
別にサボりたかったわけじゃないんですが。
そんな雑談をしつつ、ダンジョン内を進んでいく。たまに他のプレイヤーともすれ違う。短く情報交換したところ、そろそろ最初のボスが近いらしい。
「お、雰囲気の違う扉ですね」
これまで通った部屋と違い、物々しい扉の前で立ち止まった。金属製で、中央に宝石が埋め込まれている。壁や床を走っている定期的に光が走る線が宝石まで続いていて、何やら点滅している。
「……これで開くらしい」
コサヤさんがインベントリから一枚のカードを取り出した。中央に赤い宝石が埋め込まれたカードキーだ。道中で拾った。
「んじゃ、いくか。とりあえず様子見ながら全員で殴りかかるぞ」
「状況に応じて臨機応変に対応ですね」
カモグンさんらしくない作戦を聞きつつ、『追憶』の鎖鎌を構える。始まったばかりのイベントな上、ログアウトして情報収集もしてないからね。行き当たりばったりだ。
「……じゃ、レッツゴー」
気楽な口調でコサヤさんがカードキーを宝石に掲げると、重々しい音と共に、扉が開いた。
中は少し薄暗い、殺風景な部屋だった。奥に大きな円筒形の物体があり、壁から走る赤い光の線もその円筒形に向かって延びている。
「ん。中に人がいるな。保存装置か?」
カモグンさんの言う通り、円筒形の物体は何らかのカプセルのようだった。透明な窓の向こうで女性がひとり眠っている。
銀髪の女性、錬金術師イザベルだ。
「適当に調べて起こせばいいんですかね? それとも殴ります?」
「……せめて情報は吐かせないと」
物騒な話し合いを始めた瞬間、壁を走っている赤い線が輝きを増した。
室内が真紅に染まる。赤い輝きが断続的に円筒形のカプセルに流れ込む。
「こりゃ、強制イベントですね!」
「戦闘用意!」
「…………」
三人揃って武器を構えるのと、カプセルが開くのは同時だった。
黒いローブをはためかせながら現れたイザベルは、鋭い目つきで俺達を見据えた。
「異世界からの侵略者め。貴様の好きにはさせない。この世界は、私達のものだ!」
「いやちょっと少しは話しを……」
◆【caution!】◆
【☆☆☆危険モンスター:イザベル368 推奨レベル40 出現!】
◆【encounter!】◆
問答無用で戦闘が始まった。イザベルはどこからか杖を取り出して、その先端を輝かせる。
「生きて帰れると思うな!」
杖の先にある宝石から光が延びて剣みたいなった。ビームサーベルみたいで格好いいな。
一瞬そんなことを考えた俺だが、すぐさま鎖鎌を構える。
「……トミオ、突っ込むよ」
返事を待たずコサヤさんが飛び出した。早い。俺は天井に向かって鎖鎌を向ける。
「ピタッとフック!」
天井経由で空中から攻撃だ。コサヤさんが接敵したのを確認して、俺はイザベルの後ろに着地。
「ファストアタック! スティルアタック! 疾駆斬!」
連続攻撃した上で離脱まで可能な連続攻撃。新たな定番セットをきめて向こうの様子を確認。
あ、更に追撃でカモグンさんの投げた爆弾食らって吹き飛んでる。痛そう……。
「……上手く連携できたね」
「付き合い長いですからね。さて、どうくるかな」
壁に激突したイザベル368は怒りの形相で俺達を睨みつけてくる。アニメ調のCGとはいえ迫力あるな。
「貴様ら……。この場で消し飛ばしてやる!」
叫びと共に、光の剣を掲げる。
「…………っ!」
全員が身構える中、イザベルの光の剣が更に伸びた。具体的に言うと三メートルくらいに。
「覚悟しろ、限界を超えた光の刃を味わうがいい!」
「…………」
いや、武器が伸びただけかよ。横のコサヤさんががっかりしている。絶対、面倒な攻撃に切り替わるの期待してたからな、これ。
「油断せず、確実にボコそう」
やや後ろからカモグンさんの落ち着いた声が聞こえてきた。そうだ、これはゴシックPのシナリオ。更に仕込みがあるかもしれない。コサヤさんも静かに頷く。
「俺が前に出て牽制します。後は流れで」
「……わかった」
「爆弾投げるから適当に避けてくれ」
再び雑な作戦を確認し、俺達はイザベル368に再度襲いかかる。
「バカめ! 正面から来るなど!」
イザベル368が光の剣を振るう。まるで鞭のようにしなった光の刃が俺めがけて飛んでくる。
「ピタッとフック!」
いつも通り、天井経由で回避。
「なんだと!」
「……遅い」
わざわざ俺の方を見て驚いたイザベル368にコサヤさんが接近した。相当AGIが上がってるな、俊足だ。
「……耐久力、試させてもらう」
日本刀を煌めかせ、コサヤさんが連続攻撃を始める。いや、凄いわ。スキルなのか通常攻撃なのかわからないくらい綺麗な流れ。どうもイザベル368はあんまり良いAIを搭載してないらしく、されるがままだ。
「ぐっ……おのれ……」
なんか呻きつつ後退したのでその横に着地。連続でスキルを叩き込む。
「ぐおっ……」
「…………?」
カモグンさんが動く気配を感じたので後退。即座に丸いものが転がってくる。あ、爆弾だ。
ボン、という意外とくぐもった音と共に、イザベル368が火だるまになった。……エグい物持ってるな。
「お……おの……れ」
さて、次は何をしてくるかと身構えていたら、イザベル368はそのまま消えた。
「え、弱っ……」
「…………どういうこと?」
「経験値が入ったが、少なめだな」
あまりにも早く終わったボス戦に全員気が抜けた反応を返す。
【イザベル撃破数 3689】
なんか、視界に変なカウントが出てきた。




