第39話:仕込み
経験値テーブルという言葉がある。レベルアップに必要な経験値を記した表で、グラフにすると多くの場合、どこかで急カーブを描く。
BWOは現状、レベル50からカーブが急になるようだ。レベルキャップはないけれど、今の実装範囲はその辺りのレベル帯までなんじゃないかと思っている。
そこを考えるとレベル45付近までレベルアップ可能という、紹介されたダンジョンはとても美味しかった。
とりあえず、レベル43まで上げた。さすがにダイダンゴムシの経験値だけじゃ厳しくなってきたのと、疲れてきたのもあり、一度解散だ。新ユニークスキル『ダイナミック・バインド』は非常に強力で、レベル上げをとても楽にしてくれた。今後も活用していきたい。
リアル時間で翌日。皆からレベル上げの呼びかけが来る前に、俺は再びBWOにログインした。
俺がダンゴムシから逃げ回っている間に、モリス・ルクスを中心にイベントに合わせた変化が起き始めたからだ。
「ぷーむぅ。なるほど、錬金術師イザベル。恐ろしいぷむねぇ」
「そうなんだよ。それもルクス山地で何かやらかしてるらしい」
「ぷむっ。……ま、また住処を追われるのは嫌ぷむ」
今、俺が話しているのはキャラの濃いNPCではない。こういう口調の獣人。モグラ型アニーマ族の一人だ。彼らは言葉遣いがちょっと特徴的になるという設定で、だいたいこんな感じである。
見た目もデフォルメされたモグラなんで、人間に耳と尻尾がついただけの他のアニーマ族と一線を画した存在感がある。なんか、種族的に色々あるらしい。
「俺だってせっかく復興を手伝った村が壊れるのは嫌だよ。ただ、最悪の場合を想定して準備はした方がいいと思う」
「な、なにをすればいいぷむか!」
今いる場所はモリス・ルクスの北にある、建て直された廃村。前にクエストで復興を手伝った場所だ。話し相手は村長さんだ。その手には「ルクス新報」の最新号が握られている。
錬金術師イザベル。それが今回のイベントボスの名前だ。かつて、人間をモンスターの集団暴走から救った偉大な錬金術師だそうだ。それが、秘密の工房で寿命を伸ばし数々の実験を繰り返していたそうな。
その後、実験の最中におかしくなったのか、ルクス山地内で何かよからぬことを企んでいる。長い時間が英雄を歪めてしまった。そういうシナリオだ。
そんな情報をネットで知ってログインしたら、ルクス新報でカリンさんが既に記事を発行していた。俺と会って話したことで動いてくれたらしい。驚いた。これがイベント専用の挙動か。
記事内容を確認して、真っ直ぐこの村に向かい、村長と交渉中だ。一つ、思いついたことがあったので。
「村長達は穴掘りが得意だよな。村からルクス山地の各地に出られる脱出路を作って欲しい」
「な、なるほど。避難経路を作るぷむね! それなら大丈夫ぷむ! 生き残るために大体掘ってあるぷむぅ!」
マジかよ。凄いなこいつら。生存本能のなせる技か?
「それはスゲェ助かるんだけれど。村からそこを通ればルクス山地の各地に出られるのか?」
「もちろんぷむ! あっしらは生き延びるために地下を進んで来たぷむ! お天道様の下で暮らせるようになってもその心は忘れないぷむ」
立派な精神だ。この場合とても助かる。
「噂だと錬金術師はでかいキメラをけしかけてくるらしい。少し通路を伸ばしておいてくれると、俺達が迎撃するのに使えるかもしれないんだ」
「なるほど! それなら少し拡張しておくぷむ! 冒険者さん達へ協力するぷむ!」
【イベントクエスト:モグラ族の脱出路を達成しました】
突如流れるアナウンス。これ隠しイベントだな。上手くいった。
「やはりな……」
「どうしたぷむか?」
「いや、なんでもない。作業気をつけてくれ。俺は他の仕事があるんで御暇するよ」
「またぷむー」
要件は済んだ。俺はクールに去るぜ……。イベントに向けてもっと仕込みたいことがあるからな。
と思って振り返ったら仕込み自体がこちらに駆けつけて来るのが見えた。
「おー! トミオさーん! なんですかこのアニマルパラダイスは! あたしを呼びつけて何をさせるつもりで!? この人達商品化できますよ! 商品化!」
「すまん。今、終わったとこだ」
「なんとぉ!」
約束通りの時間に来てくれたフィーカはその場でヘッドスライディングを敢行した。ノリのいい奴だ。周りのモグラさん達の視線が痛いからちょっと移動しよう。
突如街中で噂になった錬金術師イザベル。それとイベントトレーラー。今からイベント開始までの間に、プレイヤー側に更に準備する余地がある。俺はそう推測した。なにせ、想定されるボスは二体。しかも片方はでかいらしい。プレイヤーだけでなくNPCだってもっと協力してくれるはずだ。なにせ、彼らこそがスザンウロスの住人なのだから。
村の片隅で、その辺りのことを俺は説明した。ついでに想像通り隠しイベントが発生したことも。
「……さすがはトミオさん。おみそれしました。てっきりあたしを人気のない村に呼びつけて変なことをさせるのかと思いましたが」
「しないよ。そんな想像してるのにノコノコ来たのか」
「いえ、面白いかなーって。トミオさんならライン超えのことしてこなそうですし」
「俺を信用してるのかしてないのか、どっちなんだ……」
出会ってリアル時間で一週間もないのに、想像以上に懐かれている。いや、妙に濃い経験を共有している気はするけど。
落ち着こう。俺は、この子にしか出来ない仕事をお願いするのだ。
出来るだけ真面目な顔をして真っ直ぐに見ると、フィーカの方も自然と居住まいを正した。こういう空気は読めるんだな……。
「フィーカ、頼みがあるんだ」
「ほ、ほう? トミオさんがあたしに頼みを? 高く付きますよ?」
「ああ、俺も相応の報酬を約束する。……お前の動画の出演について前向きに検討することを約束する準備をしたい」
「!? ……トミオさん。本気なんですね」
「勿論だ。ゴシックPに一泡吹かせるためなら手段は選ばない」
「わかりましたっ! やりましょう! いえ? 今、すごく曖昧なこと言ってませんでしたか?」
「気のせいだ」
ち、気づいたか。このまま押し切れると思ったのに。
フィーカは現状数少ないBWO系のインフルエンサーだ。その拡散力は侮れない。場合によってはモザイク無しでのレギュラー出演も覚悟すべきかもしれん……。
「トミオさんの覚悟。受け取りました。出演に関しては、実は一案ありますので、またの機会に。で、なんですか?」
「イベント対策だ。ここでイベント関連の隠しクエストが発生した。色んな所にあるはずだ。それを、伝えてほしいんだ」
「ほほーう。悪巧みですね。嫌いじゃないですよ、そういうのは」
別に悪いことは企んでないのだが、この際いいか。あと、一案あるって何だ。気になるし不安になるんだが。
「今から、イベント対策で俺の思いつくことを話す。問題なさそうな分を動画なりSNSで。代金は……」
「未来への投資ってことで、今回はつけときますよ」
ニヤリと笑いながらフィーカは胸を張って告げた。
微妙に悔しいけれど、ちょっと頼もしかった。




