第38話:第三の力
廃プレイヤーというのにも色々と種類がある。いや、むしろ廃プレイヤーの数だけ種類があるというべきだろう。だいたい、廃と呼ばれる人は変人が多い。具体的な統計はないけれど、インターネット老師もそう言っていた。
その点を考えるとフィーカの出会いは幸運だったと言える。非常に親切で友好的な廃と知り合えた。ユーザーイベントを開催する辺り、ゲームを楽しむタイプの廃プレイヤーだったということだろう。
つまり、俺達の提案は成功した。
フィーカ達の発見したレベル80デスペナルティ無しのダンジョン。その場所と交換でレベル上げポイントの情報を教えてもらえたのだ。
詳細を伝えた所、彼らはとても喜んだと言う。特に、俺達が軒並みワンパンで終わってしまったバランスが気に入ったらしい。フィーカに「敵討ちしてやるから待ってな!」とまで言うほどだ。
「というわけで、こちらが教えてもらったダンジョンです。なんでも、前からルクス山地の奥の方には小規模なダンジョンが散発的にあるそうでして」
「そのうちの一つがこれか。どんな場所なんだ?」
ルクス山地のかなり奥。高い木々に囲われた中、突如現れた平地。そこに空いた巨大な地面の穴。それが、廃プレイヤーが教えてくれたレベル上げポイントだった。場所的には悪くない、街でも見かけるセーブ用の石があり、メインシナリオで開放されたファストトラベル機能で飛んで来れる。
「中はアリの巣のように細長い洞窟になっているそうです。部屋と道が連続する形で、部屋は全部で五つと小規模」
「それで、何がでてくるんですか~?」
「ダイダンゴムシ……、1メートル位のやつが転がってくるそうです。それも沢山。レベルの割に弱くて経験値が美味しいそうです」
今回はクエスト併用でなく、レベルが上のモンスター退治でレベルアップする計画だ。ダイダンゴムシのレベルは43と高めだそうな。
「……範囲殲滅になるね」
「すると、オリフさんの出番ですね~」
「サボれないやつか……」
「アルケミストのスキルで威力を上げるぞ、弱点属性は?」
「えっと、火ですね。基本、釣り役の人が通路をダッシュして広場に誘導。範囲攻撃で殲滅だそうです」
順調に話が進んでいるけど、唐突に嫌な予感がしてきた。
「あの、その誘導役というのは誰が?」
「…………」
全員が俺を見た。「わかってんだろ」と言わんばかりに。
代表するようにカモグンさんが口を開く。
「頑張ってくれ。トミオのピタッとフックが便利すぎるのが悪い」
「せ、せめてコサヤさんを護衛に!」
「……一人の方が良い。わかってるでしょ」
「……はい」
わかっていた。三次元的に動ける『ピタッとフック』が便利すぎることを。危なくなったら天井にぶら下がれるもんね。退避スキルとして有効すぎる。そして一人の方が動きやすい。
「トミオさんの犠牲、忘れません。キングダンゴムシには気をつけてくださいね」
「おいそれ今聞いたぞ。ボスか危険モンスターだろ、詳しく教えて下さい……」
「お、おお。あのトミオさんがあたしに頭を下げて……。巨大な上に金色になってる危険モンスターだそうです。通路を埋め尽くすほどではないですが、早いそうです。もちろんお供つき」
「実質ボスじゃねぇか……」
このレベル上げ、俺だけ死亡率が異常に高い。しかもデスペナ付き。
「採取品も美味しいみたいですし、防衛イベント用の石材もドロップするそうです。例の備蓄ゲージ上げにもちょうどいいですね。頑張ればレベル45までいけるとか!」
クエストと併用できるのは美味しいな。うん、そうだ、これが一番いい方法なんだ。
「大丈夫ですよ、トミオさん。わたしとカモグンさんが支援魔法をかけますから~」
「ん、まあ、大丈夫だろ。総合的にプラスになればいい」
「……ユニークスキルで範囲攻撃が欲しいな」
「燃費悪いっすよ、範囲」
皆のモチベーションが高い。いや、俺だって別にやる気がないわけじゃない。
「トミオさん、嫌ですか?」
「冷静に考えるとよくあることだから気にならなくなってきた」
いわゆるタンク職がいない以上、覚悟を決めるしかない。俺には頼れるユニークスキルがある。こいつだけを信じて生きていこう。
「では、いきましょう! 稼ぎますよー!」
「お、おい待て。いきなり入るのは……」
止める間もなく勢いよくダンジョン内に飛び込んだフィーカは、溜まっていたダイダンゴムシの群れに襲われて早速一回死亡した。
人のいないダンジョンはモンスターの巣になりがち。これもインターネット老師の教えだ。
◯◯◯
重いものが転がる音がする。イメージとしてはボーリングだろうか。重いものが転がり迫る音。日常の中ではあまり聞かない音だ。
それが沢山、自分に向かって迫ってくる。それどころか音源の物体まで見えてしまう。
具体的に言うと自分の上半身くらいあるダンゴムシの群れに追われています。
「うおおおおお! ピタッとフック!」
レベル上げダンジョン内の通路は狭い。幅は2メートル位だ。ダイダンゴムシはその通路上に生息しており、プレイヤーが通り過ぎたら転がって追跡を開始する。
ようは走り回るだけで自動的にダイダンゴムシの群れをトレインできる仕様だ。とても怖い。
「な、なんとか間に合ったか……」
天井にぶら下がり、視界の下を通り過ぎていく巨大ダンゴムシを見送る。少し先が小部屋になっていて、そこでは皆が待ち受けている。コサヤさんと瑠璃さんとカモグンさんが壁になり。オリフさんが範囲魔法を連打。フィーカは援護だ。
これが上手く回るようになるまで、三回ほど酷い目にあった。
俺が死んだのは当然で、瑠璃さんとカモグンさんが支えきれずやられた。何故かフィーカも二回ほど巻き込まれたが、それはいいだろう。
一度に引っ張るのは十体まで。それを決めてから大分安定している。
「そろそろ行くか」
洞窟の先から派手な音が聞こえている。仲間たちは戦闘中だ。
範囲攻撃はないが、俺も後から参加しなければ。
「ああ! やっと来た! トミオさん、文字通り高みの見物してましたね!」
「ちょっと心を整えてたんだよ」
「くっ、慣れてきたのか余裕がいやらしいですねぇ……」
投石機を回しながら叫ぶフィーカに答えつつ、『追憶』の鎖鎌を構えて手近なダイダンゴムシに打撃を加えていく。優先すべきは瑠璃さんだ。この人がフリーになれば回復が安定する。
「ファストアタック! スティルアタック!」
[黒い石材を一個獲得]
よし、採取品も手に入ってお得だ。
「助かります~」
「そろそろ行くぞ」
瑠璃さんが下がり、オリフさんが杖を輝かせる。魔法を使うときのエフェクトだ。目立つがわかりやすい。
「マジックブラスト、ウィンドスラッシュ」
緑色に輝く風の刃が周囲に乱れ散る。敵味方をきっちり識別した風の刃がダイダンゴムシを切り刻む。
マジックブラスト、オリフさんのユニークスキルだ。魔法の効果範囲を拡大するシンプルながら便利なスキル。
これにカモグンさんが錬金術で作ったバフアイテムを組み合わせると、だいたい三回目くらいでダンゴムシの群れは全滅する。
MP回復ポーションの消費は激しいけど、経験値も美味しい。地味にこのダンジョン、推奨レベル45と高めなので。
問題は推奨レベル以上になっているコサヤさんだけれど、本人はパーティープレイが出来て大変満足そうである。
「お、この分だと今回はマジックブラスト二回で終わりそうだな」
「レベル上がってますからね。もう少し釣る数を増やしますか?」
このように戦いながら会話する余裕もある。このまま勢いよくレベルを上げてイベントに備えてくれるわ。
心のなかでほくそ笑んでいると、フィーカの叫び声が聞こえた。
「奥の方! 金ピカが見えます!」
「……トミオ、頼む。準備できたら連絡する」
「はい……」
指示を受けて戦列を離れる。
このダンジョンの危険モンスター、キングダンゴムシ。金色に輝くボディはうっすら輝き洞窟を照らす。つまり、近づいてくるとわかる。
なので、戦闘中にこいつが出た場合、俺が囮になって時間を稼ぐ役となる。
「さっきは途中で轢かれたからな。今度は負けないぞぉ」
意気込みはあるけど、多分負ける。速さが尋常じゃない。カーブで追いつかれるから、どう処理するかだな。レベルアップでAGIが上がれば話が変わるか?
「がんばれ~」
瑠璃さんの支援魔法を受けて、金色に輝く洞窟奥にダッシュを開始。レベルは上がっている、何とかやってみるか。
「いくぞ、こんちくしょう!」
巨大な金色のダンゴムシを見つけたので近づいてブレーキ。すぐに奴が先頭になって群れをなして追いかけてくる。
こいつらの特性は円形のレーダーみたいな探知範囲で近づいたプレイヤーに反応、追いかけてくるだ。なので、今カモグンさん達がいる小部屋に近づかないよう、経路に気をつけながらダッシュするのが俺の役目になる。
当然、通り道に普通のダイダンゴムシもいるので段々と大所帯になる。ここがプライベートビーチならぬプライベートダンジョン状態じゃなきゃ通報されるような所業だ。
通路をぐるぐると走る。カモグンさんからの連絡はまだない。キング相手の時はバフなどの準備に時間がかかるからな。それにしても背後から聞こえる音がどんどん派手になってきてる。もう轟音だよ。
実はこれ、しっかり理由があって、単純に向こうの方が若干速度が高いからである。どうも、まだ俺のステータスが足りていないらしい。最初よりはマシになったんだけれどね。
「ピタッとフック!」
小部屋の出口でピタッとフックを使用。天井付近に逃れる。キング達はそのまま勢いよく通過。
危なかった、ほぼ真後ろまで来てた……。
経路的に皆がいる場所は遠いから、キングを含めた集団は少し先で止まるはず。また釣ってもう少し走るか……。
「しかし、リスクがでかすぎなんだよな。なんか他の手段が欲しいもんだが……」
どうしようもないことを愚痴りつつ着地した瞬間だった。
★【おめでとうございます】★
☆【ユニークスキル「ダイナミック・バインド」が発現しました】☆
いきなり、景気の良いメッセージが視界に表示された。
「は? このタイミングでか? いや、レベル40超えたし時期的にはアリなのか……?」
コサヤさんの『乱れ三日月』はレベル38で発現したという。プレイスタイル次第だけど、レベル40付近で新たなユニークスキルが生えてくるというのは聞いてはいたが。
とはいえ、こうして急に生えてくるのはちょっと考えものだな。なんか、スキル神殿的な所で獲得させても良かったんじゃないか? いや、これは戦闘中に編み出した演出ってことか。ちょっと困るんだけどな、ユニークスキル発現にびっくりして死んだ人いるんじゃないの……?。
最初の時のことを思い返しつつ、テキストを確認する。
・ユニークスキル:ダイナミック・バインド
一定範囲内の対象を束縛する。束縛時間は能力に依存する。
束縛中は行動できなくなる。
※要:鎖鎌(二刀流状態)
「…………」
つまり、なんだ。両手に鎖鎌を持った状態でのみ使える、範囲束縛?
強くないか? 多分強い。デメリットとして動けなくなるみたいだから、パーティープレイ向けのスキルか。
後は、通常じゃないモンスターにも通用するかだな……。
考えていると、聞き慣れた回転音が聞こえてきた。通路も気持ち黄金色に輝く。キングダンゴムシが戻ってきたようだ。
「……やってみるか」
インベントリから念の為持ち歩いていた上鎖鎌を取り出し、左手に装備する。これで二刀流状態。鎖を投げられなくなるので、いつもはやらない。おかげで鎖鎌は火力不足だ。シーフは二刀流が一般的らしいのに、それをやると個性が潰れる悲しさよ。
俺の火力問題は置いておこう。準備はできた、後は試すだけ。こういうのは勢いが大事だ。念の為、パーティーチャットを起動する。
『こちらトミオ。新しいユニークスキル『ダイナミック・バインド』を試してみます』
『は? なんだって? もしかして発現したのか?』
『ええ。今、一番奥の小部屋なんで、失敗覚悟でやってみますわ』
『そうか、わかった。骨は拾ってやる』
カモグンさんからのOKもでた。これで轢かれてもアウェイクン・シンボルで起こしてくれるはずだ。
通路からの音が大きくなる。多分、ランダムに動いた上で俺に反応したな。数秒待つと、キングダンゴムシがこんにちは、とばかりに顔を出した。
そして、当然のようにお供を引き連れて俺めがけて殺到してくる。黄金色に輝くキングダンゴムシ。その威容が俺を押しつぶさんばかりに一直線に迫る。回避しても取り巻きに轢かれる。数分前ならピタッとフックで逃げるしかなかった。だが、今は違う!
「ダイナミック・バインド!」
声と同時、両手の鎖鎌から鎖が射出された。それも、複数分裂してだ。
高速射出された鎖が次々とダンゴムシ達に絡んでいく。魔法的なエフェクトで青白く輝く鎖がモンスター達を捕らえ、複雑な魔法陣のような幾何学模様を描く。
「止まった……。止まりやがった……」
まるで蜘蛛の巣に絡め取られたかのように、モンスター達は止まった。危険モンスター、キングダンゴムシごと。
同時、拘束時間というゲージが出現。予想より減りが遅い。数秒かと思ったけど、これなら十秒以上止められそうだ。
「すげぇ! これは世界が変わる……って、動けないだと! 動け! 動け俺の体! どうした! いや説明に書いてあったわ!」
ダイナミックバインド中は動けない。つまり、拘束から解き放たれた直後、俺は金色のダンゴムシに轢かれる。
確信した俺は、即座に仲間に連絡をした。
『カモグンさん! 危険モンスターを止めました! でも動けないんで数秒後に轢かれます! たすけ……』
最後まで言う前に、俺は拘束から解き放たれた金色のダンゴムシに轢かれて死んだ。




