第28話:知り合いの知り合い
「露店を守れ!」
「そっちにも出たぞ! こいつら弱点は風か水!」
「殴れ殴れ! 数で押せるぞ!」
突然のモンスターポップ騒ぎは商店街の端の方で起きていた。入口付近よりも店舗間が広く、動きやすいスペースもある区画だ。
そこでは赤い人型モンスター相手に客と運営が協力して戦っていた。おお、しかし沢山沸くな。倒した端から沸いていく。
次々と倒れて消えていく赤い人型の名前は『赤のグール』。たしか、グールっていう化け物には色んなパターンがあったはず。BWOにおいては体型に特徴のない、人間の形をしているようだ。髪の毛もないし、目は虚ろ。でも、ゾンビと違って腐ってはいない。今回は名前通り、顔から体にかけて真っ赤な線が通っている。
「しかしこれはやることがないな」
物見遊山で来てみたけれど、本当に見てるしかない。湧き出るモンスターよりプレイヤーの方が圧倒的に強いんだ。特に警備の人。三人くらいだけど、ほぼ一撃でバッサバッサやってる。かなりの高レベルだな。
そもそも、「あかがねの洞窟」二層は推奨レベル二十五と低めだ。プレイヤーに被害がでるようなことはないな、これは。
戦闘も一段落しそうな様子だったので、また店巡りに戻ろうかな。そんな風に考えて踵を返しかけた所で、面白いものが目に入った。
わざわざ商店街の区画から外れて、洞窟の隅で店を開いている人がいた。看板には「秘密の店」などと書いてある。テーブルと棚だけでなく、木材を使って屋根付きにしている本格派だ。
こういう遊び心は嫌いじゃない。
ちょっと覗いていこうかな。あ、なんか経路上に赤のグールが湧き始めたぞ……。
「って、こっちの方にもモンスター沸いてる! 対処を!」
追加の沸きだ。一気に出てきた十体近くのグールは一様に店舗を目指してる。中にいるプレイヤーに反応してるってことですねぇ!
インベントリから『追憶』の鎖鎌を出して走る。幸い、店舗は洞窟内の壁際にある。つまり、フックを引っ掛ける場所がある。
「ピタッとフック!」
現在のフックの射程は二十メートル。その距離はもう体に染み付いている。狙い違わず、壁にフックがかかって、俺は一気に空中に飛び出す。
「解除! そしてファストアタック! スティルアタック!」
移動中に解除して、グールの群れの中央に着地。それから目の前の奴に連続攻撃。さすがに倒せない。けど、ヘイトはこちらに集中した。囲まれたらやられる。一度脱出だな。
「ピタッとフック!」
今度は天井に向かって使う。広い空間だが洞窟内だ。さすがに高さはそれほどでもない。五メートルってところか。とりあえず上に逃れることに成功。
「さて、どの辺に降りるかな」
天井伝いに移動すれば、某蜘蛛のヒーローの如く移動も可能だ。鎖鎌一個からしかフックは出せないから、落下と上昇を激しく繰り返すんでちょっと怖いけど。
「おや、一人で突撃してきた?」
着地場所を探していたら、グールの群れに突っ込んでくる人がいた。青い髪の女性だ。長い髪を後ろで一本に縛っている。服装的に聖職者っぽいから、プリーストだろうか。
グールに囲まれたプリーストさんは、そこで止まるとすぐに盾とメイスを取り出して殴り始めた。
「殴りプリースト!? それはいいけど数が多いぞ!」
BWOのプリーストはわかりやすく支援系ヒーラーだ。もちろん支援だけじゃソロプレイできないので戦闘能力がある。むしろ自己回復出来る分、継戦能力は高いかもしれない。それでも、これは不味いんじゃ……。
「なんか、平気そうだな……」
青髪のプリさんは、グール達の攻撃を平然と受け止めながらメイスで反撃していた。腕とか振り回されて当たってるのにまるで意に介していない。要塞のようだ。
防御型か。相当硬めてるようだな……。
感心していると、何故かこちらを見上げてきた。位置的にほぼ真上になっていた関係もあり、目があう。
「ちょ、ちょっと受け持ってください~。若干、ダメージが入ってきていまして~」
しっかりダメージ入ってたのか! とりあえずスキルを解除して着地。
「ファストアタック!」
手近なやつを殴ったら死んだ。さっきダメージを入れたやつかもしれない。
「た、助かりました。これでヒーリングする余裕ができます~」
俺が少し敵を受け持つと、青髪プリさんはほっと息を吐きながら、回復魔法を使い始めた。余裕がなかっただけなのね……。
「あの、無理そうなら撤退した方がいいですよ。俺のスキルで脱出できますけど」
グールの攻撃を躱して通常攻撃しつつ提案すると、プリさんはにっこり笑みを返してきた。
「いえ~、このくらいなら大丈夫そうです。それにそろそろ助けがくるので~」
「助け?」
警備の人達もすぐ来るってことか。あの廃プレイヤー達ならあっという間に一掃するだろう。そんな思いがよぎった時、風が吹いた。
「魔法か!」
「ですよ~」
一瞬頬を撫でる風が吹いたかと思ったら、突風が駆け抜けていった。ご丁寧に緑色のエフェクト付きの風が周囲で吹き荒れ、グール達をズタズタに引き裂いていく。
「すげ……範囲魔法だ。って、結構残ってる!」
グールの行動パターンは「近くのものを攻撃する」らしく、俺達の方に向かってくる。それでも数は大分減った。
「普通の魔法を拡大しただけなんで、威力は据え置きなんですよ~」
「なるほど。そういうもんですか」
多分、ユニークスキルなんだろうな。これだけ人がいる場所で使ったってことは、隠すほどのことじゃないんだろう。実際、範囲魔法があるなら日常的に連射することになる。
たまに飛んでくる風魔法と青髪プリさんの援護、ついでに到着した警備の人達のおかげで、グール達はすぐに退治された。勢いでヘイト取りに行かなくても良かったかもな。
「ふぅ、良い仕事しました~」
「お疲れ様です。助かりました」
「いえいえ~。先にタゲ取りしてくれたおかげで間に合いました~」
警備の人が「殲滅確認! 撤収!」と叫ぶ横で、ひと仕事終えた余韻に浸る。
「無事におわったかね」
「あ、オリフさん。援護ありがとうございました~」
現れたのは灰色の髪にサングラスをかけた男性だった。着ているのは短めのローブ。右手には杖を持っている。さっき援護してくれたウィザードだろう。しかしサングラスなんてものがあるんだな、この世界。クラフト製か。いや、新聞もコーヒーもガラスもあるから、普通に買えるのかもしれない。
「確殺はできなかったねぇ。そっちのシーフさんもお疲れ」
「いえいえ。さっきの魔法、助かりました」
「無事で何よりだよ。さて、解散ですかね」
それじゃあ、と言いかけた所で賑やかな足音が聞こえた。赤髪ツインテールが俺達の前に割って入って来る。
「トミオさん、お疲れ様でした! 遠くからみてましたよ! あたしは間に合わなかっただけなんですけどね! そして、瑠璃さんとオリフさんにも感謝です!」
「お、おう……?」
「いやぁ。まさかご紹介する前にお知り合いになっているとは、これはもう運命というものですかねぇ。手間が省けましたよ!」
「……?」
「フィーカさん、わたし達、たまたま共闘しただけですよ?」
いきなりの話しぶりに戸惑う俺と灰色髪のウィザードさんの代わりに、青髪プリさんが言ってくれた。
「なんと! むむむ……。では、改めまして。こちらはトミオさん。えーと、わかりやすく言うとモザイクの人です」
突然他己紹介が始まった。まるで情報のない話し方だったが、二人には通じたようだ。
「ああ。モザイクの人ですね~」
「……お疲れ様です」
青髪プリさんは嬉しそうに頷き、灰髪ウィザードさんの方はちょっと同情混じりに理解を示した。
とりあえず、二人がフィーカの知り合いだと理解はした。




