第23話:森に響く音
カン、カンという乾いた音が高らかに木々の間を駆け抜けていく。
ここは『モリス・ルクス』北に存在する「メガスの森」。人の胴回りくらいある巨木が静かに立ち並ぶ、自然の懐だ。先日シーフゴーストと戦った場所からかなり奥深くに存在し、街への木材供給所となっている。
その規模はなかなかのもので、ちょっとした消耗品を取り扱う小屋まであるほどだ。
BWO内における朝早くから、俺はそこで斧を振るっていた。
あれからリアル空間でちょっと休憩を挟んだりしつつ、メインストーリーを進めていたら、ここで落ち着いて作業をすることになった次第である。
「…………」
一心不乱にアイテム「木こりの斧」を振るう。武器としては使えない採取専用アイテムで、この辺りの巨木を叩くと何種類かの「木材」を入手可能だ。
周りには他にプレイヤーはいない。BWOの世界は意外と広く、サーバーも複数あるからか、過密状態になっている場所は少ないようだ。木々の揺れる音とたまに頬を撫でる森の風が心地よい。虫が飛んでこないVRのおかげで不快感もない。
淡々と斧を振っていると、視界に入ってくるプレイヤーがいた。
「や、やっと見つけたぁ! なんでこんな奥の方で木こりやってるんですか!」
「騒がしいのが来たな……。話があるって聞いたから静かな場所を選んだんだよ」
抗議と共に現れたのは、赤毛に金が入り混じったツインテールの少女。三下配信娘ことフィーカだ。
リアル時間で一日ぶり。服装がちょっと変わってるな。金属で補強されたスカートとジャケットを身に着けている。俺のライトアーマーよりも物が良さそうだ。
「ふふふ、人気のない所に呼び出して何をする気なんでしょうかねぇ……あ、無言で木こりに戻るのをやめてください! 最近どうですか? あたしはユニークスキルを取得しました!」
「へぇ、どんなのか聞いていいか?」
「もちろん!」
いいのか……。PvPとかする可能性を考えると、割と隠したがる要素だと思うんだが。いや、どちらにしろフィーカの場合、配信でバレるから関係ないか。
「あたしのユニークスキル。それは『投石機マスタリー』です! 更に攻撃スキルの『ストーン・チャージ・ショット』まで生えてきました!」
全然意外性がなくてびっくりした。無難すぎる。俺の『ピタっとフック』の方がまだユニークらしい。
「む。その顔。普通過ぎてつまらないって気持ちになりましたね? 残念でしたねぇ……。あたしのユニークスキルはもう一つあるのですよ、これが!」
「三つもか!? そんなにレベルが上ったのか?」
「ノンノンッ。あたしのレベルはまだ25。投石機という特別な武器を使う者にだけ許された特権なのです。あ、そうだ、トミオさんのレベルはいくつですか?」
「23だけど?」
「ふっ。勝ちましたね。今後はフィーカさんと呼んで嘘です冗談です、許してください……」
「いや、素直に褒めようと思ったんだが。土下座はいいから第三のスキルについて教えてくれよ」
相変わらず、すぐに土下座しようとする奴だな。心がいつも負けたがっているのか?
俺の言葉を受けて立ち直ったフィーカは、薄い胸を反らして高らかに宣言する。
「第三のユニークスキル! それはなんと『すごい石拾い』です! 投石機用の特別な石をどこでも補充できるのです。しかも当たりつき。いわば石ガチャです!」
「凄いじゃないか。場所によって有利な属性だったり特殊効果がある石が拾えるんじゃないか? 戦い方に幅が出るぞ」
間違いなく良スキルだ。ネタ扱いされている投石機への救済措置なのか? 色んな所で検証するだけで面白くなるやつだ。
「でも、今のところはほぼ色違いのが出るだけだし、当たりも補正がちょっと入ってるだけなんですよね……」
「将来性に期待しようぜ」
本人はうなだれているけど、場合によっては化けるスキルに違いない。まあ、「いつか使えるかも」と思ってたスキルが全然花開かないのも良くあるわけだが……。
「ところで、トミオさんもユニークスキルがあるのでは? こちらの情報を開示したからには、そちらも教えなければ無作法というもの。さあ、どうぞ!」
「別にそんな約束してないし……」
「えぇ……」
すごく悲しそうな顔をされた。
「……似たようなもんだよ。『鎖鎌マスタリー』、後は『ピタっとフック』っていうスキルだ」
「……あの、大変申し上げにくいのですが。そのスキル名、ゴシック体になってませんか?」
「何度も確認したけど違ったよ」
情報ウインドウを見せてやると、フィーカはまじまじと見つめてから何とも言えない顔をした。まあ、そうなるな。
「名前はともかく有能スキルだぞ。壁とか木に刺して立体的に移動できる。アイテムやキャラクターの引き寄せにも使える。射程もレベルに合わせて伸びるんだ」
「シンプルな攻撃スキルじゃない所が実にトミオさんらしいですねぇ。このキャラクターの引き寄せってやつ、どんな風になるんです?」
移動とアイテムは想像がつくんですが、と付け加えつつ聞かれた。
「しばらくソロだから人に向かって使ったことはないんだ。多分、アイテムにやった時みたく先っぽにくっついて俺の前まで引っ張られるんじゃないか?」
ここに来る途中、木になっているリンゴに使ったらそんな挙動をした。
「ふむむ……」
軽く唸った後、フィーカは突如駆け出して離れた場所で立ち止まった。その距離約十メートル。振り返ってテンション高く叫び始める。
「さっそく試してみましょう! ヘイ! カモンカモン! ヘイヘーイ!」
どうやら、検証に協力してくれるらしい。何故か非常に挑発的な動きをしている。うっかりフックがぶっ刺さってくれないもんかな……。
「ヘイヘイ! ピッチャーびびってるー!?」
「誰がピッチャーだ! 『ピタっとフック』!」
『追憶』の鎖鎌を取り出して、即座にスキルを発動。フック状に変わった鎖分銅がまっすぐフィーカに飛んでいく。俺の怒りを受けてか、かなりの速度で。
「ひぃぃ! 尖ったものが高速で!」
怖かったのかフィーカの顔が恐怖にひきつった瞬間、フックの形状が変化した。柔らかそうな白手袋をまとった巨大な手になり、
「おわあっ! あ、やわらか~」
そのまま掴まれて、こちらに向かってすっ飛んでくる。
「…………」
ふと思った。これ、着地どうするんだ? もしかして、俺が受け止めなきゃ駄目なやつか?
高速で迫って来るフィーカを見ると、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
刹那、脳裏に蘇る存在しないラッキースケベの記憶。
このまま俺が奴の下敷きになったら確実にネタにされる。なんなら数週間は擦られ続ける。短い付き合いだけど、不思議な確信がある。
VR空間で鍛えられた脳が見せた幻想か? いや、あの女、両手を広げて全力でこちらに組み付く構えだ。
「させるか!」
「なんとぉぉぉ!」
回避と同時にスキル解除。フィーカは上半身からダイブして、地面に着地跡を残した。こんなに頻繁に上半身と地面が接触するVRゲーマーは初めて見たよ。
「な、なんで避けるんですか! せっかくの「ユニークスキル検証でラッキースケベェ……」のチャンスが! そんなに乙女の肉体に組み敷かれるのが嫌ですか!」
やはり狙っていたか。
「それをネタにしばらく粘着する気だろ……」
「当たり前ですよ! 半年はネタにした上で加工して動画までアップするつもりでした!」
「もはやハラスメント行為じゃねぇか……」
恐ろしい女だ。本気で付き合いを考えるべき時が来たのかもしれない。
「……と、冗談はこの辺にしておいてですね?」
「本当に冗談だったんだろうな?」
全然本題に入れない。軽い雑談だけで疲労感がある。
そもそも連絡を取ってきたのはフィーカからで、ちょっと相談があるとのことだった。
「もちろん冗談ですとも。今日はお願いする立場ですからね。それでですね」
◆【caution!】◆
【☆☆危険モンスター:きのこたけのこ大将軍 推奨レベル30 出現!】
◆【encounter!】◆
「き、危険モンスター!? こんなとこで!」
「リポップしたか。材木取りながら地道にあれを狩ってたんだよ」
「なるほど……では、お話はあちらの将軍様を倒した後ですかね?」
投石機を取り出してフィーカが言う。
「ああ、結構レアなのドロップするぞ」
パーティ申請を出しながら、俺も『追憶』の鎖鎌を構えた。




