第21話:追憶
その老婆はジェニファーといった。年齢はちょっと俺には推測不能だけれど老人だ。腰は曲がっていないし、元気そのもの。白い髪を綺麗にまとめた、愛嬌のあるお婆ちゃんだった。
ジェニファーの住まいは『モリス・ルクス』の北側。城壁近くの一軒家だった。人が少ない場所で、治安が心配になる。そこはNPCだし何とかしているんだろう。
小さいが小綺麗に整頓された部屋で、よくわからないお茶(少なくとも紅茶ではない。味も香りも)を出して貰いながら、俺は話を聞くことになった。
「ありがとうね。『ルクス新報』のカリンちゃんはご近所さんでね。新聞記者をやってるってんで、相談してみたら「信用できそうな人を見つけてくる!」って言ってくれたんだよ……」
ノックして出てきた時は不審者扱いだったけど、カリンから貰った手紙を渡したら態度を豹変させたのはそれが理由か。町民NPCの挙動までよく設定されてるな。
「一応、カリンさんから話は聞いてきたんですが。詳しいところを聞いても?」
「ええ、ええ。必要なことだからね。あれはそう、今から四十年以上前のことだねぇ……」
老人の昔話が始まった。これは長くなるな。しかも、必要そうな情報だ。無視できない。
俺は覚悟を決めて、ジェニファーに向き直った。
数十分後、たまに横道にそれるジェニファーの話をまとめるとこんな感じだった。
・数十年前、度重なるモンスターの襲撃に耐えかねて、ジェニファーと旦那さんは仲間と共に『モリス・ルクス』に移住した。
・移住するまでの移動の間に色々あった。旦那の鎖鎌のおかげでかなり助かった。
・しかし、『モリス・ルクス』の北側城壁付近に辿り着いたところで、モンスターの群れに遭遇。
・ジェニファーの旦那さんはたった一人で殿として残って戦い続けた。
・『モリス・ルクス』で保護された後、兵士たちと共に現場に戻るも、そこに旦那さんの亡骸はなく、彼の愛用した鎖鎌と血の跡だけがあった。
・ジェニファー婆さんは破損したその鎖鎌をその場に埋めて、小さな墓を作った。
・旦那さんのちゃんとした墓は『モリス・ルクス』にある。別れ際に貰った指輪と共に。あと、水曜日は近くで買えるミートパイが美味しい。
街のグルメ事情に話が移った時は危なかった。料理にバフ効果があったりすると見逃せない。一瞬、そっちの掘り下げに誘導しようか迷ったけれど何とか耐えた。
「そして、最近になって鎖鎌を埋めた墓に旦那さんの幽霊が出るようになった、と?」
「そうなんだよ。私が行くとじっとこちらを見るだけで何も言わないんだけれどね。他の人が来ると襲いかかってくるんだよ。まだ、あの人は戦いの中に囚われているんだろうねぇ……」
静かに語るジェニファー婆さんの目から光るものが流れ落ちる。
「お話からすると、俺があなたの旦那さんの幽霊を倒すことになってしまうんですが」
「それでいいんだよ。私ももう先は長くない。なのに、あの人だけがこの地に残っているのは可愛そうだ。だから、あるべき所に返して欲しいんだよ……」
【クエスト「追憶の残響」を受けますか?】
「それは……わかりました」
探索者組合経由でなく、カリンさん経由にしたのも、自分の知らない場所で旦那さんが退治されるのを嫌がったからだろうか。聞けば答えてくれそうだけど。そこまで無粋じゃない。
それよりも優先すべき質問があるな。
「ですが、俺は幽霊を相手に戦ったことがないのです」
「聖水を用意してあるよ。これを武器に使えば幽霊にも攻撃が通る」
すげぇちゃんと準備してるじゃないかお婆ちゃん。本気で旦那の幽霊滅殺する気だな!
いや、ゲーム的な助け舟が用意されてて有り難い。ここは良い方にとらえよう。
「わかりました。俺にやらせてください」
首を縦に振り、クエストを受諾すると、インベントリが開かれて聖水が十個追加された。
ジェニファー婆さんの家を出て、『モリス・ルクス』北部の寂しい路地で立ち止まった俺は、おもむろにステータスを表示した。
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トミオ
レベル:20
クラス:シーフ(8)
HP:98
MP: 42
STR(筋力):20
AGI(速さ): 25 +3
VIT(体力): 9
DEX(器用):24 +2
MNA(魔力):10
LUC(幸運):19+2
装備:
右手:鎖鎌(攻+6 ※鎖分銅に拘束機能あり【シーフ専用】)
左手:ウッドシールド(防+3)
体:レザーアーマー(防+5)
頭:なし
アクセ1:なし
アクセ2:なし
クラススキル:ファストアタック、スティルアタック
汎用スキル:駆け足(1)
所持アイテム
ショートソード(攻+4)
聖水 10個
HP回復ポーション(初)30個
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お使いクエスト沼のおかげで大分レベルが上がっている。スキルも覚えた。
ファストアタックは文字通り早い一撃。ダメージは減るけれど、自動で二連続攻撃になる。体感的に攻撃力は0.6倍くらいだろうか。これに通常攻撃かスティルアタックを組み合わせることで三連続攻撃まで可能だ。現状のメイン火力である。
スティルアタックは名前の通り、確率でアイテムを盗んでくれる。メッセージと共に自動でインベントリに入ってくれるので便利だ。こまめに使っていきたいスキルである。
汎用スキルの駆け足の方はよくわからない。別に移動速度が早くなったりはしていない。レベルが上がれば違うのかもしれないな。
「……ちょっと買い物していくか」
連続でクエストを攻略してる間、一度も装備を変えなかった。なんとなくいけちゃったから放置してたら、ほぼ初期装備のままだ。これは良くない。
これから確実にシナリオボスとの対戦が控えているんだ。一つ、装備の更新といこう。
ついでに夜の戦闘対策もしないとな。
三〇分後、買い物を終えた俺の姿があった。
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トミオ
レベル:20
クラス:シーフ(8)
HP:98
MP: 42
STR(筋力):20
AGI(速さ): 25 +3
VIT(体力): 9
DEX(器用):24 +2
MNA(魔力):10
LUC(幸運):19+2
装備:
右手:上鎖鎌(攻+12 ※鎖分銅に拘束機能あり【シーフ専用】)
左手:バックラー(防+5)※装備しながら二刀流可能
体:ライトアーマー(防+9)
頭:バンダナ(防+2)
アクセ1:なし
アクセ2:なし
クラススキル:ファストアタック、スティルアタック
汎用スキル:駆け足(1)
所持アイテム
鎖鎌(攻+6 ※鎖分銅に拘束機能あり【シーフ専用】)
聖水 10個
HP回復ポーション(初)30個
MP回復ポーション(低)10個
アウェイクン・シンボル 1個
メディカルポーション(毒) 3個
メディカルポーション(麻痺) 3個
ライトジェムストーン 3個
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これまでの報酬をほぼ全部使って更新しましたよ。
武器の上鎖鎌は上位品。見た目はほぼ同じだけど、ちょっとスマートかつ刃が綺麗になっている。攻撃力が二倍になるのはでかい。
ライトアーマーはレザーアーマーに金属板が追加された簡易金属鎧。バックラーは武器との併用可能という優秀な小型の盾。バンダナは良い頭装備がなくてこれになった。
ライトジェムストーンは使用すると頭上に光源を作ってくれるアイテムだ。幽霊が出るのは日が落ちてかららしいので、購入してみた。このゲーム、夜でも視界が確保できる程度にうっすら明るいけど。
後は回復アイテムと状態異常対策を少々。こんなものだろう。
「よし。では、行ってみますかね」
復活ポイントもちゃんとこの街にしてあるし、うっかり『ジ・ギブン』まで逆戻りなんてこともないだろう。
時刻も夕刻をすぎて夜へ変わりつつある。良い頃合いだ。
インベントリを閉じて俺は街の外、城壁の北側にあるという森を目指して出発した。
日間VRで3位になっていました。ありがとうございます。




