第20話:ルクス新報
『モリス・ルクス』は瓦礫が多い。度重なるモンスターの襲撃による荒廃。人口の減少。治安の悪化。それらが重なって中心を外れると廃墟じみた建物が増える。
俺達プレイヤーが別世界からやってこなければ、結構危なかったんじゃないかな。そう思わせるくらいには、その辺の建物が壊れたり、壁とか柱の破片が転がっている。
ゲーム的に見るとこれは悪くない。プレイヤーがハウジングやクラフトをするための土地や建物を確保しやすい条件が整っている。モンスターも出ないしNPCも少ない。実際、不動産買取できるようになったプレイヤーが街中を歩き回っているという。
プレイヤーの行動が街の復興に繋がるってことだろう。そのうちイベントに絡めて景色も変わるかもしれない。一応、『人類最後の砦』みたいな立ち位置らしいし。
枯れた噴水を見ながら、ウインドウを表示。受注できるクエストを確認してみる。
恒常クエストとして、『木材の確保』『石材の確保』が出てきた。一緒に現在の資材備蓄率なんていうゲージもある。
「これ……怪しいんだよな」
将来何かに使うつもりだろう。何なのかわからないが。襲撃イベントの一つや二つ、いや三つや四つあってもおかしくない。
とはいえ、このクエストは完全なる作業だ。後回しにしよう。死んだ目で心を無に保ちながら作業したい。そんな気分になった時にやるのがいい。主に精神的疲労の激しい時だな。
「ここは散歩がてら楽しそうなクエストを探しますかね……と」
最適解は攻略サイトやネットで調べて、美味しいトコだけ貰うことだろう。プレイスタイル的にはありだし、俺もたまにやる。でも今はサービス開始直後のゲームの空気ってやつを感じるのが優先だ。
「ちょっと、そこの『渡り人』さん!」
装備の更新もしたいし、武器屋辺りのクエストでも探してみるか。そういえば、クラフト系も解放されてるって言ってたよな。そっち方面に手を出すのもいい。噂によると、見た目だけ整える装備品とかが実装されてるそうだ。
「無視!? 『渡り人』でしょ! 黒髪のあなた!」
ハウジング系もいいな。カモグンさんが気合いいれてるだろうから、素材集めに周辺に出て行くのも考えの一つとして……。
「せめて返事しなさいよ! ピンク混じり! 泣くわよ!」
「……もしかして、俺のことですか?」
振り返ったら、金髪の女性が涙目で俺の方を見ていた。
いや、他にもプレイヤー何人かとすれ違ったし。俺とは思わなかったんだ。
「そうよ。黒にピンク髪なんてあなただけよ。相談……いえ、儲け話があるの」
「ほう。儲け話ですか」
ピンときた。これはNPC誘導のクエストだ。NPCの好感度が上がるにつれて、儲かる依頼も増える。ついでにゲーム内に友人(AI)が出来るという代物だ。
「私はカリン。『ルクス新報』って小さな新聞社の記者をやっているの! それでね、今、腕の良い『渡り人』さんに記事作りを手伝って貰いたいところなのよ!」
「記事作りですか。具体的にはどんな?」
カリンは懐から分厚いメモ帳を取り出した。付箋がそこらじゅうにはさまっていて、逆にわかりにくいんじゃないかというレベルのもの。
「この取材メモの気になるところに行ってきて欲しいの!」
【連続クエスト 『新米記者カリンのお手伝い』 が発生しました】
【このクエストでは依頼を達成すると『記事』を入手することができます】
【クエストを受注しますか?】
【YES/NO】
そういう趣向か。
『モリス・ルクス』に詳しくなれるし、経験値と報酬も入る。その上NPCともお知り合いに。一石三鳥のクエストだな。
俺は少し考えてから、【YES】のボタンに手を伸ばした。
「面白そうだ。俺はトミオ。宜しくな」
「やった! ついに助手が手に入ったわ! 仲良くしましょうね! あなたは報酬を、私は記事を!」
こうして、記事集めという名目の連続クエストが開始した。
数時間後、俺は後悔することになる。
第一のクエスト
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『水源調査』の記事依頼
推奨レベル:10
『モリス・ルクス』の水源の一つ、サンライト川。美しい水辺を形成する清廉な流れとして有名だったが、近年水量に変化が見られる。その原因を探ってほしい。
報酬:300EXP
500Gn
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いきなり沢登りをさせられた。森と山の間くらいでビーバーと遭遇。戦闘になった。その後のダム破壊で死にかけた。ビーバーがトラウマになりそうだ。水中に逃げるし……。
第二のクエスト
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『赤き卵の謎』の記事依頼
推奨レベル:12
真紅の殻を持つ卵がたまに市場に流通する。その謎を探るべく、『モリス・ルクス』北東にある名もなき岩山へ向かって欲しい。
報酬:500EXP
600Gn
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断崖絶壁だらけの山で、魔物の棲み家だった。三回、滑り落ちて落下ダメージで死んだ。自由落下はあらゆるゲームで猛威を振るっている。今回もそうだ。
登っていったら、真っ赤な羽毛を持つでかい雛のいる鳥の巣を発見。『デミ・フェニックス』とかいうレベル40の危険モンスターに遭遇。逃走ミッションが始まった。落ちたらやり直しの中、何とか隠れながらやり過ごした。クソゲーの四文字が喉元まで来た。
第三のクエスト
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『巨大羊の毛刈りショー取材』の記事依頼
推奨レベル:14
西部の農場に巨大な羊が名物になっている農場がある。
今の季節は彼らの毛刈りで大盛況だ。
地域の行事は是非とも記事にしたいので取材をお願いしたい。
報酬:500EXP
600Gn
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平和な話かと思ったら、西部にある平原の大農場ででかい羊を捕まえるための囮をさせられた。死ぬかと思った。大質量で押し潰されるのは怖いんだよ。
あと、その後毛を刈る作業がかなりの作業だった。作業ゲーしてる時って、心が無になるよね。
第四のクエスト
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『放棄された北側城壁外の廃村へ消えた影』の記事依頼
推奨レベル:16
『モリス・ルクス』の北側城壁の外にある廃村。
度重なるモンスターの襲撃で放棄された場所だが、最近不審な影が目撃された。
その正体を掴んできて欲しい。
報酬:980EXP
800Gn
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結構前に放棄されててほぼ更地だった。地下室の入口を見つけて中に入ると、モグラ型のアニーマ族が暮らしていた。食べ物を届けるお使いクエストが発生した。癒やしだった。
第五のクエスト
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『アニーマ族への物資補充』の記事依頼
推奨レベル:18
外壁外の村に住むアニーマ族の元廃村。
『モリス・ルクス』の役人達はここを復興させることを決定した。
現在、物資の補充と建築作業が進行中だ。
物資の運送がてら、現状調査をお願いしたい。
報酬:1250EXP
1000Gn
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連続お使いクエスト。廃村を復興させようとしているモグラ型アニーマ族に、物資を運びまくる話だった。他のプレイヤーも別の流れで同じ依頼を受けていて、緩やかな協力クエストになり楽しかった。……途中までは。
なんでいきなり『危険モンスター:ワイルド・ヌーの群れ』が発生するんだよ。そもそも、リアルでもヌーは基本ワイルドだろうが。
周りのプレイヤー及びNPCと協力して廃村の簡易要塞化と撃退で二時間かかった。
経験値とドロップアイテムはそこそこ美味しかったが……。
「つ、疲れた……。肉体的にではなく、精神的に」
自分でもわかるくらいふらふらとした足取りで『モリス・ルクス』の通りを歩く。VRゲームは肉体的疲労はないんだけど、心は疲れる。ぶっ続けで漫画を読んだ後、映画を三本連続で見た後みたいな疲れを感じる。なんか体力もしっかり削られてる気がするな。
俺にマスコミ仕事は無理だ。ハードすぎる。それを心の底から実感した数時間だった。カリンにクエストで貰った記事アイテムを納品したら終わりにしよう。シンプルに連続お使いクエストはキツイ。
そんな決意とともに『モリス・ルクス』の街角を歩く。
BWO内は時間の流れがしっかりあって時刻は夕方。ひと仕事終えたというにはちょうどいい時間帯ではある。内容はともかくな。
『ルクス新報』の建物は、中心から離れた寂れた通り沿いにある。元々は人通りがあったらしい所なんだけど、人口が減った結果こうなったという感じだ。
「…………」
木組みの建物には粗末ながらガラス窓があり、中が見える。本来、カーテンなりで閉じて中を見えなくしておくのだろう。今は、それがなかった。
ガラスの向こう、机に向かってカリンが真剣な顔をして記事を書いていた。紙上にペンを走らせる姿に優雅さはない。必死に、鬼気迫る様子で。脂汗すら浮かべて彼女は作業に没頭していた。
良いものを作り上げたい。そんな本心が伝わってくる光景だった。
「なるほどね……」
悪くない。「プレイヤーが頑張ってる間、NPCも頑張ってたんですよ」というわけだ。積み上げられた、ネタと思われるメモの量が彼女の努力を物語っている。
だが、それはそれ。これはこれだ。
俺はこの手の演出に対して割り切って考えられるタイプなのだった。いや、このまま深入りして連続お使いクエスト沼に引きずりこまれるのは勘弁ですわ。
「失礼します」
「あら、トミオ君。おかえりなさい。ちょうど休憩しようと思っていたところよ。コーヒー飲める?」
「いいですね。ブラックでお願いします」
VRゲームの味覚再現はそれほど真剣じゃない。頑張りすぎると法律にひっかかるんで、どこも控えめだ。なのでエスプレッソでもそのままいける。リアルな味に近づけてる飲食できない人向けの介護用のシステムなんかは別らしいけど。
少なくともBWOは「味付け薄め」で気分だけは楽しめるコーヒーだった。
明らかに俺の来訪に合わせて休憩を決めたカリンは、集中してる人特有のハイテンションで話しかけてくる。
「うーん! 君に声をかけて正解だったわ! 私が集めた分と組み合わせて発行に間に合いそう! まったく、編集長と来たら取材に行ったきりなんだから……」
編集長何してるんですか? という言葉を飲み込んだ。露骨なフラグだ。これを言ったらどこまで探索に行かされるかわかったもんじゃない。そもそも俺はちょっと街の空気を味わいつつクエストをこなしたかっただけなのだから。
「無事に仕事ができたみたいで良かったです。とりあえず、今回はこれで終わりってことに……」
「そうね。もの凄い無理させちゃってごめんなさい。でも、あと一つだけ興味深いことがあるの」
マジかよ。ここで更に食い下がってくるのかよ。
俺のそんな気持ちも無視して、カリンは言葉を続ける。
「近場のネタでね。北部の地域に住んでいるお婆さんの話を聞いてきてほしいの。なんでも、有名なシーフだった旦那さんの幽霊を調べて欲しいってことでね」
「シーフの旦那さんが幽霊?」
どうやら、このゲーム世界においてシーフは盗賊ではなく、シーフという職業の技能を持った人。程度の扱いみたいだな。日陰者みたいなガチ系よりも全然気楽でいい。
「そうよ。探索者組合に相談しようか悩んでたみたい。トミオ君の使ってる武器、鎖鎌って言ったかな。結構な使い手だったらしいよ。色々あって幽霊になっちゃったみたい」
幽霊については疑問の余地すらないわけか。確実に遭遇するな。銀製や魔法の武器じゃなきゃ攻撃が通らない、なんてことがなきゃいいが。
「鎖鎌の使い手ですか。それで、調べてどうするんです?」
「退治……いえ、安らかに眠らせてあげてほしいらしいの。もう、役目は果たしたから」
そう語るカリンの目は、少し寂しそうに見えた。多分、気の所為じゃないだろう。BWOのモデリングはとても良くできているから。
「わかりました。これで最後ですよ」
俺はこの依頼を受けた。多分これ、「シーフの鎖鎌使い」向けのクエストだ。断る理由がない。人情に流されたわけではないのだ。




