第2話:ログイン→キャラメイク
『ビヨンド・ワールド・オンライン』の発売が八月初頭だったのは幸いだった。大学生は長い夏休み中なのだから。
今、俺は下宿先のワンルームにいて、目の前にベッド。そして、手元には開封したての最新VRギア『ツクヨミ』がある。
最新といっても最高性能じゃない。学生が単発バイトを何度かして買える程度のものだ。それでも、五年前に親に買ってもらったものと比べれば性能は上がっている。
フルダイブ型VRが登場して十数年、世の中は変わった。
色々と社会問題を引き起こしつつも、制度を整えてフルダイブは世の中に普及した。メリットがあまりにも大きかったからだ。
VRオフィス、VRスクール。ゲーム以外での用途でフルダイブは大きく力を発揮した。
対面できない在宅ワークの問題点をフルダイブなら解決できる。通勤せずに、オフィスにログインして同僚と仕事をすればいい。学校も同じだ。病院や離島や山奥など、訳合って通学できない子供たちはVRスクールで学ぶことが出来る。
仮想空間内で作業をすれば、肉体的な疲労もない。懸念された脳への負担も検証を重ねる内に問題なさそうだと結論が出た。
今では都市部のオフィスが縮小したり、建築や製造など「VRで代替できない仕事」の価値が上がったりしているが……まあ、いろいろあって上手く回っているらしい。
大事なのはフルダイブ型VRが普及して、機材が安価に供給されていることだ。
おかげで俺は気兼ねなく『ビヨンド・ワールド・オンライン』にログインできる。
「さて……やってみますか」
ベッドに横になり、VRギアを被る。頭をすっぽり覆わない、軽く乗せるだけの柔らかい感触。長時間着用の負担も少ないよう、小型化軽量化されている。両目のところがモニターになっているのは、ダイブ前の操作のためだ。
ギアの横にあるボタンを押すとメーカーロゴが表示された。俺の脳波を読み取って、次々と画面が遷移していく。やがて『ビヨンド・ワールド・オンライン』のロゴが表示され、実行するかを聞いてくる。
ゲームは既に購入済みだ。あとはプレイ開始を頭の中で宣言するだけ。
【VRゲーム『ビヨンド・ワールド・オンライン』にログインします。目を閉じて、心を穏やかに保ってください】
それから、医療関係のアナウンスが頭の中を流れる。
(あの時は興奮しすぎて医療ログアウト寸前だったなぁ……)
五年前の苦い思い出を回顧しながら、俺は新しいゲームへとログインした。
まずはゲームを楽しもう。どうせゴシック体の使い手、『ゴシックP』とは自然とぶつかる。
楽しくなきゃゲームじゃない。
それが、『ゲヘナ・オンライン』で出会った仲間達から教わった、大切なことなのだから。
◯◯◯
【ようこそ、『ビヨンド・ワールド・オンライン』の世界へ】
【まずは、この世界での貴方の姿を決めましょう】
宇宙みたいな空間に浮かんでいるなと思ったら、そんなアナウンスが流れてきた。
目の前には知らない男が立っている。
多分、デフォルト設定の姿だな。性別もVRギアに入力したのを反映してるはずだ。
「えーと、うわ、結構項目あるな」
軽く手を振ると、大量のパラメーターを操作する画面が出てきた。
性別や種族も変更可能。キャラメイクの自由度が高いのは売りにはなるけど、大変なんだよな。
俺はあんまり自分のキャラの見た目にこだわらない方だ。大抵、後から変えることができるんで、まずはログインして遊ぶことを優先したい。
「とはいえデフォはあんまりだよな。……ランダムでいいか」
考えるのも面倒なので、ランダムボタンを押してみた。
一回目、金髪碧眼長身のイケメン。
これで自分が喋るのは気持ち悪いのでチェンジ。
ニ回目、愛嬌ある笑顔が可愛いショタ系獣人。
なんかトラブルを招き寄せる予感がするのでチェンジ。
三回目、筋肉ムキムキのマッチョマン。
嫌いじゃないけど、笑顔が怖いのでチェンジ。
四回目、黒髪に桜色のインナーカラーの入った短髪。種族は人間。顔はアジア系。顔つきはやや整っている。
服装はどのキャラでも同じ。茶色っぽい作業着だ。
「……これでいいか」
ぱっと見て「駄目だな」と思う要素がないのが良い。キャラメイクに時間をかけるのも何だしな。
こういうのは悩みだしたら大変だ。俺はキャラメイクだけを一週間続けていたゲーム仲間を知っている。
見た目の決定ボタンを押すと、アナウンスが流れる。
【最後に、貴方の名前を教えて下さい】
目の前にキーボードが現れる。音声入力も可能なようだ。
俺がゲームを遊ぶ時の名前はいつも決めている。
「じゃ、いつも通りに」
軽いタイプ感を味わいつつ入力を完了。
目の前のモデルが消えて、アナウンスが流れる。
【ようこそ、「トミオ」様】
【貴方は新天地スザンウロスへの探索者です】
【多くの冒険、多くの苦難、多くの喜びが貴方を待つでしょう】
目の前に、門が現れた。
レンガで作られた門だ。その向こう側には牧歌的なファンタジー世界らしい村が見える。
あれが『ビヨンド・ワールド・オンライン』の世界か。
悪くない演出だ。
そう思いながら、歩みだす。門の向こう側へと行くために。
【それでは、良き探索を】
門を抜ける瞬間、優しい声でアナウンスが送り出してくれた。