第19話:VRゲームに不可欠なもの
フルダイブ型VRゲームを楽しむために大事なことの一つ。
それが健康的な肉体と生活だ。当たり前だろうと思われるかもしれない。実はその当たり前が難しいのが現代。
VR空間は二倍時間。体感的に二分の一の長さになってしまうリアル時間は大切にしなければならない。また、フルダイブを十全に楽しむためにも肉体的な「健康」は重要だ。体調不良が検出されると強制ログアウトされるので。
大抵の人は、VR世界に横になってダイブする。VR空間で仕事をする人なんか、下手をすると睡眠に加えて一日の大半を寝て過ごすことになる。
当然、体は衰える。健康に良くない。ダイブ時間も減る。
なので、今の世の中は何かしら運動をしている人が多い。ジムに通ったり、ランニングしたり。よりよいVRライフを過ごすため、リアル時間も疎かにはできないのだ。
俺も一応、毎日の散歩を日課にしている。河川敷とか周辺とか、たまに遠出してみたりとか。気がつくと二時間以上歩いていることがある。VR空間での娯楽もよいけど、適度に体を動かすのもまた良いのは確かだ。
この日も、昼食ついでにしっかり散歩をしてアパートに戻ってきた。程よい疲れが心地よい。うっかりダイブ中に寝ないようにしないといけないな。一度、やらかしたことがある。
「……よし、行きますか」
VRギア『ツクヨミ』をつけて横になる。
いきなりBWOにログインしない。まずは情報収集からだ。
ギアの画面を操作して、ゲームでは無く、プライベートルームを選択。
【プライベートルームに移行します】
【心を落ち着けてお待ちください】
ギアのゴーグル部に表示される文字列を見ながら、俺は軽く深呼吸をした。
気がつくと、俺は白い部屋にいた。
アパートよりもちょっと広い。壁も天井も白い部屋だ。室内には何も無く、巨大な窓が一つだけ。
窓の外には雪を被った雄大な山嶺が写っている。あれはアルプスだろうか? 自動設定で世界中の適当な景色がうつるようになっているのでわからない。たまに宇宙になってて驚いたりする。
この何もない部屋が俺のプライベートルーム。VR空間における自室だ。ここから、VR世界の商業施設に出かけたり、ゲームを始めることもできる。
「さて、BWOの情報は、と」
軽く手を振って、複数のウインドウを表示。ブックマークしている情報サイトやSNS、データ収集AIによる要約などがそれぞれ並ぶ。
部屋が殺風景なのは、こうしてウインドウを展開しやすくするためだ。人が来る時はもうちょっとマシな内装にすることもある。ルームの扱いは人によって様々で、物凄く凝った部屋を作って有名になった人も居る。
「しばらくは『モリス・ルクス』でレベル上げだな」
現状のプレイヤーは『モリス・ルクス』周辺でストーリーを進めることになるようだ。色んな所で発生するクエストやダンジョンの報告で賑わっている。
やはり、一番気になるのは『ユニークスキル』の単語だ。どうもレベル20程で手に入るらしい。プレイスタイルに合わせて発現するそうだけど、何が出るやら……実に楽しみだ。
俺は情報収集時、ある程度ネタバレを許容するタイプである。雑多なクエストに関するアレコレを流し読みしていく。
「多いな…………」
クエスト情報が多すぎる。ゲーム内で暮らしているNPCが自動発生させているものもあるようで、お使いクエストが物凄い量になっているようだ。それでいて、お使いクエストがストーリーにそっと誘導する親切さもあるとかどうとか。
これは、調べるよりも体験した方が早いな。
ゲームの世界において、ままあることだ。
「一応、フィーカのも見ておくか……」
三下配信娘(高品質パンツ)として有名になりつつあるフィーカのSNSもチェックしておく。
「あいつ……」
どうやら、配信もBWOも順調なようだった。それでいて「レベルアップ! これでモザイクの人をまた一つ突き放しました!」「下剋上です!」などと、俺に対して謎の挑発をしている。
動画サイトにアップされた映像内での俺はモザイクと音声加工を全力で施された名状しがたいものだ。
それが何故か好評で「モザイクの人」と視聴者の評判になっている。
動画に書き込まれたコメントはこんな感じだ。
『モザイクの人、的確にツッコミしてくれるな』
『こういう人を待ってたんだよ。レギュラーになってくれ』
『ライブ配信しないフィーカ嬢にリアルタイムでツッコミを入れてくれる……俺達の代理人だ』
『頼むモザイクの人! 見てたらこのままレギュラー化してくれ! もう俺達のコメントじゃツッコミきれねぇんだ!』
『お前が最後の希望だ』
いつの間にか俺にとんでもない期待が寄せられていた。このままじゃ、過去最高に嫌な代表にされちまうよ。どうすればいいんだ……。
一瞬、カモグンさんの顔が浮かんだけれどすぐに打ち消した。あの人は割とツッコミ気質なんだけど、フィーカと相性が悪かった。なんてこった、絶望じゃないか。
「ま、そんなに頻繁に会うこともないだろ。こっちから連絡しなきゃ」
SNSを見る限り、三下娘は気ままなソロ活動が中心だ。ああ見えて常識はありそうだし、向こうから連日声をかけてくることもないだろう。
つまり、今は落ち着いてゲームを楽しめばいい。
楽しくなければゲームじゃない。インターネット老師達の言葉を思い出しながら、俺は精神を統一する。
「よし、行くか!」
情報ウインドウを全部閉じて、新たに小さな箱を召喚。
小さな箱の正体は、ゲームのパッケージだ。
表面には青白い光と魔法陣、『ビヨンド・ワールド・オンライン』のタイトル文字が描かれている。
まずは街を歩いてクエストを受注。しばらくレベル上げだ。ゴシックPがいる以上、レベルが高くて損することは絶対にない。
簡単な行動方針を定めてから、俺はパッケージに手を触れてBWOの世界に再び飛び込んだ。




