第16話:黄金の蝶
とりあえず、金色の蝶が飛んでいるところを片っ端から調べてみた。
しかしながら、なにもない。
これはどうしたことだろう。
エンカウントした雑魚を狩りつつ、全員で頭を抱えていると、また蝶が一匹飛んでくるのが見えた。
「……あの蝶、どこから来てるんでしょうね?」
「はっ! 森のどこかに巣があるのでは? ってことですね!?」
「見た感じ、数の大小は関係ないな。むしろ、こう……導線として考えてみるか」
マップを開いてカモグンさんが蝶の発見ポイントを見ながら指でなぞる。
「ちょいと西の方から流れて来てるのかな。そんな動きだ」
「……西側に注意しつつ見てみよう」
数分後、巧妙に隠された脇道を見つけた。あったのは蝶が一匹もいないところ。ほっそい獣道みたいのが下草に隠されていた。
「隠し通路発見! いやぁ、面白くなってきました! あたし、これ終わったら今日の動画編集します! チャンネル登録お願いします!」
「動画をアップするかはこの後の展開次第にした方がいいと思うが」
「失敗ならそれはそれでおいしいんですよ!」
「……縁起でもないこと言わないで」
「すみません、コサヤ様! へへー!」
「ここで土下座しようとすんな!」
音に反応するモンスターがいたら殺到しそうな賑やかさだ。一応、まだ序盤のクエストで、そういう敵がいないからの行動である。駄目な所だったらこんなに喋らないよ。フィーカ以外は。
そして見つけた。隠しボスを。
「……まさかそのまんま金色のでかい蝶がいるとは」
「人間の体に羽根が生えてるのは、色んなゲームで見かけるデザインだな」
「わかりやすく安直ですねぇ。きっと女王とかクイーンとかついてますよ」
「……ありそう。周りにいるのはお供かな?」
「その辺で見かけるやつより大きいな。モンスターとして設定されてるんだろう」
森の広場で佇む、金色の蝶羽根を持った女性型モンスター。わずかにホバリングしながら、周囲には金色の蝶を従えている。籠のように見える巣らしきものの中には、夥しい量の卵が見える。
「子供といるのが実行犯。こちらは犯行に使った道具ってことですかね」
「外に飛んでる金色の蝶も無害に見えて意味があるのかもしれんな。で、どうしようか?」
「このまま全員で倒しちゃいます? それから子供を助ける? ってとこですかね?」
「……単純過ぎる気がする」
コサヤさんの言う通りだ。このくらいの仕組みなら、他にクリアしてるプレイヤーがいてもおかしくない。
「もしかしたら、同時に倒す? とか?」
「あり得るな。情報だと、あのアルケミストは強くないらしい。不自然な設定かなとは思ったが……」
「そ、そんな仕込みありえるんですか? 普通にやってたら、順番に倒しちゃいますよ?」
「……だから普通にやってもクリア判定になる」
「隠された真エンドの条件ってことだな。俺の想像だけど」
「ふむ……パーティーを分けるとして、どうするか」
「……向こうは私一人でやる」
カモグンさんが「ふむ……」と言って少し考え込む。このクエストの情報はこの人が一番詳しい。
「コサヤさんなら大丈夫だろ。僕達三人でこいつを相手にできるのも助かる」
「ですね」
「い、いいんですか? コサヤ様が危険なのでは?」
「……大丈夫だよ」
「適正レベル以上だし、ソロ撃破の報告もある。プロゲーマーの報告でしたってオチでも無い限り、大丈夫だよ。仮に失敗しても再挑戦すればいい」
「うっかり、我々があの女王を倒してクエストを終えてしまったら?」
「……すごく、悔しい」
そう。悔しい。ゴシックPにしてやられたことになる。何としてもそれは避けたい。しかし、ここは戦力を二分割するしかない。子供と一緒にいるボスが弱くて単独撃破可能なら、確実にできそうなコサヤさんにお願いするのが一番いい。
「俺も賛成です。これでいきましょう」
「…………わかった。パーティーはこのままでいくよ」
「よろしく。じゃ、こっちの作戦だな。トミオが前、僕とフィーカが後ろ。それで頑張る。以上」
「それだけっ。それだけですか! 策士カモグンともあろうものが!」
「勝手に称号をつけない! いや、現状だと殴るくらいしかできないから、こんなもんじゃない?」
「向こうの出方もわかりませんしね。後は流れでいくしかないですね」
実は残った三人で一番ダメージを出せそうなのはフィーカだ。脆い代わりに強い。盾持ちのカモグンさんが護衛に入りつつ、前で俺が出来るだけボスを押し留める。うん。こんなもんしかないな。行き当たりばったりだ。
「取り巻きっぽい蝶はどうします?」
「HP次第だけど、邪魔だからフィーカさんと僕で落としてみるわ」
「じゃ、俺はボスに張り付きます」
「あたしは無心で石を投げればいいんですね! 得意です!」
「……じゃ、行ってくる」
話の推移を見守ってからコサヤさんが駆け出していった。あのまま向こうのボスに突っ込んでいくことだろう。
「では、こっちもいくとするかね」
視界からコサヤさんが消えたのを確認してから、それぞれ武器を構えて、ボスの待つフィールドへと足を踏み入れる。
◆WARNING!◆
【ボスモンスター出現!】金色のバイオ女王蝶 推奨レベル12 【危険度:☆】
◆WARNING!◆
「……名前ださっ」
「予想を下回って来ましたね。あたしもびっくりです」
「このネーミングセンス。間違いなくゴシックPだな」
俺、フィーカ、カモグンさん。三者三様の反応を示す。
同時にこれで確信した。
ゴシックPの欠点の一つ、ネーミングセンス。これは当時も話題になっており、申し訳ないが良くネタにしていた。たまにマトモな時は上司につけてもらっていたというパターンだ。インタビューでバラされていた記憶が懐かしい。
これはもう間違いないと言ってよいだろう。ちなみにゴシックPのもう一つの欠点はうっかりな所だ。フォント変えるの忘れてたりな。
「ヒャッハー! 先制攻撃だー!」
叫ぶなりフィーカが投石機をぶん回して射撃。プレイヤースキルか、ゲームの補正のおかげかわからないが、黄金蝶の一匹に直撃。あからさまに動きが悪くなった。
「取り巻きは脆そうだな。ボスに直行してくれ」
「了解!」
俺はその場を駆け出す。通りがかりに先ほどダメージの入った黄金蝶に一撃入れておく。あ、落ちた。本当に脆いな。
「キシャアアア!」
「見た目に反して叫びが怖い!」
バイオ女王蝶の眼の前にいったら威嚇されたので回り込む。素手のまま殴りかかってきた。危ないな。余裕で回避できる速度だったが。
「拘束できるか!?」
鎖分銅を投げてみる。バイオ女王蝶の周りで自動的にくるくる回ったら拘束する形になり、エフェクトが発生。
「って、一秒も保たないか!」
一瞬で解除して襲いかかってきた。そりゃそうだ。ボスだもんな。慌てて回避にかかる。その経路上に黄金蝶。殴って道を開けようとしたら、石が直撃してふらついた。
「どうですか、この見事な援護と威力!」
「そのままボスに集中してくれ!」
黄金蝶はカモグンさんがヘイトを稼いで壁になってくれていた。とても忙しそうだ。おかげでフィーカが落ち着いて投石できている。
「キエエェェ!」
「口から魔法出すのかよ! せめて触覚とかにしてくれ!」
見た目に反した攻撃方法はやめて頂きたい。
バイオ女王蝶の攻撃パターンは割と単調だった。素手による殴りと、たまに飛んでくる口から出す風魔法。それほど動きも早くないし、予備動作もある。それなりのVRゲー経験者なら「見てから避ける」で十分対応可能な範疇だ。
黄金蝶はたまに巣から孵って増援になるんだが、こちらはカモグンさん達が上手くやってくれる。俺の方にはたまにしかこないし、すぐにフィーカの石が飛んでくる。
ダメージ低めのクラスなため、地道な削りが続く。
三十回は殴った頃だろうか。そろそろ、終わりかなと思って来た頃、新しい攻撃パターンが出た。
「ル……ル……ル~~」
「? ……やべっ!」
いきなり綺麗な声で鼻歌を始めたと思ったら、背中の黄金羽が発光。明らかにヤバいと思った俺は距離を取る。ついでに急いで後ろ側に回り込む。
「るるるるるるるるるるるる!」
声に合わせるように、光り輝く羽から光弾が発射。速度は遅いが数が多い。ランダム軌道じゃないけど、なんか微妙に動いてる。
「いきなり弾幕ゲーになるんじゃないよ!」
光弾をすり抜けるように回避。なんとか隙間に体を滑り込ませる。VRMMOのアバターは弾幕シューティングの自機みたいな当たり判定はしてないので、さすがに少し被弾する。
「いててて! ……気持ち的に痛い!」
HPが二割ほど削れた。直撃だったらやられてたかもしれない。BWOはリアル系じゃないから助かった。軽い衝撃があった程度だ。
「トミオ平気だな! がんばれ!」
「頑張ってください! あ、援護はしますから!」
見れば向こうの黄金蝶も増えている。瀕死になって行動パターンが変わったな。追加増援と新しい攻撃か……。
「アルケミカル・ファイア・ウェポン!」
カモグンさんの声が聞こえた。フィーカの投石機が淡い赤い輝きに包まれている。
「対抗属性じゃなきゃダメージがちょっと増えるはずだ。頑張ってくれ!」
「うおおお! くらえ炎の投石ぃ!」
強化スキルの恩恵を受けて、フィーカが投石を連続する。ダメージが増えているのは確かで黄金蝶の数の減りが早い。
相手の弱点属性がわからないのに強化スキル。カモグンさんらしくない。賭けだ。向こうもちょっと危ないな。
バイオ女王蝶の相手をしながら、そんなことを考える。新しい攻撃パターン。光の羽根からの射撃はチャージが必要みたいだ。少しずつ、黄金の羽根の輝きが増していく。
思い切って近づきにくいな……。
「その光る羽根をやめろぉぉっ!」
叫びと共に飛来した赤い投石が、バイオ女王蝶の羽根に直撃した。
「ル……ルル……」
羽根の光量があからさまに落ちて、元気もなくなった。
「っ! そうか! なんで気づかなかったんだ!」
鎖分銅を投擲。バイオ女王蝶が一瞬だけ固まる。その時間を利用して踏み込み、鎖鎌を突き立てる。先ほどフィーカの投石が直撃した片羽根に。
「るううううううう!」
「こういう叫び声だけ悲壮感があるのね……」
悪趣味な設定だ。前から思っていたがゴシックPは性格が悪いに違いない。今、確信した。
「羽根を落とせば弱体化する! 援護を頼む!」
「おお! これはあたしのファインプレイですね! 動画で字幕を入れます!」
「急いでくれ……。結構やばい」
「ははっ。ただいま!」
種は割れたけど、カモグンさんにたかる黄金蝶の数が凄いことになっている。
俺とフィーカは慌てて羽根に連続攻撃。そのたびに、バイオ女王蝶が悲痛な叫びを上げる。
「よし! 羽根が落ちた!」
「後は本体のみ! 受けろカモグンさんの怒り!」
「本当に頼むぞ」
攻略法さえわかれば、なんとかなる。羽根をもがれたバイオ女王蝶はそのまま、俺とフィーカの集中攻撃によって撃破された。
ちなみにトドメはフィーカの投石でした。石は意外と強い。
「勝った……」
「ふはははは! どうですか! これこそフィーカちゃんと愉快な仲間達の力です! ボスなど恐れるに足りぬわ!」
「あー、死ぬかと思った……。で、誰が愉快だって」
「ひぇっ! ゆ、愉快なのはあたしだけで御座います! この度はカモグン様に護って頂いたおかげで無事でして。よっ、守護者っ!」
「ま、勝ったからいいよ」
また土下座を始めたフィーカを生ぬるい目で見ていると、アナウンスが入った。
『バイオ錬金術師 が撃破されました』
『黄金のバイオ女王蝶 が撃破されました』
【クエストの完全達成条件を満たしました】
【ボーナス経験値 500】
【ボーナスドロップ品:女王蝶の金色羽根を獲得】
【ボーナスドロップ品:錬金虫籠を獲得】
「おお! ボーナス! 良い響きです! 税金が引かれないのも最高です!」
「急に現実に戻る発言来たな」
「コサヤさん、ソロでボス討伐したんですね」
「さすがはコサヤ様!」
「……とりあえず合流しましょうか」
フィーカのテンションに付き合う元気はない。一度、町に戻ろう。
これでゴシックPのクエストはクリアということでいいのかな? 少し、今後の展開が気になるな。




