それでも、ずっと好きだよ
死別
ーーー貴方の温もりが好き。
彼女は、俺をぬいぐるみのように抱きしめながら、そう零した。
背中を軽くポンポンと撫でてやると、ぐりぐりと、顔を押付けてきた。
ーーー貴方の目が好き。
彼女は、俺の目を見ながら、うっそりと微笑みながら言った。
彼女に手を伸ばして、頬を撫でる。
彼女は、擽ったそうに、されど、愛おしそうに笑っていた。
ーーー貴方の手が好き。
彼女は、俺の手をぎゅっぎゅっと握りながら、独り言のように言った。
楽しそうに、俺の手に、自分の手を絡めて遊んでいる彼女に、なんともムズ痒い気持ちになった。
ーーー貴方の性格が好き。
俺が、友達に頼まれて教科書を貸していると、頬に手を付きながら、そう言ってきた。
俺は、軽く笑いながら、「俺も、君のそういうところが好きだよ」と返してやると、慌てて顔を逸らして、ちらちらとこちらを見ていて、やっぱり可愛かった。
ーーー貴方の気怠げそうな顔が好き。
そう言いながら、彼女はくふくふと、小さく笑っていて、なんとも愛くるしい。
「全部、好きなの?」
そんな問いかけをすると、彼女は少し驚いなような顔をして、そうして、頬を緩めながら言う。
「貴方の、一つ一つが、好きなんだよ」
全部とか、ひと塊で呼ばないで。
そう言って、彼女はやはり楽しそうに笑っていた。
ーーー貴方の考えている顔が好き。
二人だけで、図書館で勉強をしていると、目の前に座っていた彼女が、不意にそう零した。
「考えている顔?」
思わず、怪訝そうな顔をしてしまったのだろう、彼女は口元を手で隠しながら笑っていた。
「そう、考えている顔。真剣な、その顔が、かっこよくて好きだよ。」
恥ずかし気もなくそういうものだから、胸の辺が、擽ったくなった。
ーーー貴方が、こうして隣にいるのも、好きだよ。
俺の部屋で、二人でゲームをして遊んでいると、彼女はこちらを見ながら、幸せです、と言わんばかりに微笑んでいた。
俺はその顔に見惚れていて、気が付けば、ゲームで彼女に負けていた。
なんとも、悔しい。
ーーーたくさん食べている貴方が好き。
とある店舗で、ハンバーガーを食べていると、彼女がパンケーキを切りながら言ってきた。
そして、パンケーキを頬張ると、この世で一番幸せです、と言わんばかりに、ほっぺが落ちそうなほど幸せそうな顔をするものだから、少し笑ってしまった。
俺も、君のそういうところが可愛くて、好きだよ。
そんな簡単な言葉も、言えなかった。
ーーー私と一緒に、生きている貴方が好き。
ソファーで寝転がっていた俺の上に乗って、俺の胸辺りに耳を押し付けていた彼女が、安心したような顔で言った。
「生きている俺が好きなの?じゃあ、死んだ俺は?」
意地悪な質問をしてみた。彼女は、ぴたっと動きを止めると、顔を上げて、俺の方を見た。
そして、朗らかに笑いながら言う。
「冷たくなっていたら、悲しいよね」
答えになっていない回答を彼女はしたが、俺には何となく、理解できてしまった。
ーーー少し抜けているところも、すぐに自己嫌悪しちゃうところも、ちゃんと知ってるよ。
男だから、という理由で泣けずにいると、彼女がそう声をかけてきた。
何時もは可愛いなぁ、ぐらいで終わるのだが、今日だけは、凄くイライラしていて、感情がコントロールできなくて、酷い言葉を彼女に浴びせてしまった。
彼女は、今にも泣き出しそうな顔をして、走り去ってしまった。
俺は、せいせいした気持ちになって、彼女の影すら追いかけることをしなかった。
好きも、可愛いも、愛してるも。中々言えなかったことを後悔することになるとは、夢にも思わなかった。
―――――
彼女が死んだ。あの後、首を吊ったらしい。
俺のせいなのだろうか、俺が、あんなことを言わなれば彼女は、まだ生きていたのではないか。
そんな疑問が、脳裏を過ぎった。
俺のせいであって欲しい、なんて、烏滸がましい。
ああ、なんて罰当たりなことを思ったのだろうか。
ーーー好きだよ
君の声が、君の横顔が、君の瞳が、君の髪が、君の匂いが、健やかに遊ぶ影が。
君の言葉ひとつひとつを未だに鮮明に覚えてる。
一門一句忘れてやるものか。
ーーー可愛いね
俺に会う時、毎回前髪を整えているところとか、些細な変化に気付いてやると、嬉しそうに微笑むところも、密かに猫と戯れて遊んでいることも。
全部、可愛いよ。
ーーー愛してる
君の全てを。
筆舌に尽くしがたいんだ。
君の全部が好きで、愛おしくて。
ーーー今度は、ちゃんと言うからさ
好きも、愛してるも、可愛いも。
今度はちゃんと返すから。
今度は、ちゃんと守るから。
今度は、傷つけないからさ、
今度は、今度は。今度は……
ああ、大丈夫だ。
今日もちゃんと、彼女を愛している。
酷いこと、言ってごめん。
だからどうか、許さないでくれ。
ずっと、俺を恨んで、嫌って、呪ってくれ。
愛してる。
今日も、空は快晴だね。
ーーー君が居なくても、太陽はずっと昇って、俺以外の人を照らしている。