雨よ、止むな
ポツポツとした雨粒は、やがてザーザーと大きな音を立てて降り始めた。
「あ、雨だ」
他人事のような声が、口から出た。
折り畳み傘を学生鞄から探すが、残念なことに、忘れてしまったようだった。
「……」
濡れながら帰るのは、いやだ。少し面倒だけれど、学校に引き返す。
四階の階段を黙々と登る。若干の足の痛みを感じながら、軽く息が乱れた。運動不足である。
階段を上がってすぐ左の場所に、目的地はあった。
(あー、疲れた)
そう思いながら、ガラガラと音を立て、図書館の引き戸を上げた。
図書館は、放課後故なのだろう、酷くガランとしていて、少し寂しく感じられた。
私の足音と、雨が窓に当たる音しかなくて、それが何とも不気味で、気を紛らわせるために鼻歌を歌う。
リズムもない、行き当たりばったりな、即興で作った鼻歌を歌いながら、短い時間で読めそうな本を、私の背丈よりも大きな本棚から探す。
不意に、本を閉じる音が、すぐ近くからした。
私以外に人が居るとは思っておらず、びくぅっと情けなく肩を揺らしては、ちらちらと辺りを見渡した。
「気のせい……?」
「何が?」
突然背後から話し掛けられ、ホラーゲームに出てきそうな程、迫真の悲鳴を上げながら後ろに仰け反った。
軽く、背中から鳴っては行けない音がして、反射的に腰を手で支えた。
「ーー塩崎」
声の主___同じクラスメイトの塩崎を睨みつけるように見た。
塩崎は、やだやだ、と首を横に振りながら、手をクロスさせては、にやっと笑って。
「こわーい」
なんて言うものだから、突然興が冷めて、また手頃そうな本を探し始めた。
塩崎は、そんな私に驚いたような顔をして「え、無視?」「無視は酷いよね」「ちょっと、ねぇ聞いてる?」など、私の後ろをついて回りながら、構ってちゃんを発動していた。
「うざいよ」
「酷い」
不本意だがそろそろうざくなってきた為、反応してやれば、塩崎は「やっと反応してくれた」と言わんばかりにくすくすと笑う。
塩崎には、そういう所があるから、あまり憎めないのである。
「ねぇ、何してるの?」
「塩崎くんはさっきから何を見ていたの?」
「君」
平然とそう答えるものだから、こっちが何だか、ムズ痒いような、恥ずかしいような。そんな気持ちが湧き上がってきて、塩崎から顔を背けた。
塩崎は、やっぱり楽しそうに笑っていたので、きっとからかわれていたのだろう。
やっぱり、なんとも言えない気持ちになって。私の中に芽吹く気持ちを掻き消すために、本探しを再開する。
けれど、塩崎はまた私の後ろを歩き始めた。
「なんで本探してるの?」
「傘忘れたから…雨、止むまで暇を潰せそうな本探してたの」
「部活は?」
「今日はない」
「ふーん?」
そんなくだらない話をしていると、私でも読めそうな本が見つかり、手を伸ばした。
私が本を取ろうとする前に、なぜか塩崎に取られてしまった。
「……何するの」
「いやぁ?別に」
なんだか、先程よりも機嫌が悪そうな塩崎に首を傾げた。
(機嫌を損ねるようなこと、したっけ)
そんな事を思っていると、不意に塩崎が口を開く。
「別に、暇潰しなら本じゃなくてもいいだろ。俺が居るし」
「君、結構可愛いところあるな」
塩崎は案外、可愛らしい。
―――――
図書館の奥の方にある椅子に腰かけながら、二人だけの時を過ごす。
何だかんだで、他愛のない話をしてから(ちらちらと時計を確認しながら)約一時間ほどが経過した。
話題が尽きないどころか、塩崎の話す話はどれも面白い。
「ーー塩崎って、モテそうだよね」
だからこそ、そんな言葉が口から滑り落ちた。
塩崎は、一瞬動きを止めた後、笑いながら「ないない」と否定した。
「本当?何回告白された?」
「なんで告白された前提なのさ」
呆れたように肩を竦めた。
「ないよ、一度もね」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「信じられない」
「そんなに信用ないの?俺」
塩崎は肩を落としながら、うんうんと唸っていた。
まだまだ、雨は止みそうにない。
「雨、止まないね」
塩崎が口を開く。
「そうだね」
私は頷きながら言う。
微かな沈黙が、二人の間に流れる。
「ーーーねぇ、好きだよ」
不意に、塩崎が独り言のように言った。
私は、その独り言に返すつもりは無い。
独り言は独り言なので。
塩崎は、薄く笑って、目を伏せた。
だからきっと、雨が止めば、ただのクラスメイトに戻るのだろう。
誰も知らない、ちょっぴり特別な時間。
ほんの少しだけ、願ってしまうのだ。
_____(雨が止みませんね)
心にそう、ひとりごつ。
返事がなくて、ほっとした。