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空も、君も、いつも通り

失恋描写あり

実に、実に晴れた夏の日の出来事でした。

炎天下の中、汗を流しながら、自転車を漕いでいました。足が尋常じゃないほど痛かったのですが、それは、病気などではなく、ただの運動不足から来る痛みでした。。

ジリジリと私を焼く太陽のせいで、汗が止まらず、前髪が額に張り付き、その感触が何とも煩わしくて、今すぐにでも、前髪を横に流したいところだけれど、片手運転は危ない、と思い、ぐっと我慢しました。

汗が顎を伝ってスカートに落ちました。まるで、雨が降ったかのような跡が、数箇所出来ていることに、今初めて気が付いたのでした。暑い暑いと、先程の考えは何処へやら。バタバタと制服を手で掴んでは、風を仰ぎました。意味はあまり無いとはわかっているものの、気持ちの問題です。それに、「はしたない」だの、「女の子なんだから」など、口煩く言う親は、ここにはいないためでした。


気が遠くなるほど、長いと感じる帰り道を友達と並んで(しかしながら、彼女には常識というものがある為、殆ど一列であった)自転車を漕ぎます。


それから、少し急な下り坂に入りました。日がまだまだ沈まない為か、木陰が長いこと続いていました。

私たちは、ブレーキを欠けることなく、(微かなブレーキは、掛けていた)そのままの勢いで下り坂を下ります。

そ横断歩道が薄らと見えてきた時、ブレーキを掛け、丁度よい場所で自転車を一度止めました。そして、左右を確認しつつ、慎重に自転車を走らせながら、不意に思い出したかのように、道の脇で自転車を止め、彼女が来るのを少し待ちました。

漸く追いついた友達に、私は「遅いね」なんて笑いかけました。


友達は、少し不貞腐れていましたが、そんな彼女も可愛いと思ってしまった私は、きっと末期なのでしょう。


緩やかな坂道に入った時、不意に彼女が話し始めました。


「最近、まじで彼氏ができない〜!」


そんな言葉から始まったのは、いつもの雑談。

いつも、なんて言いつつ、内心では(久し振りだな)なんて、思っていた。というのも、最近は、(クラスが離れてしまったためか、会う機会が少なく、尚且つ、部活はある日が驚くほどないため)あまり話すことがなかったのです。

久し振りに帰る時間が同じだったため、成り行きで一緒に帰ることとなったのでした。


「そんな簡単に彼氏が出来たら、困るよ」


そんな返しをしたと思います。(と、言うのも、その時は、久し振りに一緒に帰れるということで、少し浮かれていたのです)

彼女は、私の返しにふはっと口を開けて笑い


「それはそうだけどさ〜」


と、言い訳がましい言葉を零しました。


「最近、好きな人がね〜」


むふむふと、何とも可愛らしい?笑い方をしながら、彼女は話を続けようとしましたが、私はそれを遮り、尋ねました。


「またネット?」


「あったり前でしょ!」


彼女は、何だかんだでネット恋愛しかできない人でした。

確か、一年ほど前も、ネットで彼氏?彼女?ができ、ぞっこんしていたのに、その彼氏と段々やり取りがなくなっていき、最終的には自然消滅していったのです。

よくあるらしいのだが、私にはネット恋愛がどうにも向いていなく、(大抵の人は、他の人に恋していたか、そもそも恋に発展しなかった)その感覚がよく分かりませんでした。

別れたと聞いた時、思わず彼女に「え、病まない?」なんて聞いた私は、デリカシーがありませんでした。(絶望的に気遣いができない、と言う方が正しいでしょう)彼女は、私の問いに苦笑を浮かべながら


「全盛期に突然連絡が途絶えたら一ヶ月以上は引き摺ると思うけど、今回みたいに、緩やかに連絡が途絶えていったから、あんまりダメージないんだよね」


と、言っていたことに、私は確かな薄ら寒さを覚えていました。


そういう経緯があったため、私は何とも言えない気持ちで、彼女の話を聞いていました。

彼女は、眉間に微かな皺を寄せていながら、声はその表情に似つかわしくないほど、明るく、それこそ、恋する乙女のような声色で、続きを話し始めました。


「好きな人にさ〜…好きな人が出来たんだよね」


「ややこしいな」


軽いツッコミを入れつつ、静かに耳を傾けます。

まるで、両手が自転車のハンドルで塞がっていなければ、両頬に頬を当てて、可愛子ぶっていたであろう、甘い声で言いいます。


「まぁ、その好きな人には好きバレしてるんだけどね」


「好きバレしてるのに、好きな人が出来たって言われたの?」


思わず、マスクをしていることに今初めて感謝をしました。きっと、今の私の顔は、彼女に見せるには、あまりにも不細工で、怒っているような、嫌悪しているような、そんな表情であったでしょうから。

彼女は、私の疑問に肯定しつつ、後ろなど、一度も見ずに先へ先へと、自転車を走らせていました。私は、彼女のその後ろ姿を見詰めながら、その距離の遠さに、溜息を零す他ありませんでした。


「それで、「気持ちの整理が追いつかないから、ブロックするわ〜、また機会があれば話そうね」って送ったらさ〜!」


「うんうん」


「「(彼女のネットでの名前だと思うのですが、あまり聞き取れなかった)ちゃんと話すの楽しいから、もう少し話そうよ」だって〜!この、誑しめー言うてな!」


仕方ないなぁ、なんて、全てを受けいれてしまいそうなほど、愛おしいと言わんばかりに、言うものですから、何も言えなくなってしまいました。

人はこれを、惚れた弱みというのでしょうが、私には一種の洗脳のように、思えて仕方がありませんでした。


「しかも、私の他のネッ友も、その人が好き言うてな〜」


なんて、続けるものですから、顔を引き攣らせながら、今すぐ耳を塞ぎたい衝動に駆られました。


「まじ、お互いに気まず〜笑、って言うてね!」


くすくすと、楽しそうに笑うものですから、私は頭を抱える他ありませんでした。

友人は、ネットに対する危機感が欠如していると、改めて実感しました。


「ほんと、病みそうだわ…メンヘラ?ヤンデレかも」


笑、が付きそうなほど、他人事のように言うものですから、私は、彼女には見えないでしょうが首を横に振り、


「ヤンデレでもメンヘラでもないでしょ。ただの病んでる人だよ」


そう辛うじて返すことが出来ました。

彼女は、やはり、他人事のように笑いながら


「外国人のASMRなかったら、とっくの昔に病んでるわ」


「外国人?」


「そうそう、今日ラインに送ったるわ!」


「絶対忘れてるでしょ」


「それはそう」


なんて、くだらない会話を交わすのでした。


私には、彼女のその感覚も、考えも、何も理解することができません。きっと、一緒にいる時間が長いだけで、彼女のことは、ネットで知り合った人の方がよく知っているのだろう、とさえ思ってしまいました。


彼女は、後ろを振り返ることなく、自転車を走らせていました。

私は、そんな彼女の後ろ姿を、何処か現実味のない気持ちで眺めながら、言うのです。


「私にしたら?」


しかし、その言葉は、声にはならずに、きっと虫にすら届かずに、霧のように消えていってしまったのでしょう。


「ねぇ、好きだよ」


その言葉は、風に攫われて彼女には届くことは、とうとうありませんでした。


彼女は笑って、無邪気に私に言うのです。


「別に私、どの性別の人とも付き合えるけどさ」


彼女が、私の方を見て、何も知らない顔で、ただ微笑みかけるのです。


日和(ひより)みたいな、近い?深い?人とは付き合えないかも」


「あまりにも、知り過ぎているっていうか…もっと、関わりというか、浅い関係性の人となら付き合えるんだけど…」


私は、まるで冷水を掛けられたように、すぅっと頭が冷えていくのを感じながら、笑いかけるのです。


「浅く広く、でしょ?」


「そうなんだよね〜!」


「浅かったのにどんどん深くなるんだよね」


「よく分かってるね」


私たちは、顔を見合せて、くすりと笑みを零しました。

何も知らない友人は、死ぬまで何も知らないまま、他の誰かと幸せになるのだろう。と、漠然と理解してしまったのでした。


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