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幸運の硬貨

作者: 雉白書屋

 自宅アパートに帰ってきた男は、おや? と思った。郵便受けの中を確かめたのだが、そこに見慣れない封筒があったのだ。それは宛名も差出人も書かれておらず、普通の形でもない、まるで招待状でも入っていそうな封筒だった。

 しかしまあ、ろくなものではないだろう。近所の住人からの苦情の手紙といったところか。

 そう思い、男はため息をついた。そして、郵便受けをチェックした時と同様に、金でも入っていないかなと少し期待しつつ封筒を開けた。


「と、おっと……」


 まさかだった。中にはお金が入っていた。といっても、硬貨が一枚だけだった。しかし、本当にお金が入っているとは思わず、意表を突かれた男は取り損ねた。硬貨はコロコロと部屋の中へ転がり込み、やがて床に落ちていたゴミにぶつかり、動きを止めた。

 男は今度は鼻から息を吐いた。たった一枚かよ。そう思い、視線を硬貨から外し、部屋全体を見渡して、その汚れ具合に落胆した。何でこんな人生になってしまったのか、と。だが……。

 

「ん? 幸運の……?」


 封筒の中には紙が一枚入っており、そこには【幸運の硬貨】とだけ書かれていた。

 確かにタダで貰えたんだ。少し嬉しいが、幸運とは大げさだな……。そう思い、男は鼻で笑ったが、床に置いた硬貨の前で胡坐をかき、うーん、と唸った。

 まあ、どうせ暇なんだ。使い道を真剣に考えても損はないだろう。仮に本物の幸運の硬貨だとして、それを知らずに自販機で飲み物を買うのに使い、当たりを引いてもう一本。それで終わり、回収不可。なんてオチになったら、また後悔に苛まれるだろう。そんなのはごめんだ。

 しかし、どうしたらいいだろうか。使わずに大金を得る方法はないか。使うなら何がいいか。宝くじなら最大限効力を発揮できるのでは……。適当に馬券を買うのも一つの方法かもしれない。……どうも他に思いつきそうもない。おれは頭が良くないし、考えるのも苦手なのだ……。もういいか、宝くじか馬券、でもどちらにしようか……ああ、そうだ。これで決めよ――


「あっ」


 硬貨を手に取った瞬間、男は閃いた。

 そうか、今しようとしたように表か裏。その二択で勝負が決まる賭け事ならずっと使えるのでは? いや、何も二択に限定しなくても『あの馬が勝つか? 表ならイエス。裏ならノー』など条件を付ければいいのだ。おれにしては冴えているじゃないか。

 そう考えた男は笑った。しかし、隣の部屋の住人がドン! と壁を叩くと、ため息に変わった。

 

 ――ああ、笑える。あるわけないじゃないか。そんなこと……。

 

 笑うのをやめた男は部屋を見渡した。汚く狭く、それに少し臭い。だが、それは自分がこの部屋と同化しているため僅かにしか嗅ぎとれていないだけで、たぶん、かなり臭い。実際、外に出れば、自分の近くにいる人にそんな顔をされることがよくある。

 男はこれが現実だと無言で突きつけられ、今度はため息すら出なかった。

 だが……。


 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――裏。

 ――表。

 ――裏。

 

 まさに人生がひっくり返った。男は競馬で連勝し、あっという間に財を築き上げた。

 むしろこんなにうまくいきすぎてどうしたものかと当人が戸惑うほどだった。アパートを引き払い、ひとまず優雅にホテル暮らしを始めた。窓辺に立ち、コインを弄ぶ。


「お前は本物だったんだな」


 ――表。


「おれは幸せ者だなぁ」


 ――表。


「次は何をすればいいかな。世界旅行とか」


 ――裏。


「まあ、凡人の発想だよな。それに、もう少し稼ぐ方がいいか」


 ――表。


「でも、あまり勝ちすぎると、それはそれで不安だな……。もう噂になっているかもしれない。そんな感じがする。悪い連中に目を付けられたりして……いや、そんなことないよな?」


 ――裏。


「あるか……ほとぼりが冷めるまで、しばらくの間は目立たないように暮らすか……。いや、いっそ国外、ラスベガスに行くとかどうだろう? 稼ぐぞ」 

 

 ――表。


「はははは! そうだよな! ははははは! 運が向いてきているんだ! いいね、いいね。たんまりと稼いで、豪邸を建てて、結婚してはははは! そして、またどんどん稼ぐぞ!」


 ――表。

 ――表。

 ――裏。

 ――表。







「これで四人目です。順調と言ってもいいでしょうか、大臣」


「ああ」


「いやはや、新貨幣のデザインに幸運の硬貨をそのまま採用して造幣するとは、思い切った考えですね」


「ああ、これまでのものとデザインが大きく変わったことで混乱を招いたが、狙い通り幸運の硬貨を複製することに成功した」


「国家の威信をかけましたからね。これで国民全員に幸運を……とはならないんですよね」


「ああ」


「まず、身寄りのない生活保護受給者に封筒で配布する。たんまりと稼いでもらい、死亡したら財産は相続人なしで国庫行き、と。でも流通し、他の普通の国民に渡ったものはどうなるんでしょうか」


「何も起きない。幸運の硬貨だと知らないんだ。他の硬貨と同様、普通に使うだろう。コイントスなど思いつかないさ。そもそも最初から彼らに幸運などもたらさないのだ」


「と、言いますと?」


「貨幣は、つまり幸運の硬貨の所有者はこの国そのものなのだから。貨幣損傷等取締法のことは当然知っているだろう。完全に自分のものだというのなら潰したり穴を開けたりして捕まる道理がないだろう」

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