武闘派体育祭 6
「さあ、体育祭もいよいよ佳境に入って参りました!第三種目、リレーであります!」
昼休憩を挟み、時刻は2時を過ぎた。
未だに太陽は照り続け、グラウンドは灼熱を放っている。
一時は大きな雲が通り過ぎたが、もはやこれから天気の崩れる様子はない。
第三種目・リレー。もはや説明するまでもない競技だ。走って継いで、それだけを繰り返して順位を競うシンプルな種目。それだけにこの競技のために熱を注ぐ人間は多い。
僕も鉄子の特訓に付き合わされて走らされた。鉄子もそのクラスと共に放課後のグラウンドを走り回っていた。虎美のクラスも死に物狂いでこの特訓をさせられていた。
現時点における一位は虎美の率いる3年2組、二位は鉄子ら1年2組、第一種目の時点から順位は覆らなかったが、ここが勝負所だ。
顔に汗が滴ってくる。暑さのせいか、それともここが決選所という緊張感か。
「もう既に、グラウンドのトラックに、各組の選手たちが位置についています!」
そこには、鉄子のクラスの山中とかいう少女が位置についていた。どうやら彼女が1年2組のトップバッターを飾るらしい。
同じくそのトラックには3年2組で見た顔がいる。2年5組の山守生徒会長もそこでクラウチングスタートの体制を取っていた。
「このピストルが発砲された時、それが開始の合図となります!各選手が神妙な表情で、その音を今か今かと待ちわびている様子であります!」
実況はここぞとばかりに、選手たちを煽っていく。会場の熱気もそれに呼応し、この暑い日中に相応しい歓声が上がっていた。
「姐さ~~~~ん!私の全速力、見ていてくださいね~~~~!」
選手たちが目の前の景色だけを見つめる中、そんな空気も構わずあの山中は鉄子に向かって手を振ってアピールしていた。鉄子はそんな山中に笑みを浮かべながら檄を飛ばす。微笑ましい光景だ。
そんな口径も束の間、カウントダウンの音が刻まれ始めていく。0のカウントを刻んだ時、審判のピストルによって選手たちは一斉に走り出していく。
3...2...1...
「パン!!!!!!!!」
ピストルの乾いた音が宙に鳴った時、選手たちの足が土を蹴り上げていった。
土を蹴って、土を踏み、また土を蹴って土を踏む。
トラックにいる選手たちは腕を前後に振って、足を回転させていく。
トップを独走しているのは3年2組の選手だ。虎美によって鍛えられたその脚力は、やはりどのクラスからも抜きんでている。
次いで速いのは2年5組の山守会長だ。この一週目で山守会長が出張ったのは、続く選手たちの士気を上げるためだろうか。
第3位にいたのはあの山中だ。鉄子によると、特訓では彼女の走りはあまり奮わなかったらしい。元々、運動神経の良い人間ではないのだという。だが、彼女は鉄子をこの体育祭で侠にするために弛まぬ特訓を続けてきた。その成果が今、僕の目前に現れている。
山中の表情は先ほどの微笑ましい光景で見せていた朗らかな顔とは違っていた。鬼の形相で、目をかっぴらきながら、歯を食いしばりながら、それでいて呼吸を続けながら、ただ貪欲に目の前に足を踏み出している。
その足の回転はトラックの中盤に差し掛かったところで遂に、山守会長を抜いた。
「1年2組、驚異の追い上げであります!なんとあの山守会長を抜きました!!」
遂に眼前に迫った第一位の3年2組。しかし、山中の死に物狂いの走りでもその選手に追いつく様子はない。虎美の仕上げた選手の脚力は、山中の走力では太刀打ちできない。
山中にも疲れが見えてきたようだ。安定した足取りだったものが、徐々にふらついた走りになり、足の回転も遅くなっていく。それが見える度に、山中はアクセルを全開に加速するが、その加速ももはや限界を迎えてくるだろう。
「おおっと!山守会長が再び2位に復権!!2位と3位で熾烈な競争を繰り広げるーーーっ!!」
その追い越しに山中の火は再点火されたようで、再び山中は地面を強く蹴り上げる。身体中の疲れを振り切るかのように、そんな疲れなど知らぬと振り切るように、再び山守会長を追い抜いた。
山中と山守会長、二人の争いは実況の餌となったようで、会場中が二人の走りに注目していく。ふと待機所を見ると鉄子は柵に身を乗り出して声援を飛ばしていた。いつも静かなあの鉄子があそこ迄入れ込むというのは物珍しい。羨んでしまいそうだ。
そして突入するは最後のコーナリング。だがそこで山中は痛恨のミスを犯してしまった。
疲れが祟ったのか、全速力によるものなのか、山中はバランスを崩してしまった。
躓いた足元が、山中のその身体を地面に打ち付けんとする。
「ショウちゃん!!!」
鉄子の声が山中に届く。その声と同時に山中は次の足を前に踏み出す。
倒れかかった身体をその足が支える。尚も倒れかかる身体をまた次の足が支える。
山中の身体はその強引なリカバリーに左右に振られる。倒れまいとするせいでスピードは落ち、再び山守会長に抜かされ、さらに4位の選手が背後に迫っていた。
再び山中の足は回転する。次の選手に右手のバトンを渡すために。それだけの為に、今にも崩れ落ちそうな足を回転させる。
3年2組の選手はもう既に次の選手にバトンを渡していた。山守会長も、次の選手にバトンを渡そうとしている。
山中の踏ん張りは2位には届かない。だが、この3位は死守せんと山中は踏ん張る。もはや後がないと訴えるかのような顔をしていた。
4位が背後に迫る。迫る。迫る。ついに一歩の距離。
「うらああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
山中の渾身の雄叫びに呼応し、その足は回転する。遂に3位の座を死守したまま、右手のバトンを次の選手に渡すことに成功した。しかし山中はそのままそのトラックに倒れ込んでしまって動かなかった。全速力の代償なのだろうか。
…
私たちの待機所にショウちゃんが運び出されてきた。
「ショウちゃん!!おい大丈夫か!!しっかりせぇ!!」
「すいません姐さん...。私...二位を...ウッ...」
ショウちゃんは枯れたような顔と声で応答する。顔は白く、視線はおぼつかない。全速力に酔ってしまったようで、今にも嘔吐しそうな顔だ。
「心配せんでええ!!今は島田が気張っとる、われはようがんばったで!!」
「...やった...姐さんに...褒めてもらっちゃいました......」
ショウちゃんはその言葉を最後にその目を閉じた。力が抜けたこのように首は倒れ、深い眠りについた。
「おいショウちゃん!!」
まさか死んだのではないか。そんな考えが頭に過ったがよく聞き耳を立てると、ショウちゃんの深く静かな寝息が聞こえてきた。疲れ切って眠ってしまったのだろう。杞憂も束の間に、胸の中で安心と共にショウちゃんのその頑張りを称えた。
「おうおどれら、ショウちゃんがこないに気張ったんや。この意志、無駄にしたらあかんで!」
「押忍!」
「このリレーで一位を獲る。おどれら、ここで死に華咲かせたれやぁ!!!!」
「押忍!!!!」
現在トラックを走る島田は2年5組の選手を追い抜き2位に復権した。その島田に続く若い衆も2位は譲らん、そして1位を奪い取らんと藻掻いて走るが1位には届かない。それどころか2年5組との攻防が続き、2位と3位の上下を繰り返す。
歯嚙みするような思いでトラックを見つめる。すると、3年2組のレーンにある選手を見た。
あれは、1周目で見たやつやないか。
このリレー種目。本来では同じ選手が二回レーンに立つことはないと聞く。いや30周の戦いであるが故に、1周に一人を割り当てるのが普通なはずだ。
ふと3年2組の待機所を見る。どこか人数が少ないような、閑散としているような、そんな様子に見えた。いや、それは気のせいではなかった。実際に人数が少ない。減っている。
「あれは...どないなっとるんや...」
その様子を直に見るために、私は3年2組の待機所に赴いた。その道中、ふとグラウンドの外れを見ると、3年2組の若い衆らがたむろしている。グラウンドを囲うフェンスの向こうにはその若い衆の歩く姿が見える。私にはそいつらがサボっている用にしか見えなかった。
遂に辿り着いた3年2組の待機所。大友虎美の縄張り。そこには大友と数人の若い衆しかいなかった。
「何の用だ、クソ博徒」
明らかに大友は苛立っていた。指は震え、いかにも周囲に殴りかかりそうな雰囲気を放っていた。
「これはどういうことでっか、大友はん?若い衆がおらんように見えるが...」
「おらんも何もねぇよ。うちには腑抜け共はいらねぇからな、そんなやつは破門にした」
「わしとの戦いは全力で挑む約束やったでしょうが?なんでそないなことを...」
「うるせぇぞクソガキが!テメェとの戦いに若い衆なんぞいらねぇんだよ!」
大友は突然声を荒げる。このことについて、これ以上探りを入れられたくないという意志の裏返しだ。一体、大友に何があったのだろうか。推察できなくはないが、それはあまりにも悲しい現実となるだろう。
「...安心しろ桜井。確かに今のあたしは満身創痍だ。だがだからこその死に物狂いで、テメェらを叩き潰してやる。あたしはこんなことではへこたれねぇんだよ」
明らかな強がり。だが極道は強がってなんぼの生き物だ。そうやって突っ張って生きるしか脳の無い修羅なのだ。私はその強がりを受け取ってその場を去った。
…
桜井鉄子に悟られてしまった。やつはあたしは同情しているのだろうか。屈辱だ。
若い衆も見ているというのに、あたしは何とも情けねぇ恥をさらしてらぁ。
「...おい、テメェらも降りたかったらここで降りろよ。このリレー、あたし一人でも何とかなるからよ」
羞恥心から出た言葉だが、半分は本気だ。もう若い衆はいらない。自分ひとりでも桜井鉄子と向かっていってやる。どうせ腹の中では面倒くさいと嘯いているんだろう。
「...そんなこと言わねぇでくださいよ姐さん。俺は姐さんになら、地獄の果てにまで付いてきまっせ!」
「......」
そんな言葉も今では薄っぺらい言葉にしか聞こえない。そんな世辞なんぞあたしにはいらねぇ。もうそんな世辞に踊らされてたまるか。
閑散とした待機所の虚しさが、胸の奥に突き刺さる。今、誰が走っているのか知ったことではない。もう誰かに任せるのも、誰かの指揮を執るのも飽いたところだった。
「次の周、あたしが出る」
「姐さんが...」
「テメェらは引っ込んどけよ、もうテメェらに出番はねぇんだ」
驚愕する若い衆を横目に、あたしは待機所を出てそのトラックに向かう。
現在、残り15周。フッ、余裕だな。それくらい走り切れねぇで、極道渡世を歩けるかよ。桜井鉄子に勝てるかよ。
「おおっと!!なんとこの15周目、ここで大友虎美の登場だ!!彼女は一体、どのような走りを見せるのか!!」
煩ぇ実況だ。あたしにとってそんなものはノイズでしかねぇ。あたしは勝ちに向かって走るだけ。それだけだ。
15周目のスタートラインに立つ。そこには3年1組の選手の広能もいた。
「虎美、こんな中盤で出てくるなんて珍しいな」
こいつの前には苛立ちは見せれない。だが同情もさせるわけにはいかない。
「ヘッ、ここから怒涛の全速力でテメェらを突き放してやるからよ、覚悟してろよ?」
背後からバトンを持って来る若い衆を神妙に待つ。おおよそあと五歩、四歩、三歩、二歩、一歩。
手のひらにバトンの感触が伝わると、そのバトンを握って引っこ抜く。
それと同時に、あたしの足は地面を蹴り上げ駆け出していた。




