武闘派体育祭 1
あれから一週間が過ぎ、5月に入った。
体育祭当日、そして鉄子と虎美の決戦の日だ。
神木鳴高校はいつもより活気に満ちている。
高校生活を謳歌する生徒も、それを漫然と送る生徒も、或いはそんなの知ったことかとそっぽ向く生徒も、今日という日には少し浮かれ気味だ。イベントというものは斯くも人の心を騒がせる。
しかし例外というものも存在する。僕だって去年までは体育祭なんて数あるサボり行事の一つだった。屋上、付近の公園、或いは家の中で優雅に過ごす一日だった。
だが、今日はそうという訳にもいかない。僕はこの決戦を見届けなくてはいかない。それが鉄子との約束であり、そして兄貴分としての役目だ。
心が落ち着かない。体育祭の雰囲気に当てられているのか、それとも悪い結果が起きるという虫の知らせだろうか。
「兄貴、会場はこっちだす」
僕は鉄子に連れられるまま校庭へ向かう。
体育祭は校庭で大体が完結する。だから今日は校舎の中へ入ることはほぼ無い。せいぜい怪我した生徒が保健室へ運ばれるくらいだ。
校舎に人がいない分、校庭への道のりは人でごった返していた。いつも見るよりも数倍、人が多く見える程だ。
校庭への道のりにあるのは人だけではない。所々には出店が並び、わたあめや甘い匂いや焼きそばやお好み焼きの香ばしい匂いを漂わせている。
中には、注目の生徒のグッズも販売する出店もあるようで、虎美や鉄子、その他学校の運動自慢の応援うちわも販売されている。
「鉄子...あれ許可取ってるのか...?」
「...?いや、そないな話は聞いてまへんな」
どうやら無許可らしい。如何なものかと思うが、鉄子に言わせれば名が売れるのだから良いだろうとのこと。そのことより僕の応援うちわが無いのはおかしいだろうとも零していた。
主導しているのは的屋部で、体育祭や文化祭、「祭」がつくイベントではいつもこうして露店を出店している。そいつらを率いているのは勿論 アイツだ。
「よぉ、桜井鉄子、広能の兄ちゃん」
辺りを見まわしながら歩いていると、そいつと出くわした。
「虎美...」
虎美の顔は放課後トレーニングで見たような鬼の形相ではなかった。いつもの、気の良さそうなすっきりとした面立ちだ。
いや、いつもとも違う。鉄子を前にしても、前ほど敵対心を露わにしているようにも見えない。真っ直ぐな瞳をしている。
「大友虎美はん、ご無沙汰しとります」
「そんな畏まるんじゃねぇよ、これから戦う相手だぜ?」
先週のゴタゴタでなにかあったのだろうか。今この二人の間に緊張感というものを感じられなかった。
「...指の方は大丈夫でっか」
「あぁこの通り、しっかり繋げてもらったよ」
虎美がそういってかざした手には、飛ばしたはずの小指が戻り、傷跡は残っていたがしっかりと再接着されていた。
「保健室のセンセーってのは腕がいいな。もう十分に動かせらぁ」
「そいつは何よりです」
まるでこの後、互いの進退をかけた戦いが始まるとは思えない空気だ。ここで負けたらこの町から出ていく約束だというのに。
「もう、指を詰めたからって言い訳はできねぇな...。する気もねぇけどな。これでもうフェアってわけだ」
途端に虎美の目つきは鋭いものへと変わる。その変化を見て、鉄子の目も尖る。解けていた緊張が電撃のように走るようだった
「もとより手加減する気はあらんですよ...全身全霊で行かせてもらいます...」
「あぁ...全身全霊、正々堂々とやろうじゃねぇか。負けても恨みっこはナシだぜ」
二人の緊張が解けて、勝負後も穏便に済みそうだと思ったが、やっぱり二人はそういう性分じゃないらしい。やっぱり二人とも修羅の血が入っているのか。
しかし、間に立っている僕としては居心地の良いものではない。緊張を解くように僕は話を振った。
「...ところで、ここらの出店って全部虎美が仕切ってるのか?」
「ご明察だ兄ちゃん、たこ焼き一つおごってやらぁ」
虎美の懐からつまようじに刺さったたこ焼き一玉を差し出された。別にいらない。
「ここいらの出店はあたしら的屋部が仕切ってんだ。体育祭とはいえ祭りは「祭り」。人を楽しませ、祭りを盛り上げんのが神農の役目ってもんだぜ」
虎美は的屋一家の子だ。その自らの役目を語る時の虎美の目は、その存在を誇るように輝いている。
「最後の特訓とかしなくていいのか?」
「...たしかに勝負に手を抜く気はねぇが、そればっかりにかまけてテメェの役目忘れちまったらいけねぇよ。恥ずかして親父の前に顔はだせねぇな」
やはり今の虎美はなにか吹っ切れたような雰囲気だった。
「さっさっ、行った行った。兄ちゃんも桜井も、こんなところで油売ってる暇はねぇだろ」
虎美に手を振り、僕たちはその場を後にする。そしてそのまま道を進み、校庭、すなわち体育祭特設会場に入った。
…
兄貴とは、会場に入った所で別れ、私たちは組毎のブロックで待機することになる。私は一年二組のブロックだ。
「姐さん!おはようございます!」
ブロックに入って早々、山中から挨拶をかけられる。それに伴って、周囲の組の人間からも一斉に挨拶をかけられる。
その中にはこの前リンチされた西条や島田ら三人衆もいる。十分に回復したようでその目はやる気に満ちている。
「おはよう、皆」
ここからが本番だ。ここまで積み上げた練習量、特訓の成果を体育祭で見せつける。最後の発破をかけて気合いを入れなおそう。
「今日までわしの我儘に付き合うてもろうて感謝しとる。おおきにや皆」
私の目を見て、和気あいあいとしていた組の雰囲気も引き締まるように静まる。皆が私の言葉に耳を傾けるようだった。
「こないだの一件から、いやこれまでからも、言いたいことや腹に一物抱えとる人間もおるやろう」
この間の一件、この組と虎美の組とのいざこざ。
手打ちになった後も、それに納得していない人間もいた。一時は結束力も弱まった。
全て私の責任だ。だから私がこの組を引っ張り、ぶつけるべきものを示してやろう。
「わしらが目指すもんは優勝や。積み上げたもんは裏切らん。これまでのこと、全て優勝にぶつけてやれ。」
「「「「押忍!」」」」
…
「これより、令和X年度、第八九三回神木鳴高校体育祭の開催を宣言いたします!」
校舎を背中にステージに登った生徒の、熱気が迸るような声が響き渡る。マイクを使っているというだけではない。その生徒の腹の底から雷を起こすような声がここにいる全校生の魂を響かせ、情熱に火をつけていく。それだけの雄々しさを持った声だった。
「この度、司会進行の大役を賜り、務めさせていただきますは、神木鳴高校 八九三代目生徒会 副会長を務めます服部武乃と申します!!何分、渡世の若輩者ゆえ、手違い、失礼、至らぬ点多々あると存じますが、何卒、ご容赦の程、お願いします!」
そのような雄々しい声を発していながら、当の登壇している生徒はこれといった特徴のない女子生徒だ。強いて外見的特徴を言うならば、メガネをかけていかにもインテリの雰囲気がある、生徒会のステレオタイプのような女子であるということぐらいだ。そんな生徒からあの雄々しく猛々しい声で開会の挨拶を行うものだから、朝の眠気すらも吹っ飛んでいく。
「開催に先立ちまして、生徒会会長 山守義辰 殿の先導を以て、綱領宣言を行います!ご一統様、ご唱和ください!」
その言葉と同時に、山守義辰 生徒会会長がそのステージに登壇する。生徒会の会長といえば、この学校に在籍する生徒を統べる首領であり、頂点の存在だ。僕よりも学年は下だが、雲の上の存在と言っても過言ではない。彼の一言一言がこの学校を動かすほどの力を持ち、生徒の進退を決める力を持つ。彼に忠誠を誓おうとする者も少なくない。
「綱領!神木鳴高校は任侠道を尊び、弱きを助け強きを挫く精神を育み、仁義とは何たるかを修め、左の条項を以て、大日本国の興隆に貢献せんことを期す!一、生徒は...」
神木鳴高校の綱領は六つある。要約すれば、人の道に背くことをしないこと、恥や後悔のない生活を送ること、正々堂々とすること、等々、校風に反して綱領はいたって普通である。綱領は生徒手帳にも記されており、周囲の生徒は手帳を開きながら唱和している。生徒会の人間に至っては暗記でもしているかのように、太陽と睨めっこするような真っ直ぐな顔で先導している。しかし僕は生徒手帳を忘れたので、言っているフリをするように口を動かすだけだ。僕のように怠惰な生徒は同じことをしているだろう。
「...以上、神木鳴高校!」
この綱領から体育祭は始まるのだ。この後、生徒会会長から学校長への挨拶、他校や自治体からの来賓による挨拶、指針発表、等々を経た。吹き飛んだ眠気が帰ってくるような事の連続だったが、先の副会長がステージに戻るとまたもや会場に緊張感が走る。
「これにて、令和X年度、第八九三回神木鳴高校体育祭 開会式を終わります!」
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