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抗争(後編)

そう心に決めた翌日だった。


「おい、岩見ッ!大丈夫かッ!?」


 私が朝、組に到着すると、傷だらけの岩見がいた。

 節々に打撲痕、所々に擦り傷があった。明らかに人によって加えられた傷だ。

 組はいつにも増して騒然としている。

 いつもの愉快としたものではない。緊張感に溢れたものだ。


「こりゃ誰の仕業や!?」


「...大友...ん所の...三年...です......」


 昨日の報復か...。

 あの外道どもめ、狙うなら私を狙えばいいものを...。


「大変ですよ!島田と水上がもうそこに向かって言っています!」

 

 島田と水上。岩見とよくつるんでいたやつらだ。

 このままでは話が拗れる。それだけではない、あいつらも無事では済まない。


「山中はここで待っとけ!わしがどうにかしたる!」


 廊下を走ってはならない、そんな校則も忘れて私は大友虎美の組へ向かう。

 人混みが邪魔だった。階段さえもうっとおしい。

 そしてようやくたどり着いた、大友虎美の組、三年三組。その扉は開いていた。


「...桜井鉄子、テメェ、こいつぁどういうことだ?」


 そこには大友虎美が立っていた。右手には竹刀。

 後ろには痛めつけられたであろう島田と水上が、昨日の三年生たちに囲まれて倒れていた。


「こいつら、アタシの組のモンに喧嘩吹っ掛けてきて殴りかかってきたんだとよ。テメェの組のモンだろ、どういう了見だァ?」


 私の度量を試しているのだろうか、大友虎美は捲し立てる。

 だから、意にも返さぬ素振りで教室に入る。


「わしは喧嘩をしに来たわけやありまへんよ。道具は捨ててくれまへんか?」


 そうは言うが、今の私の目は鋭く尖り、まるで凶器のようになっているのだろう。そう思うくらいに、殺意が満ちているのを感じている。

 しかし、大友虎美は手に持った竹刀を床に捨てた。虎美も喧嘩をする気は無いようだった。


「確かにアタシはテメェのような博徒は嫌いだ。だが勝負は勝負や。正々堂々と挑む気でいたぜ?」


「...何が言いたいんでっか?」


「とぼけてんじゃねぇぞ!こいつらはテメェの指金だろうが。こっちの戦力削ごうっちゅう絵図だろ?アタシらに勝てねぇからって、汚ぇ真似しくさりやがって」


 大友虎美の目には何が見えているだろうか。その眼光からは義憤だけではない。恨み、憎しみ、軽蔑、あらゆる負の感情が入り混じっているようだった。

 今の虎美に弁明しても、非を突いても聞いてくれないだろう。言っても拗れるだけだ。


「...わしにそないな魂胆はありまへんよ。ですが、あの二人のことは謝らなあきまへんな」


 兄貴はこういう時、揉め事を恐れて謝っていた。理解はしていたが、身をもってそれを知ることになるとは思わなかった。

 今の私も、話が拗れて収拾がつかなくなるのを恐れてケジメをつけようとしている。私は虎美と正々堂々とした勝負を約束したからだ。ここで拗らせてはそれもできない。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、ここで手打ちにする。


 周囲からヤジが飛ぶ。罵声も響いていた。

 私を悪者に仕立て上げるようにな、いわれのないような言葉も耳に入る。

 その中で私は立ち上がる。右手は小指を立てながら拳を握る。

 私はその小指を口に運んだ。


「...なっ...!?」


 この小指を嚙み切ってやる!それがケジメだ。

 指を詰めるという行為には、ケジメ以外の意味も含められている。

 己の覚悟を問うか、或いは超えられない一線を見せるか。

 これ以上、私に、私の組に踏み込んでくるようならばタダでは済まさない。その一線を見せつける。

 歯が肉を断ち、骨にまで達した時、


「やめてください!姐さん!」


 後ろから山中が私に掴みかかってきた。指は噛み切れず、口から手が離れる。

 待ってろと言ったはずだが、ついてきたようだ。


「邪魔すな山中!ここでケジメをとらな、われにも被害が行くんやぞ!」


「この件で姐さんがケジメつける謂れはないじゃないですか!やめてくださいよ!」


 周囲のヤジが一層増していく。

 ケジメもつけれないのか、やっぱり喧嘩を売りに来たのか、こっちも戦争じゃ、と

 だがその中に混じり、虎美の後ろの島田や水上も起き上がってきた。


「ショウちゃんのいう通りじゃ!元はと言えばお前らが岩見をリンチしたからじゃねぇか!」


「その岩見の前にも、うちのモンを随分可愛がっていたそうじゃねぇか!」


 島田と水上の訴えを塞ぐように、周囲の三年生が二人に蹴りを浴びせていた。

 組の喧騒は時がたつごとに大きくなっていき、周囲には他の組の人間も集ってくる。


「うるせぇぞテメェら!ぶち殺すぞ!」


 その喧騒も、虎美の一声で一気に静まった。これが虎美のカリスマ性というやつだろうか。


「こっちはテメェんとこのモンがうちのモンに喧嘩売ってきた、って聞いてんだ。仲間を信じねぇやつがどこにいる?」


 静まると同時に緊張感が広がっていく。しかしその緊張感の中から、一人の男が現れた。


「僕の言葉なら信じるか、虎美?」


「...テメェは...」


「...兄貴......!」


 そこにいたのは広能昌輝。私の兄貴だ。

 周囲に集まった野次馬の中から、兄貴は現れた。


「...なんのつもりだい兄ちゃん?」


「僕が証人になる。この抗争、はじめたのは虎美のクラスの人間だよ」


 今までの兄貴なら、このような場面に顔を出さなかっただろう。このような場面から逃げていただろう。

 兄貴を守るのは私の役目だが、しかし今度は私が兄貴に世話になってしまったようだ。申し訳ない気持ちもあるが、何か嬉しいような感動も覚えていた。何なのだろうか、この気持ちは。


「親友の言葉なら、信じてくれるかい?」


 兄貴はそのまま、昨日見たそのいきさつを話した。

 途中、例の三年生からのヤジも飛んだが、飛ぶたびに虎美の竹刀が降り降ろされていた。


「...桜井鉄子...。よくもやってくれたじゃねぇか...」


「虎美はん......」


「何もいわねぇで背負いこみやがって。あのまま何も知らねぇケジメをつけさせていたら、まるでこっちが卑怯者だ」


 虎美にも素直なところはあるようだ。先ほどの気迫はどこへやら、どこかしゅんとした面持ちをしている。


「おい、道具もってこい」


 虎美がそう言って、組の人間に持ってこさせたのはドスだった。

 周りは騒然したが、私は驚かなかった。今の虎美に敵意は無い。

 そして虎美はそのドスを小指の前に立てる。


「こいつぁ詫びだ。勘違いすんなよ、テメェとの勝負を諦めたわけじゃねぇからな」


 虎美はそのドスで指を詰めた

 指を詰める痛みというのは相当のものだ。

 あの虎美からも、苦悶の声が漏れ、目には涙が見える。


「こないなことして、勝負に支障がでたらどうするんでっか?」


「...くっ...へっ、言い訳には...しねぇぜ...」


「気持ちは受け取りまっせ。ですがその指は今すぐ保健室に行って治してくだせえ。勝負するならお互い五体満足で勝負せな」


「...いけすかねぇな」


 虎美はそのまま保健室に向かっていった。その後も島田も水上も同じく保健室へ向かった。

 後に残ったのは私と兄貴、山中だけだ。


「姐さん、私、まだ納得してませんからね。本当なら、ここのクラス潰すくらいしなきゃ」


「調子の良いこと言うんやないぞ」


 しかし、事は組のモンにも知れ渡っている。被害も見たものより、多いだろう。納得しないモンもいる。


「山中よ、あいつらが許せへんのやったら、体育祭で打ち負かしたらええんや。ここで一致団結してここの全員に恥かかせたろう。そう組のモンにも伝えといてくれ」



 放課後だ。

 あたしは腹が立っていた。

 あたしの知らないところで、組のくそったれどもがとち狂いやがった。

 おかげあたしは、あの鉄子に恥をさらしてしまったじゃねぇか。指も詰める羽目になった。

 

「このボケが!テメェの勝手な考えで飛びやがって!ぶち殺されてぇか!?」


「許してくだせぇ大友の姐御ォ...、俺は組のためを思って...俺は今のうちに桜井のクラスを弱らせてやろうとしただけなんす...」


 ふざけたことを抜かしている。聞いているだけで苛立ってくるようだ。


「テメェよ...この前の放課後の練習に来てなかったよなぁ。何が組のためなんだァ?」


 こいつの言っていることは詭弁だ。真相は、ただの鬱憤晴らしに一年を苛めていただけだろう。

 こいつだけじゃねぇ、他のモンも何か言いてぇことがあるらしい。

 こそこそと陰口を叩いているのが聞こえてきている。


「テメェら!アタシらが目指すのは優勝だけだぞ!他のモンに目移りしてねぇだろうな!」


 周囲に発破を入れると一気に静まる。

 言いたいことがあるなら、言えばいい。こんな発破に怯えるな。

 あの桜井鉄子なら、アタシ相手にも反論をかます。反論をする気がないなら、潔く何も言わない。


「クソったれどもが...!」


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