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優勝を獲る

「おや姐さん、何か困りごとみたいですね?」


 朝のアレコレで忘れていたが、私には大きな懸念事があった。

 五月の体育祭。大友虎美と雌雄を決する勝負。

 負ければ私はここを所払いだ。なによりも兄貴の面子にかけて負けは許されない。

 先ずはどうすればいいか、そう悩んでいたところに山中が声をかけてきた。


「...五月の体育祭のことや」


「そういえばそんな時期ですね」


「...わしはそこで、優勝を狙っとる、いや獲らなあかん」


 そう、獲らなければならない。

 その意志の固さは山中にも伝わったようだった。

 だからなのか、”優勝”という言葉を聞いて山中の顔が少し俯いたのが分かった。

 だが山中はすぐにその顔を上げて、微笑んだ顔で言った。


「優勝...姐さんならできますよ!優勝!私たちも協力しますから!」


 その顔はいつもとは違う、作ったような微笑みだ。

 自分で言うのもなんだが、私はこの山中を初めとしてクラスの多くから慕われているらしい。それも、私が兄貴に対する想いとも負けず劣らずのようだ。

 そんな人の決意を削ぐような言葉は吐けない、と思っているのだろう。だがしかし、私の決意の固さを舐めてもらっては困る。


「煽てるんでない。それがどない難しいことかはわしも分かってる心算や」


 その言葉で気兼ねする必要も無いと思ったのか、山中の微笑みは消えて、神妙な表情へと変わった。


「...まぁ確かに体育祭で優勝となると、並大抵のことではないですからね」


「確かに、わしらはまだ新参者やしな」


「それに、あの無敗の大友虎美がいます。大友先輩の率いた組は体育祭で圧倒的な勝利を収めてきました...」


「...」


「体育祭向ける並々ならぬ情熱と練習量、そして統率力。私たち一年生には無いものをたくさん持ってますよ...」


「...ほうか...」


 どうやら大友虎美という女は想像以上に傑物らしい。

 聞けば聞くほどに、優勝というものが遠のいていくようだ。


「でも私、姐さんとならば勝てるんじゃないかとも思っているんです」


「...ほう、それはどないな考えでや?」


 意外な言葉だった。考え込んでいた頭を上げて、山中に寄りかかって、飛びつくように聞いた。


「...体育祭で何よりも重要なのは団結力なんです!私、姐さんならばこのクラスを纏めて、一枚岩で向かっていける思うとるんです!それならば勝機はあります!」

 

 今までの神妙な顔から、雲が晴れたような顔で主張する。

 私に期待を持っているかのように確信めいた主張だった。

 要は私のリーダーシップが試されているのだ。


「そう上手くいくかな?桜井さん」


 すると話を聞いていたのか、一人の男が割り込んでくる。

 私と学級委員長の座を争った、西条という男だった。この男にもなかなかの支持があった。


「どういうこと?」


 反応をしたのは山中だった。

 どうやら山中は前からこの西条という男を良く思っていない。

 西条もそれを承知しているからか、何かと突っかかる二人だった。


「確かに桜井さんがこの組の学級委員長となったのは組の半数の支持を持ってのことだ」


 言葉遣いは丁寧だ。しかし腹に一物を持っている。

 何かこちらに敵意を持っている。そんな話し方をしている。


「だが、その中はただ厄介事を押し付けただけ、という人間もいるのだよ」


「ちょっとなんなの!?いきなり現れて...」

 

「まぁ、待てや。山中」


 西条の意味深な物言いに興奮した山中を宥める。

 物事を荒立てたくはないし、西条の言い分にも興味はある。


「特に、体育祭なんか興味ない、という人間もいる。その山中の言っていることは当てにはならないよ」


「あんたは協力する気が無いって訳?」


 山中の問いかけに、西条はフッと答えるだけだった。

 明確な答えではないが、問いかけ通りのことだろう。

 一筋縄ではいかない、という訳だ。



 三時間目は体育の時間だ。

 この頃になると、体育祭に向けた練習を行うことも多い。

 体育祭での主な種目はリレーと騎馬戦。今日は特にリレーの基礎練習として、長距離の走り込みが行われた。

 場所は校庭のトラック。そこを7周し、そのタイムを競う形で練習は行われていた。


「そこ!体制崩れとるぞ、バテてんじゃねぇ!そんなんじゃ体育祭で笑われるぞ!」


 指揮を執っているのは組の運動自慢である岩見だ。

 こいつも体育祭で優勝を狙っており、そこにかける情熱には目を見張るものがある。

 しかし、運動音痴な人間に当たりが強いのがやや残念なところだ。


「お、さすが姐さん!一番乗りです!」


 そしてこの男も、私を支持する一人だ。

 私にとってはこの程度のこと、褒められる程の事でもない。

 息も上がっていないし、まだまだ走れる。

 だが他の人間にとってはそんな簡単なものでもない。

 体育祭に挑むうえで岩見の情熱は頼もしいものがあるが、しかし注意も払わなければならない。


「おい、岩見。運動できんやつをあんまりいじめるんでない」


 岩見を窘めた心算だったが、どうやら何か言い分があるような顔をしていた。


「お言葉ですが姐さん、クラスを一枚岩にするには、ムチもいるんですよ」


「...」


「姐さんはお優しいお方です。ですがそれだけではいけんのです。ムチも与えてやらないと、クラスは団結しまへん」


 確かに組織運営というのはそういうものだ。

 極道のカリスマとはアメとムチによって出来上がるものだ。

 だからその言い分は分かる。しかし、それをここで通したくはない。


「わしは弱いもんにムチを打ってまで勝ちたくはあらへん。せやから、無理だけはさすなよ」


「...すんません!出過ぎたことを言いました」


 弱いものいじめは許されないことだ。

 強きをくじき弱きを助ける、それが親父から教わった博徒の掟だ。

 それを破ることは敗北するよりも恥である。


「...ハァ...ハァ...、どうしましたか...?姐さん」


 遅れながら山中もやってきた。

 山中のタイムは組の中では下から数えた方が早い。

 朝はあんなことを言っていたが、運動のできない人間の筆頭なのかもしれない。


「いや、なんでもあらへんよ。お疲れさま」


 最後尾の人間がゴールしたあたりで、三時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 体育の授業はそのまま終わり、次の授業への準備に向かう。

 体操着から着替えるために山中と共に更衣室へ向かう。その道中だった。

 誰かが話しているのが聞こえた。


「あーきっつ。やっぱ体育ってクソだわ」


「今度の体育祭どうするよ?サボっちゃうか?」


「賛成。あ、でもあの桜井さんは優勝狙ってるらしいぞ」


「無理だろ。どうせ優勝は大友先輩の組だろ」


「っつか、体育祭で優勝なんてくだらねー。今時それに狙うやつなんていないだろ」


 体育祭での優勝、それは大多数の人間には興味のないことのようだ。

 大友虎美という存在が展望を閉ざすのか、それとも野心の無い人間が多いのか。

 体育祭というものに、全力を懸ける人間は思っていたより少ないようだ。


「...私、あいつらに発破かけときます!」


「よせ山中。そんなことしても仕方あらへん」


 学校の組というのはヤクザの組とは違う。

 野心を持って、或いは好きで入ってくるヤクザとは違うのだ。

 私はこの組をどこまで引っ張れるのだろうか。



 下校時間のチャイムが鳴った。

 僕は学校に居残ることはしない。体育祭が近い時期であってもだ。

 だからそそくさと校門に出る。

 だが、そそくさと出ているはずなのに、校門の前にはいつも桜井鉄子がいる。

 しかし今日は、玄関近くの廊下でばったりと会った。

 

「お疲れ様だす!兄貴」


「お疲れ、鉄子」


 いつもと変わらない様子だ。...といっても、いつも仏頂面なのだが。


「兄貴、この後まだ時間はありまっか?」


「時間?まぁ、暇だけど」


「見に行きたいところがあるんです」


 桜井鉄子が僕に何かを頼むのは珍しいことだ。

 見に行きたいところ、それはどこかというと、虎美のクラスの練習風景だそうだ。

 虎美クラスは放課後、校庭を貸し切ってトレーニングをしているらしい。

 まずは敵を知ること、そう言う鉄子を連れて僕は虎美のいるだろう所へ向かった。

 考えてみれば、虎美がトレーニングしているところは見たことがない。

 だから、その光景を見たとき、僕は度肝を抜かれた。


「おら遅ぇぞ!少しでも遅れた野郎はあとでケツ叩いてやっからなァ!」


「...190!...191!...192!...」


 クラスの男女が一糸乱れぬ動きで腕立て伏せをしていた。

 どこを見ても、その動きが、リズムが乱れる様子は無い。

 それを統率する虎美は拡声器を持って、普段からでは想像できないようなドスの利いた声で発破を掛けて回っている。


「おいテメェ、今休んだだろ」


「はい!すいません!」


 一人動きが遅れた男がいた。それを見つけた虎美は、その男の横で、まるで脅すように言った。

 男はすぐに、周りのリズムに追いつくように、腕立て伏せを加速する。


「おいテメェら!腕立て伏せ100追加、合計200だ!」


「押忍!」


 部活に入ってる人から聞いた話では、チームワークを築くために集団で過酷な練習をさせるという。一人が下手を打てば、集団でその責任を負う。それがチームワークの礎となるのだとか。

 しかし、今見ている光景は部活という甘い言葉では形容できない。

 まるで軍隊。そしてそれを統率する虎美は鬼教官。それがこの光景を見たときに浮かんだ最初の感想だった。

 鉄子はいつもと変わらぬ神妙な顔をしていた。

 何も感じていないわけではないのだろう。

 鉄子もこの光景に驚いているのか、それとも予想していたのか。


「これが大友虎美のやり方か...」


 

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