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第24話 森羅を統べる者-4

『子供たちは私とハイルの力で地上に帰します。

 あなたたちも私の魔力が導く先へ戻ってください。そこでみなさんが待っています』


 フローランナの声に告げられ、彼女の魔力――光の花びらが風に乗って空に舞う。

 その花びらに導かれ、アイとガリュマダロン、そしてレオナ王子は地上に戻っていく。


 二人が降り立ったのは、軍機関の岩山の丘。

 着地するとともに大星座の衣束が解け、ガリュマも仔竜獅子の姿に戻った。宙でぽふんと光を散らせるガリュマの小さな体をアイが両腕でキャッチする。


 暗雲の塊はすっかり消え去っている。戦闘が始まったのは明け方であったが、再び拝んだ空は夕刻に変わっており、蒼と暮色が溶け合った鮮やかな色彩を取り戻していた。

 橙の残光に染まる軍機関の荒野を、アイとレオナ王子が半ば感慨深く眺める。



「アイー! お兄様ー!」


 背後から幼い少女の声が響き、二人は振り返る。

 見れば、リンが大きく手を振りながらこちらへ走っていた。彼女の傍にはカナたちもいる。



「リン! みんなも無事――うおお!?」

「はい! アイもご無事で!」

「ガリュマもお疲れ様〜!!」


 走ってきた勢いのまま、感極まってアイに飛びつくリンとカナ。その様子をジフとショウも苦笑をこぼしながら見ている。


 そして、同じタイミングでリンたちと合流したのであろう、臣下の騎士たち――ケレス騎士団長、フーゴとヴィッキーも、レオナ王子のもとに到着する。彼らと再会したレオナ王子の表情に活気が差す。


「みんな、最後まで持ち堪えてくれて……本当にありがとう」

「殿下こそ、よくぞあれほどの力で皆を救ってくださり、大変ご立派になられました」

「俺たちの粘り勝ちってやつだな」


 うそぶくフーゴは右腕を包帯で固めた痛々しい姿になっているが、口ぶりは普段と変わらない。レオナ王子はほっと息をついた。



 戦いを生き延びた喜びが、一行に広がっていく。だが、ここに集まっているのは子供たちと王国の騎士たちだけではない。

 一人、悲壮な面持ちでレオナ王子の前に歩み出たのは――モナハ代表。その後ろにオリカも同伴している。代表が常に身に着けていた緑の石の髪飾りは、兵器のエネルギーを増幅させるために消費し、今はもう無い。


「カーサー元帥のご遺体は、ロナルド大佐が派遣した軍の部隊が塔に到着後、無事に回収しました。

 彼の私兵達も、帝国軍が身柄の拘束を完了させています」


 モナハ代表が告げた報せに、レオナ王子は言葉が出ず、沈黙したまま視線を落とした。

 大星座の力を覚醒させたレオナ王子の姿を、誰よりもカーサー元帥に見届けてほしかっただろう。

 レオナ王子は確かに、混沌に呑まれた戦場を救った英雄に他ならないのに、それを終えた彼自身の胸には遣る瀬ない思いが残る。


 察するに余りある彼の心情に、モナハ代表とオリカもかける言葉がなかった。彼に気を遣うわけではないが、モナハ代表はさらに切り出す。


「今回の元帥の動きは、軍本部や政府には知らされていませんでしたが……それでも、こうなったのは私達帝国の責任です。

 この度の件は必ず、他の国々に向けて償うつもりです」


 モナハ代表の声はほんの少しうわずっていたが、それでも彼女は前に手を重ねた凛とした姿勢で深く頭を下げた。

 レオナ王子も気持ちを切り替え、彼女の方へ向き直る。


「我々も今後帝国には、今まで以上に厳しい目を向けることになる。

 だけど……これは元帥にも言った。《影》を完全に倒し、異常現象を収束させるには、帝国の力が必要不可欠だと。

 これからは《影》への対抗策と、より多くの人命の救助をもって、償いを示してほしい」


 王子は毅然とした返事を告げた。

 言葉通り合わせる顔がないのだろう、モナハ代表も頭を下げ続けている。

 レオナ王子の言葉はさらに続いた。


「君にもまた、新しい髪飾りを贈るよ」


 その声色は柔らかかった。モナハ代表はその変化に気付き、ゆっくりと顔を上げる。

 正面から向き合ったレオナ王子は、陽の光を取り戻した今の晴れ空を表すように、優しく微笑んでいた。


「……レオナ……!」


 レオナ王子は、ここでモナハ代表との繋がりを終わらせるつもりはない。国の代表としても、一人の人同士としても。彼の想いにモナハ代表の瞳に涙が滲み、陽射しを受けて輝く。

 見つめ合う二人はやがてどちらからともなく、深く抱擁し合った。彼らの会話を見守っていた一同が、一瞬どよめく。


「え!? レオナ王子とモナハさんって……そういう感じだったの!?」

「そう言えばアイは初めて見るんだっけ~? みんなとっくに知ってたのに」

「全く子供だな」


 初めて二人の関係を目にしたアイは衝撃を受け、一人で挙動不審になる。ここぞとばかりにアイをからかうカナとジフの横で、ショウは晩餐会の夜の状況を思い返していたが、今は何も言わないでおいた。


「死に物狂いで戦ったばかりだと言うのに……みんな若いな」

「まあ……いいじゃないですか、今くらいは」


 一方、苦笑するケレス騎士団長に、傍らのフーゴが言う。普段ならば彼の方が気を立てていそうだが、レオナ王子の勇姿を見届けた今は、いつもより大目に見ているのだろう。



 ひとしきり抱擁し落ち着いたレオナ王子とモナハ代表は身を離し、改めて一堂の方を向いて王子が言う。


「アンクサリスの気配は消えた。だが完全に倒したわけじゃなく、姿を消して〝撤退〟したらしい。

 そうなると……今後もまた現れる可能性は残っている。

 そうなった場合のことも考えて、これからさらに対策を講じないといけない」


 憂いを帯びるレオナ王子の表情。そんな彼の前に、一人の小さな影が身を乗り出す。


「でもこれからは、フローランナがまた王国に力を貸してくれます!!」


 リンが両手を強く握り締め、希望に満ちた瞳で兄を見上げていた。

 それは、かつて周囲の人々に「フローランナと話した」と無邪気に伝える、あの頃のリンの姿に戻ったようだった。

 だが、今はあの時と違い――


「姫様の仰る通りです。大精霊が回復し、結界が力を取り戻した今なら、これまで防衛で手一杯になっていた我々王国も、もっと積極的に対策を探し出せます」


 彼女の後ろからも、同意の声が上がった。

 リン自身も驚き、声の方に振り返れば、進言したのはヴィッキーだった。


「こうしてまた大精霊のお力を賜ることができたのは……私も、王国の人々も、真剣に考える気持ちが薄れていた大星座のことを、最後まで信じていた姫様のおかげです」

「……ヴィッキー……」


 今までの半信半疑のような、子供の空想に合わせるかのような空返事ではなく、堂々とした言葉で告げる。ヴィッキーの表情には、己を情けなく思うような哀愁の翳りがある。


「君主が向いている方向を見失うなんて、私は臣下として……まだまだ修行が足りませんでした!

 それでも、大精霊と王国を救ってくださった姫様こそ、私の誇りの君主です!」


 彼女の「臣下として」という吐露を聞くリンは、一瞬、「資格がない」と続くのではないかと不安がよぎった。だが、ヴィッキーはリンと真っ直ぐ目を合わせ、熱意に満ち溢れた笑みを見せる。その想いが伝播したように、リンの胸にも温もりが込み上げた。

 それは二人の心が再び結び直された証だった。


「そうだな、リンは俺の自慢の妹だ! 本当によくやったな!」

「ヴィッキー……! お兄様!」


 レオナ王子がリンの前に膝をつき、彼女の頭を撫でる。そしてそのままリンの小さな体をお姫様のように抱き上げた。「恥ずかしいですお兄様!」とリンの声が響くが、彼女自身も含め皆、心から笑っている。



 そんな賑わいから、少し離れた場所に立っている人物がいる。

 それに気付いたアイが、その人の方へと駆け寄った。


「オリカさん!」


 アイに呼ばれ、はっと驚いたように振り向いたのはオリカ。


「……君は……」

「また一緒に戦ってくれて、本当に助かったし、本当に嬉しかった!

 やっぱり王都で戦ってくれたのは嘘じゃなかったんだって!」



 アイは真っ直ぐ輝いた瞳でオリカを見上げ、心底嬉しそうに言う。  彼とはただ、たまたま二度も同じ場所に居合わせ、結果的に共闘した――ただそれだけの関わりだ。

 だが、アイにとっては信じていたものが本物だったという純真な喜びであり、その無垢さはオリカの目に眩しかった。

 それが自分に向けられていることに、オリカの胸の奥で広がる熱……そして、相反する罪悪感がせめぎ合う。


 自分はきっと、帝国に戻れば軍法会議に掛けられる。

 元帥の計画に自分の意志で賛同し、今の帝国を壊したかったのは事実で、両軍ともこの襲撃のせいで犠牲になった兵がいる。紛れも無い国際問題と国家転覆の共犯者だ。これから途方も無く重い処罰が待っている。


 何かの間違いで止まることなく戦い続けていたら、この少年たちや、王国の誰かを、自分が手にかけていたかもしれない。カーサー元帥も、セッサント大尉も、もういない。

 そんな自分が、たまたま生き残ってこの場所にいるというだけで、彼らに混ざって笑っていてもいいのだろうか。


 ……ただ、これは結果論に過ぎないとしても。

 こうしてこの少年たちが笑顔になった、今この瞬間だけは――これでいいのだろう。

 やけに久しく、オリカは自分のありのままの感情を素直に認められた気がした。


「……ああ」


 オリカは短く頷いた。

 ほんのわずかに浮かんだ微笑みを、傾きかけた陽が黄金に染める。

 初めてオリカの笑みを見たからか――その光に照らされたアイの瞳もまた、いっそう眩しく輝いていた。



 リンがレオナの腕から解放された頃合い、遠くの方から、新たに人影が近づいてくる。


「姫様~~!」

「サギリ!」


 少女の声と、黒いジャケットの制服。エスペル教団のサギリとラスティ、そしてリオウだった。

 駆け寄ってくるサギリに、リンも自ら走り出し、再会を噛み締めるように手を取り合った。少女達の無邪気な声が響くなか、ラスティもジフのもとに合流しながら「今日一日で半年分働いたわ」と疲れ果てた様子で肩を鳴らしている。


 そして、こちらへ歩いてきたリオウをアイたちが見上げる。


「みなさん、こんなに大きな戦いで頑張ってくださって……ありがとうございます。

 全員無事に揃っていて、本当に良かった」


 リオウとは王城でのブリーフィング以来、わずか数十時間ぶりの再会だったが、彼の安堵の表情を見て、ようやく戦いの終わりを実感できた。

 帰る場所が迎えにきてくれた、そんな気持ちで胸が満たされた。


「教団とともに、王国ではみなさんを迎える準備ができています。帰りましょう、王国に」


 陽射しの温もりを帯びてリオウが微笑む。アイたちは達成感と安堵を確かめ合うように顔を見合わせ、険しさが残っていた表情が綻んでいく。



「明日から他の国々になんと説明するべきか、考えなければいけないと思うと……途方もないな」


 軍機関での戦闘だけでなく、帰還した後も続く、――むしろこれからが始まりとも言える重責を想像し、レオナ王子は空を仰ぐ。


「……それでも、大星座が二人もいて、大陸最強の化学兵器もある、みんなで互いに託し合える今なら……なんとかできるさ」

「……はい!」


 なんとか〝なる〟ではなく、〝できる〟と、そう言い切ったレオナ王子の眼差しには強い意志が宿っていた。そんな彼の言葉に、アイとモナハ代表も応える。


 レオナ王子はもう暫し、晴れ渡る空を仰ぐ。この軍機関で起こったこと、カーサー元帥とぶつけ合ったこと、その全てを目に焼き付けるように。

 一度深く閉じた目を再び開き、アイたちのほうへ振り返った彼は、晴れやかな微笑みを浮かべていた。




 バロディノーギア王国では、山の丘で大輪の花を咲かせた大樹から、花びらが降り注ぐ。

 風が運んだ花びらとともに、王国の上空に光が広がり、広大な結界が展開した。

 夕映えの光が結界に反射し、王都に共生する植物たちも、人々の営みの息づきに穏やかにそよぐ。


 かくして、春樹座(はるいつきざ)の大精霊の守護を取り戻した王国は、淡いくちなし色の空を背に、美しい黄金に輝いていた。



  ――24 森羅を統べる者

次回第25話から第三章前編になります。

2026年春公開を目標に現在鋭意執筆中ですが、第一章の同人製本作業、それに伴う再推敲や挿絵の追加等と並行して進めておりますので、予定が前後する場合があります。


引き続き投稿済みエピソード等をお楽しみいただきながらお待ちいただけますと幸いです!

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