第24話 森羅を統べる者-3
「レオナ王子!!」
「アイ、待たせたな。フローランナも力を貸してくれる。俺も共に戦おう!」
緊迫した状況に強張っていたアイの表情が、希望の光が差したように眩しい笑みに変わった。
レオナ王子も今までのような不安や後ろめたさとは違う、堂々とした顔付きをしていた。
赤と緑、二つの翼が上空に並び立つ。共に眼前に立ちはだかるアンクサリスを真っ直ぐに見据える。
《救世主》が《影》と戦った時の、大精霊五体という数にはまだ足りない。だが、ここで対峙している《影》はまだ未完全の半身だ。そしてこちらも、大星座が二人になった。
挑んでみるだけの可能性はある――!
「アイ、俺が奴の攻撃を封じる! 君は隙を突いてダメージを与えてくれ!」
「わかった!!」
レオナ王子が剣を握り、叫ぶ。アイは応え、炎を纏った剣を構えた。
王子が目を閉じる。大気中の魔力が彼の意識と同期した。戦場を流れる空気の振動を通じて、膨大な数の攻撃を一つ一つ捉える。
黒い礫が数十、数百と飛び交い、弧を描く――その全てが、レオナ王子の頭の中に精緻な軌道の線として映し出される。以前、森の植物の魔力から兵器の科械元素を特定した時の、脳裏に広がった景色と似ていた。
レオナ王子自身の能力、『大気全視』。
無数の黒い礫が地上に降り注げば、両軍の兵士たちは壊滅する。全て防ぎきれるか。いや……防いでみせる。
アストロラーベのような標準が浮かび上がり、戦場の景色全体に、迎撃のための軌道予測が花火のごとき光の線となって一斉に描かれる。
――そこにいる命と同じ数だけ脅威が降り注ぎ、一人残らず蹂躙するというのなら。
この戦場にいる兵士達も、王国の人々も、必ず〝みんな〟――俺が守る!!
「視えた……全て!!」
レオナが目を見開き、剣の切先でアンクサリスを指し示した。
「《森羅を統べる総天の光粒》!!」
剣が輝いた瞬間、翼から無数の光の刃がファンネルの如く分離し、緑の流星群となって一斉に空を駆ける。レオナの意識は大気を通じて全ての刃と繋がり、アンクサリスの攻撃を漏らさず相殺する。
別の方向で回避に徹するアイにも、ファンネルの援護が加わり、彼を狙う礫を破壊して空中に道が開かれる。その間にもアイが握る深紅の剣の熱が、赤々と高まっていく。
レオナは飛翔しながら戦場を旋回し、無数の刃を縦横無尽に操る。まるで戦場全体を掌握する指揮者のように、緑の光が、舞い踊るような動きで迫り来る礫を一掃していく。
黒い礫の雨が次々にファンネルに貫かれ、爆散し、連続して起きる爆発が上空を鮮烈に彩った。
「今だ、アイ!!」
レオナの声が響く。アイは全身に炎を纏い、剣を振り上げる。
「《緋龍斬刀》!!」
太陽の如き炎の球体が半身の胸部に直撃し、漆黒の甲冑に灼熱灼熱の焼け跡を刻む。アンクサリスが咆哮じみた鉄の軋む音を轟かせた。
「レオナ王子! 俺が……俺達が、あいつの体に重傷を負わせる!
その傷にレオナ王子の力を撃ち込んで、トドメを刺すんだ!」
「わかった、やろう!」
アイの呼びかけに従い、レオナ王子は剣を高く掲げた。頭上に放たれた光が、暗雲を裂く。
何層にも重なる雲の隙間から、ずっと覆い隠されていた太陽が、姿を現した。
太陽の光が一筋の柱となって垂直落下し、王子の剣に集まる。緑の輝きが戦場を照らした。
トドメの力を蓄え始めたのを確認し、アイは右手を握って力を込める。
「みんな……力を貸してくれ!!」
時同じくして、上空の魔法陣で戦いを見守っているカナ、ジフ、ショウ、そしてリン。
ジフの右手に宿るアイとの魔力リンクが、熱を発して反応を示した。
「この魔力は……アイが『連星』を撃とうとしている……!」
ジフ右手首を左手で掴み、リンクを通して流れ込んでくる魔力を感じ取る。
「みんな、回復はバッチリだよ!」
「やりましょう、僕たちも!」
「はい!!」
発動の準備に入ろうとする子供たちを見ていたフローランナが、リンの中から告げる。
『私の風で、みなさんの力を彼らのもとに届けます。ハイルも力を貸してください!』
『ええい……撃ち漏らすでないぞ!』
彼らの立つ空中の魔法陣の光が強まり、周囲に花弁を纏った風が柔らかく渦巻き始めた。
ジフ、ショウ、リンが生み出した、青い刃と、二本の緑の刃。大精霊たちの風がその刃へと注がれていく。三人の魔力の高まりが一つになった時、一斉に構えていた武器を振り下ろし、アイめがけて刃を放った。
空中で待機するアイも、剣を握る手に『連星』を放つ魔力を集中させていた。
「ガリュマダロン! お前の力も貸してくれ!!」
『おうッ! もちろんだ!」
咆哮するガリュマダロンから炎の流線が噴き上がり、アイの体へと注がれていく。
その時。右手の深紅の輝石に、ほのかな熱とともに、淡い光が灯る。
まるでアイに何かを伝えようとしているかのように。
――輝石の力を、全て出し切れ。
そして、実際にアイの脳裏に声が響いた。
青年の声。今までも何度か、輝石が熱を発する時に聞いたことのある声だ。
――君には仲間がいる。みんな合わされば、届かないなんてことはない。
この一撃に全てを籠めるんだ。
告げたことを強く訴えるように、彼の言葉に合わせて輝石の光が明滅する。
――そして、アイ。
ありがとう。この大陸の歴史を知ってくれて。
たくさん悩んで、誰かのために怒って……
それでも、大陸を救うために、戦うことを選んでくれて。
この声に直接、名を呼ばれたのは初めてだった。
アイにとっても、以前から漠然と「もしかしたら、この声は」という予感はしていた。
そもそも、アイは何のために歴史を知ろうとしていたのか。残酷な不義理、無情な諍い、そうした歴史によって切実な約束が埋もれてしまったのは、誰だったのか。
そして、大星座の輝石で通じ合える者。アイとよく似た深紅の輝石を宿しているのは――
その声で感謝を告げられ、アイの中でも確信に変わる。
「ああ、わかった!!」
アイの決意が、剣を握る手にさらに込められる。
歴史を知った時の憤りが、どんなに幼く無知で非力でも、〝彼〟には届いていた。だから今は、全力を出すことに躊躇う必要なんてない。
後方から空を駆け抜けてきた三本の刃がアイと並び、その瞬間、アイも剣を振り下ろして赤い刃を放つ。
「《燿り集う煌刃》!!」
四本に揃った刃が、一直線に飛び去った。四色の光がアンクサリスの巨体を貫く。
直後、刃が刺さった場所から眩い光が漏れ出し、爆発する轟音とともにオーロラの閃光が炸裂した。
アンクサリスの胸部には刃に貫かれた傷が広がり、中の空洞が晒された。傷穴を作ることに成功したのだ。
上空でしきりに爆ぜる、鮮やかで激しい光。
天から差す一筋の光の下にいる、翠緑の煌めき――レオナ王子を、モナハ代表が塔の上層階から見ていた。
「レオナが……太陽の光を吸収している……」
アンクサリスにトドメを刺そうとしている。モナハ代表はそう悟った。次の一撃で決めるのなら……思考している途中で、彼女ははっと何かを思い出した。
おもむろに前髪を留めている髪留めを外し、手の裏の上で見つめる。
髪飾りの緑の石の輝きをその目に映しながら、記憶を辿っていた。これをレオナ王子から贈られた時、彼が言っていた言葉を。
――『君に贈るために、この石に俺の手を加えた』、と。
「……オリカ、バロディノーギア王家の血には自然に干渉する力があって、その血を結晶化して宝石にできるのよね」
「あ、ああ」
「そしてカーサー元帥は、私のイマジニクスの力で、あの兵器の威力をさらに底上げさせようとしていたのよね」
一つ一つ確認するように呟くモナハ代表に答えるうち、オリカは彼女が考えているであろうことに気付く。同時に、オリカの顔は驚きを露わにする。
「兵器のエネルギーを、この髪飾りの石の力でレオナに適した魔力に変換して、それをレオナに吸収させれば……」
「レオノアードに向けて撃つってことか!?」
モナハ代表が口にした結論は、オリカの予感と一致していた。
大胆の一言では収まらないやり方だ。だが、今のレオナ王子はただの人ではなく、大星座の力が全身に巡っている。打てる手段の中では、理論上、大きな効果をもたらすのも確かだろう。
アンクサリスを前に一手でも遅れを取れば、瞬く間に壊滅的状況に追い詰められる。
思案を巡らせた末、二人は互いに顔を見て視線を合わせる。
「……やってみましょう」
「っ……ああ……!」
二人はこの階層にいまだ残っている兵器の砲台へ向かい、それぞれの位置に回る。まずはオリカが兵器の制御装置を解除した。
そして操作台の前に立ったモナハ代表がモニターを起動させる。
画面には、カーサー元帥が自分に兵器を撃たせるために準備された設定が表示された。それを目にして、代表は一瞬胸が痛んだ。
……それでも、今はこの戦場を救うために使うのだ。彼女の顔は決意を固めた表情に変わった。
タッチパネルのキーボードに指を走らせ、兵器に内蔵されている魔力エネルギーの流れを書き換える。
「モナハ! 発射ボタンを押したら三秒後に実行される!
カウントがゼロになった時に、発射口に向かってその石を投げろ!」
「わかったわ! オリカも発射に備えて! ……いくわよ!!」
オリカが発射口の向きをレオナ王子のいる方へと再調整し、モナハ代表に呼びかけた。
準備が整い、オリカが発射口から距離を取ったのを見て、モナハ代表は意を決してモニターに自身の手のひらを叩きつける。
彼女の力が駆け巡った兵器の表面に、幾何学的な光のラインが走り、発射口にレーザーの光を蓄え始めた。その眩しさは通常の数十倍にも上がり、激しい光を漲らせている。
〝Standing by...… Execute Final Sequence.〟――モニターに発射実行ボタンが現れた。
モナハ代表が、今度は拳でボタンを叩きつける。画面は、発射実行のカウントダウンに移った。 三、二、一……そして、カウントがゼロになった。
「レオナ! 受け取って!!」
モナハ代表が右手に握っていた髪飾りを全力で投げ入れる。発射口の中心に髪飾りが飛び込んだ。
瞬間、凄まじい威力のレーザー砲撃が轟音を響かせながら、北の空に発射された。
エネルギーに飲み込まれた髪飾りの石が輝き、緑色の閃光が螺旋を成してレーザーの直線に纏う。
上空のレオナ王子も、南方から近づいてくるエネルギーを感じていた。そのエネルギーには、モナハの髪飾りの魔力が込められている。
レーザー砲を背中で直接受け止め、強大なエネルギーがレオナ王子の全身を包む。
剣に吸収した太陽光と融合し、自然の力が最大限に高まった。
天から差す光の線が途切れた瞬間、戦場が静寂に包まれる。
レオナ王子が大きく息を吸い込んだ。
「《天光に臨む翠爛の嵐》!!」
一つに統べられたがごとき大気に、レオナ王子の叫びが響いた。
強大な光を纏った剣が振り下ろされる。剣から放たれた、眩い緑の閃光が空に疾り、衝撃波が雲を斬り裂いていく。
迫り来る光の奔流はアンクサリスの傷穴に命中し、漆黒の甲冑を貫いた。
光と拮抗する《影》の力が、アンクサリスの全身に駆け巡り、体を焼き尽くす光を弾き出そうとしている。
レオナ王子は剣を握る両手に全身の力を籠め、押し込めるようにアンクサリスに迫る。
「うぉおおおおおおおお!!」
アンクサリスの胸元で、激しい火花が絶え間なく炸裂し続ける。白と黒が目まぐるしく空を染める様は、まさしく光と影の競り合いを克明に表している。
それもやがて、光が影を押し切って、臨界点を超えた。緑の光が、漆黒の巨体を焼き尽くし――
無音の刹那、アンクサリスは実体化を解き、姿を消した。
そして、大気を張り裂かんばかりの光が、爆発した。
衝撃の中心地から波及した衝撃と爆風が、戦場の大地を揺らす。
至近距離でそれを受け、空に吹き飛ばされるレオナ王子の体を、ガリュマダロンとアイが受け止める。
光を帯びた爆風はいまだ吹き荒び、空に何重にも覆っていた暗雲を吹き払っていった。
やがて風が止み、煙が晴れると、巨大な影……アンクサリスの姿はなかった。
上空のアイとレオナ王子は顔を上げ、巨体に占領されていた景色が元に戻っているのをその目で確認する。
『《影》の魔力……アンクサリスの気配がこの場所から消えました。
ですが〝この世界〟からは、まだ消えていないようです』
「消えたけど……消えてない? どういうこと?」
魔力を通してフローランナが語りかけてきた。彼女の表現にアイが頭を悩ませる。
『私と同じだ。これほどの威力を受けて実体を維持できるだけの魔力は失ったが、魂は残っている』
『復活の進行を、一時的に解除した……撤退したと考えるべきだろうか』
ハイルカントリュスの声も割って入り、アイたちの傍らに飛翔するガリュマダロンが結論付ける。
「……完全には倒せなかったということか……」
視線を落とすレオナ王子。広い空にぽつりと浮遊しままのその背中には、一抹の無念が滲んでいた。アイとガリュマダロンも遣る瀬ない顔で王子を見つめる。
『……ですが、再び復活を試みるにはかなりの時間を要するでしょう。
それに……ほら、あなたたちの力によって、空と大地が元の姿に戻りました。
大気を穢していた《影》のエネルギーも、打ち消すことができたようです』
フローランナが空と大地に目を向けるように促した。
見れば、残っていた雲も次第に消えていき、隙間から差す光の筋が次々に現れる。
先ほどの爆発で風に乗って広がった光の粒が降り注ぎ、淀んだ瘴気に満ちていた戦場一体が澄み渡っていく。
地上では、天からもたらされる光を見上げている騎士と兵士たちの姿が見えた。
『少なくともこの荒野の戦場は、《影》から救われました。
私の力も取り戻し、再び結界の力によって王国を――大陸を守護できます。
この戦いでのあなた達の使命は、確かに果たされたのですよ』
アイとレオナ王子、二人の大星座に、フローランナが労いの言葉をかける。
暫し、色彩を取り戻した景色を見つめていた彼らは、やがて顔を見合わせる。
「レオナ王子、みんなの所に戻ろう」
「……ああ。ありがとう、アイ」
陽の光に照らされた笑みを向けるアイに、レオナ王子が頷いた。




