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第24話 森羅を統べる者-2 ◆

 魔導塔跡地。

 その上層階でも、レオナ王子たちが戦場の状況を見ていた。


『正体不明の魔獣を確認。神具により討伐完了!』

『こちら、負傷者に虹彩の変色を確認!』

「その位置からなら、北西にいるエスペル教団の救援隊と接触できるはずだ。すぐに搬送を!」


 王子のインカムには、刻々と変化する戦場からの通信がひっきりなしに飛び込んでくる。


「戦線を離脱した部隊の一部に、黒影病の兆候が見られます!

 至急、浄化機関を構築し、可能な範囲で治療にあたってください!」


 モナハ代表は航空機の通信回線を用い、帝国本部との連絡を絶えず続けていた。

 その傍らではオリカが端末を操作し、ひっきりなしに流れてくる情報を追っている。

一つ一つの問題は冷静に対処すれば解決可能だが、処理の手が追いつくよりも先に、次々と新たな異常が発生する。

 このままでは、王国と帝国、両軍とも崩壊するのは時間の問題だ。


 状況は一進一退――いや、コキュートスやアンクサリスが動くたびに、彼らが一段上回る。

 エスペル教団の支援を得て配備された神具も、数や効力に限りがある。フーゴやヴィッキー、ケレス騎士団長たちは無事だろうか。

 撤退した両軍はこの戦場から逃げ切れるか。それまで、幼いアイたちをアンクサリスと戦わせるのか。


 もし討伐に失敗したら?

 アイたちはどうなる?

 これだけ大勢の騎士や兵士たちに後遺症が残った場合は?

 鎮座しているアンクサリスが動き出したら、大陸にどれほどの被害が及ぶ?



「……空が……」


 レオナ王子が、開け放たれた昇降口の先に目を向ける。

 最初は灰色の雲の隙間から、かすかに陽光が差していたはずだった。それが今では、昼とも夜ともつかない黒灰色の空が全てを覆っている。

 地上の荒野では、兵器や神具の発火が、スコールのように爆ぜては消える。

 まるでこの戦場だけが丸ごと、千年前の《影》の時代に戻ったかのようだ。

 ――どうして、こんなことになった?



 発端は、カーサー元帥たち帝国の被差別人種が、その構造を覆すために。

 信仰されている大星座を倒そうと、彼らが仕掛けた戦いだった。

 兵士たちが戦場に駆り出され、信仰を守ろうとする者と、信仰に苦しめられた者がぶつかり合い、その負の感情はコキュートスに利用され、元帥は死んだ。


「……もう……もういいじゃないか……」


 乾ききった目で、無彩色に沈む戦場を見下ろすレオナ王子の口から、掠れた声が漏れる。

 信仰は、どこまでいっても信仰でしかない。

 大星座であるはずのレオナ王子は、こんな時でさえ見ていることしかできない。


「こんなのは……もう……たくさんだ……!!」


 絶望に押し潰されるように、レオナ王子は強くまぶたを閉ざし、嘆く。彼は頭を掻き乱す。

 どうすれば止められる? 自分にできることは何もないと諦めて、モナハ代表とオリカをいち早く避難させて、大人しく撤退するしかないのか?

 何のために自分はここへ出てきた?


 何が王子だ、何が大星座だ。今まで大陸中から礼賛されていたものが、一体何に役立ったというんだ。

 そもそもまだ――この右肩の輝石の力を、使ってすらいない。こんな時でさえ、輝石はただの石のままだ。

 この石があるから、自分は《救世主》と同じ大星座と呼ばれていたんじゃないのか。

 こんな物のためにカーサー元帥や、戦場の兵士たちは犠牲になったのか。



「レオナ……?」


 モナハ代表が項垂れて頭を抱えているレオナ王子に気付く。

 空の暗雲に呑み込まれてしまいそうなほど、絶望の陰が圧し掛かった彼の背中。そんな暗い背中を、ほのかに照らす微かな光が――金の鎧で覆われた右肩に灯っている。


 レオナ王子は自分に問い続ける。



 この輝石は……大星座の力は……

 今この時のためにあるんじゃないのか――――!!



 心の壮絶な叫びが、レオナの中で反響する。

 その時。

 彼の右肩――翠緑色の大星座の輝石が、鮮烈な熱を帯びた。

 頭の冠に埋め込まれた宝石もそれに共鳴するように、二つの光が重なるように眩く閃く。

 そして、レオナの瞳にも光が宿り――その光は、視界すべてを飲み込んでいった。




* * *




 どこまでも続く黒。足元で輝く広大な魔法陣。

 時間から切り離された大精霊の空間に、レオナ王子はいざなわれた。

 めまぐるしく急変する戦場の騒乱から、レオナ王子を切り離したかのように、粒子だけが緩やかに漂う静寂に包まれていた。


「……リン」

「お兄様……!」


 そこには、レオナ王子だけでなく、妹のリンもいた。

 そして彼の目に映るのは、王国を守護する大精霊――フローランナ。その神秘的な姿が、眼前にふわりと浮かんでいる。

 初めて対面するその存在に、王子にして〈大星座〉であるレオナは、思わず息を呑んだ。


『レオノアード。リンリアーナ。

 今、世界が求める力と、あなたたちの意志が共鳴し、この空間は開かれました。

 今こそ春樹座の大精霊として、あなた達に契約の力を授けましょう』


 フローランナは長い髪と衣を神々しくなびかせ、たおやかで落ち着いた声で語りはじめる。

 レオナの強い願いを確かに受け取り、応じるものだった。


『レオノアード。あなたと契約を結ぶには、本来の私の力がまだ十分に戻っていない。

 そしてアンクサリスを討つには、相応の力も必要です。

 足りない力を補うため……私と高い適合性を持つリンの魔力を借りることで、均衡を取ることができます』


 フローランナは、大精霊として粛々と告げる。


『ですが……この力は一人でその身に受けるにはあまりに大きすぎるもの。

 契約の証となる激しい痛みと力の大きさに、幼いリンリアーナでは耐えきれない。

 レオノアード一人では、いずれあらゆる因果のうねりが襲う。

 どちらか一人ではダメなのです。だから〝二人〟をここに呼んだ』


 そして、大星座ではないリンをここに招いた理由を説明する。

 彼女がかつて《明星の救世主》と契約した一体であること、そしてその《救世主》は、最終的に五体もの大精霊と契約したこと。それらを考えると、あまりに途方もない儀式だ。

 大陸を救うための最終手段として行使された力、その一端を、これから自分達が授かろうとしているのだ。


『――二人でなら、この大きすぎる力を分け合える。

 あなた達が同じこの時代に、二人で兄妹として生まれた意味の一つが、ここで結実するのです』


 二人、という言葉を繰り返すフローランナ。

 それを確かめるように、レオナ王子とリンは互いの顔を見合わせる。



 何故、王族の血と大星座の輝石、二つも背負って生まれてきたのか。

 何故、すでに大星座の兄がいるのに、何も持たない自分が生まれてきたのか。

 その全てに明確な答えがあるわけではない。これまでのことを理解し、納得できたわけではない。


 だが、一人では不可能だったことが、二人いるからこそできるかもしれない。そんな確信が、胸に灯りはじめていた。


『長い孤独を乗り越え、仲間を得て、臣下と通じ合い……ここまで辿り着いたあなた達なら、この意味が理解できるでしょう。

 これからあなた達に流れ込む力、そして刻印の熱を、互いに支え、預け合うのです。

 契約の覚悟は良いですね?』


 フローランナの問いかけに、兄妹は視線を交わしたまま、同じ覚悟を決めた表情で頷き合う。


「ああ」

「はい……!」


 二人の答えを聞き届け、フローランナも頷く。


『わかりました。あなたたち兄妹に、契約の刻印を与えましょう。

 体の一部が作り変わる、大きな魔力の変化に、互いの手を取って乗り越えるのです』



 フローランナに促され、リンが差し出した小さな手を、レオナが両手で包み込む。さらにその上に、リンのもう片方の手を重ねた。

 瞬間――それぞれの右手の小指に、魔力が走る。まるで指輪を嵌められたが如く、小指の付け根に沿って鮮烈な熱線が発火し、小指を直接焼かれているかのような衝撃が生まれた。


「うっ……うう……!」

「ぐう……ッ!!」


 感じたことのない熱と痛みが右手を襲う。レオナ王子ですら耐え難い感覚を、リンはどこまで続けられるだろうか。

 レオナ王子自身も刻印の熱に耐えるあまり、リンの手を包む力がつい篭ってしまう。このままでは彼女の指を折ってしまいかねない。

 熱を拒むのではなく……受け止めるのだ。そう意識した時、小指に止まっていた魔力の熱が、右手を通って全身に巡っていくのを感じた。


「リン、もう少しだ……!」

「大丈夫ですっ……お兄様……!」


 リンも強く目を瞑りながらも、懸命に耐えている。

 熱線の輪に沿って、小指が焼け落とされていくようだ。失っていく場所を、フローランナの魔力が生まれ変わらせていく。

 そして、二人の体内に契約の力が満ちた時。ひときわ眩い閃光が弾け、激しい熱と痛みは、静寂へと変わった。



『自分の右手をご覧なさい』


 フローランナが静かに言う。

 レオナ王子が、リンの手を覆っていた両手をそっと解く。王子の小指、そしてリンの小指に、同じ形の刻印が現れ、いまだほのかに熱を帯びている。


「リン、よく頑張ったな」

「……! お兄様、輝石が……!」


 優しく微笑むレオナ王子。その笑みを、彼の右肩――大星座の輝石から溢れる光が照らしていた。

 二十数年もの間、沈黙していた輝石の力が、目覚めている。


『レオノアード。今のあなたにならわかりますね。

 契約を完了させ、その力を解き放つための神語が』


 問いかけるフローランナの方へ、二人が向き直る。

 レオナ王子は左手で右肩の輝石に触れた。今なら確かに魔力の温もりを感じる。一時的で微弱なものではなく、覆っていた殻を破ったかのように、はっきりとした熱だ。


「待っていてくれ、リン。これから俺が……アイを助ける!!」


 契約のための神語は、誰に言われずともわかっていた。まるで誰かが、頭の中に文字を綴るかのように。



「――――《I'll Salvatore》!!」



 迷いのないレオナ王子の声が響いた。

 王子の体から眩い光が溢れ、緑色の閃光となって、レオナ王子を包み込む。球体を成した緑の光が、宙に浮かび上がる。

 球体の周囲では、疾風に乗った無数の青葉が旋回し、自然の猛威が具現化したかのように吹き荒れる。

 さらに、フローランナが最後の一押しを与えるように、花びらを纏った魔力を放ち、球体を貫いた。

 やがて球体の光が最大限に強まり、爆ぜて迸った。光と風と青葉が、周囲一帯に波及する。


 そして――現れたのは、翠緑の光翼を背に宿し、白金の戦装束を纏った青年。

 一つに束ねられた緑の長髪が風に舞い、全身が眩く輝いていた。

 その姿はまさに《救世主》を想起させる、神話的な威容。

 覚醒した大星座、レオナ王子だった。




* * *




 ――大精霊の空間が解除され、レオナ王子は直前までの時間に戻る。

 塔跡地でもまた同じように、彼の体から自然元素の強い閃光が広がっていた。弾けた光の中で、変化を遂げたレオナ王子の姿に、モナハ代表とオリカは目を奪われる。


「レオナ……その姿は……」

「……大星座……!?」


 背中に広げた光の翼で、レオナ王子は空中に舞い上がっている。二人は本物の《救世主》を目撃するが如く、レオナ王子の御光を見上げていた。


「オリカ、モナハを頼む」


 翼の逆光で影が落ちるレオナ王子の顔と声には、覚悟に満ちていた。彼にかけられた言葉と共に、その顔を目にしたオリカは、目の前にいるのは確かにレオナ王子なのだと思い出し、彼に応えるように強い眼差しを送った。


「必ずこの戦いを終わらせる。そして君のもとへ戻る」

「……レオナ……」


 レオナ王子とモナハ代表は、多くは語らずただ見つめ合う。

 彼はついに覚醒した。その力を求められている場所へ行ってしまう。それでも……彼自身がそれを望んだのなら。

 モナハ代表は口元を覆い、溢れそうになる言葉を堪えながら、静かに、そして深く頷いた。


 やがてレオナ王子はアンクサリスの方を向いて、翼に力を込める。眩く輝いた翼を羽ばたかせ、光の粒子を舞い散らせながら、空の中へと一直線に飛び立って行った。




* * *




 時同じくして、リンのいる空中の魔法陣。

 その場に残っているカナたちが、頭上に飛翔したアイを心配そうに見つめ続ける。


「アイが大星座だからって言っても……一人で行かせて良かったのかな……」

「まだ半身とは言え、あの《影》そのものですからね……」

「……今、まともに太刀打ちできるのは、あいつしか……」


 それぞれが、いまだ拭いきれない葛藤を零していた。――そんな中。


「――大丈夫です、みなさん」


 ただ一人、この中で一番幼いはずのリンが、誰よりも冷静に言った。カナ達は驚き交じりにリンの方を振り返る。

 リンも頭上のアイを真っ直ぐに見上げている。胸に重ねた両手、その右手の小指に、契約の刻印がほのかに熱を帯びる。そして瞳には、確信の強い光が宿っていた。


「もうすぐ……お兄様が来ます!!」




 大陸の中心――ラインゼル軍機関からフィエロレンツ聖海の空を横断するように、暗雲を裂く翠緑の光が、一筋の直線を描いていた。

 戦場でいまだ《影》と狂気に翻弄される兵士達が、騎士団も、帝国軍も、みな次第にその光を見上げて動きを止める。


 現代に、この混沌を救ってくれる《明星を救世主》はいない。

 だが……あれが、今を生き抜こうとしている自分達の光だ。

 まるで天からの啓示を受けたかのように、みながそう祈った。


 戦場の一角で救護班の治療を受けているフーゴ、彼に寄り添うヴィッキーとケレス騎士団長らも、空の光に気付く。

 灰色の空に描かれた、鮮やかに輝く翠緑。その色を目にした瞬間、フーゴは直感した。

 あの光を纏っているのは誰なのかを。


「……覚醒したのか……レオナ……!」


 友がついに、彼が望んだであろうこの瞬間に、己の限界を打ち破った。

 万感の想いに、フーゴの瞳には熱い涙が浮かぶ。しかしその顔は心から誇らしげに笑っていた。

 空を駆けていく友の光を、彼らは祈るように見送る。




 そして、アイがアンクサリスの目線まで辿り着いた時。体の中に一体化しているガリュマダロンが、不意に強く呼び掛ける。


『アイ! 南の方角から、大きな力がもう一つ近づいてくるぞ!!』

「えっ!? 南って……あっちは――」


 ここから南は魔導塔跡地の方向だ。

 もしや、と思いアイはガリュマダロンが言った方向へ振り返ろうとした、その時だった。


「――アイ!!」


 アイの脳裏に過ぎった、正にその人の叫ぶ声が響いた。アイは声の先に翠緑の光を捉えた。


 暗雲に覆われた空でも鮮やかに輝く、光の翼と長い御髪。アイとよく似た純白の衣装。アイには赤の差し色が入っているのに対し、彼には緑が目立つ。それが、今の彼が契約によって司った“春樹座の力”だ。

 その姿を一目見ただけで理解した。今、《影》の半身に立ち向かおうとしているのは、アイ一人ではない。


 大星座となったレオナ王子が到着した。


挿絵(By みてみん)


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