第23話 シンギュラリティ・オレンジ-4
アイたちの目前――唯一立ち上がれたカナが、前へと飛び出していた。
その両手から放たれた光が壁となり、トロイメイアの放った攻撃を喰い止めている。
壁の中心には光を象ったような紋章が浮かび上がっている。
それを目にしたアイとジフは、はっと息を呑む。この光の壁に見覚えがあった。
――忘れるはずもない。かつての仲間、ヨータが使っていた、あの力。
「もしかして……」
「『聖障』……!?」
カナは歯を食いしばり、足場の魔法陣を強く踏み締めて、光の壁ーー『聖障』越しに必死に攻撃を押し留めている。
その光景を目の当たりにしたトロイメイアも、驚きを露わにしていた。
『なんで……!? 戦えないんじゃなかったの!?』
事実、カナが聖障を発動させたのは、今までになかったことだ。
聖障――それは、カナとヨータの故郷・アークレイアに眠る中枢の力であり、あらゆる《影》のエネルギーを遮断する、特別な結界だった。
今、その力がカナの手に宿ったということは……かつてヨータとともに中枢の力を浴びた彼女もまた、その適格者だったということだろう。
そして、そんな理屈以上に、本来戦ったことのないカナが身を呈して飛び出すほどの衝動。自分がまだ動けるという激情。強い想いに彼女自身の身体が応え、本能的に思い出したのかもしれない。
想いを果たすための力が、自分の中にもあることを。
あんなにも強く「自分も戦えるようになりたい」と望んでいたのは、この時のためのはずなのだから。
「もうこれ以上……あんた達の好きにはさせないんだから……!」
カナは聖障の先にいるトロイメイアを強い眼差しで見上げる。
最初に一方的に目を付けてきたのは、メイアの方だった。
何度も自分達を襲い、アイやジフを傷つけ、守られているカナを嘲笑った。ヨータが消息不明になった時には、カナをおびき寄せるために彼の声を利用して、彼を冒涜した。
たとえ今のメイアが別の何かに執着し、カナのことはもはや眼中にないとしても。散々踏み躙られたカナの怒りはまだ終わっていない。メイアのせいでアイ達が負けるなど、許すわけにはいかない。
両腕に力を込め、さらに一歩前へと踏み出た。
「あんたにだけは……! 絶対に……! 負けないんだからああああああああ!!」
カナが叫び、呼応した聖障が輝きを増す。受け止めている攻撃を勢いのままに跳ね返した。
『う……うわああああ――!!』
トロイメイアの悲鳴を遮り、避ける間もなく、自身の放った攻撃を真正面から喰らう。
空中で激しい爆発に呑まれる中、トロイメイアのラッパの先端が爆破され、甲高い金属の怪音が空をつんざく。
その衝撃的な光景を、半ば呆然とアイ達が見上げる。やがて聖障が弾け、光の粒となってアイたちに降り注ぐ。
光に宿るカナの治癒の魔力が、アイ、ジフ、ショウ、リンの傷を癒し、再び立ち上がる力を与えた。
『皆さん、先ほど授けた連星の力を使う時です。今なら一斉攻撃の隙を作れるでしょう』
「わかった!!」
フローランナの指示を受け、アイ達は武器を構える。
一方その頃、トロイメイアも翼を振り乱し、爆炎の中から強引に脱出した。
『アルズに褒められるために……! みんなで笑顔になるために……!
絶対に!! 今度こそわたし達が勝つんだから!!』
全身を焦がしながらも、トロイメイアは執念の声を響かせる。破損したラッパと裂けた翼を振るい、最後の抵抗に出た。
欠けた翼で突進しながら、断続的な音波を放つ。でたらめな軌道で飛行する体は、もはや大きな的だった。
ショウが先陣を切り、大鳥に姿を変えて舞い上がる。羽ばたいた翼から風の渦を起こし、音波を掻き消しながらトロイメイアの飛行をさらに乱した。
「攻撃を!」
「おう! 《緋龍斬刀》!!」
「《海槍の奔流》!!」
トロイメイアが風に押し返されている隙を突き、アイとジフが武器を翻し、連携して魔術を放つ。
赤と青の鮮やかな光の帯が走り、炎と水砲が打ち乱れ、トロイメイアの翼に命中した。灼熱と冷気が一度に翼を蝕み、またしても金切り声じみた悲鳴が響く。
突進を阻まれ、空中で翼をばたつかせるトロイメイアに、リンが弓矢を引いて狙いを定める。
「《昇る陽樹の緑鎖》!!」
そして、矢を放った。花びらを散らして空を切った矢はトロイメイアの足に刺さり、開いた花から蔦が伸びて動きを封じた。
『みなさん、今です!』
フローランナが呼びかける。
その瞬間、アイたちの前にそれぞれ一振りの光の刃が出現した。まばゆい輝きを放ちながら、四本の切先が一斉にトロイメイアを指し示す。
四人は声を合わせ、渾身の一撃を解き放った。
「《燿り集う連星煌刃》!!」
赤の炎、青の氷、緑の風と花。四色の直線が、空に走った。
直後、トロイメイアを四方向から貫く。その瞬間、白熱の爆光が天を覆い尽くす。
動くことのできないトロイメイア――その中に残るメイアの意識が、光の刃から噴き出す強大な魔力に身を焼き尽くされるのを感じていた。
「カ……カイルくん――――!!」
最期の叫びさえも、眩い光に呑み込まれ、かき消されていく。音もなく、形もなく、彼女の存在は白熱の閃光に融けて消えた。
空一面に一瞬の閃光が迸り、天地を揺さぶる衝撃が波及する。その威力は凄まじく、軍機関の荒野を激しく震撼させた。
巨大な蝙蝠の魔獣は、大規模な爆発とともに空中で木っ端微塵に四散した。
燃え広がった光の爆炎は、オーロラのようにたゆたう色彩のうねりとなって上空に煌めいた。光の粒が星屑のように舞い散る。
その中に一つ、実体のある光が降ってきて、アイ達の足元に落ちた。オレンジ色の透き通った鉱石の欠片が転がる。
目を凝らせば、鉱石の中にはほのかな光が灯っていたが……ロウソクの火が消えるように、光は弱々しく消滅した。鉱石の物質を感じ取ったフローランナが言う。
『その石に宿っていたのは、あの罪魔獣の魔力。おそらく、これが動力源だったのでしょう。
先ほどの攻撃で完全に砕かれたことで、活動を停止したようです』
「じゃあ……メイアは……」
アイは足元の欠片をそっと拾い上げる。ただの石になったもの――コアの残骸を見つめた。カナやジフ達もアイの肩越しにコアに視線を落とす。
倒したのは、敵だった。自分達によく似た人の姿を知っているせいか、どこか胸の奥に言葉にならない苦さが残る。それでも、これは確かに、自分たちの手で終わらせた証だった。
一行が葛藤を振り払おうとした――その時。
突如、アンクサリスの甲冑が、目に意志を宿すように赤い光を迸らせた。
アイ達は反射的に半身に視線を戻す。一瞬たりとも感傷に浸っている暇などないことを嫌でも思い出した。
メイアはあくまでも障壁に過ぎない。アンクサリスの復活を阻止しようとする自分達を、妨害するための。メイア自身が散ったとしても、その目的は果たされていたのだ。
禍々しく鮮烈な赤を光らせ、錆びついた鉄塊が軋む音――アンクサリスが巨体を僅かながらに動かす振動が、大気を伝う。漆黒の甲冑からは、黒く淀んだ霧が漏れ出していた。
「アンクサリスに……意識が……!?」
『手足を動かすにはまだかかりそうですが……今のうちに本体に直接打撃を与えられなければ、このままでは……!』
アンクサリスの変化に、アイは戦慄する。ここまで落ち着きを払っていたフローランナにも、焦りが見え始めている。
まだ戦いは終わっていない。むしろここで決着を付けなければ、明暗が決してしまう。
アンクサリスは空へと黒霧を広げ、大地を、自らの覚醒のための舞台に変えようとしている。刻一刻と、アイ達の決着が迫っていた。
――23 シンギュラリティ・オレンジ




