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第22話 フローラガーデン-4

 ガリュマダロンの光の球体が弾け、浮遊する彼を宙に残し、アイとジフは着地した。

 足元には大きな魔法陣が緑色に光っている。それ以外は何もない、ただただ黒い空間が広がる。そこにはすでに、カナ、ショウ、そしてリンがいた。


「アイ! ジフ! ガリュマ! 無事だったんだね!」

「カナ! みんな!! ――ってえぇ!? ハイルカントリュス!?」

「生きていたのか……」

「い、今はとりあえず無害なので……」


 カナたちの方に駆け寄ろうとしたアイとジフだったが、頭上に浮かぶ巨大な深紅の鳥獣ことかつての因縁の敵、ハイルカントリュスに気付き、思わず足を急ブレーキさせた。ショウがどうにか場を収める一言を絞り出す。


 ここは自分たち以外何も存在しない、どこまでも真っ黒な空間だが、不思議と恐ろしさは感じない。むしろ足元の魔法陣のおかげか、神聖さすら感じている。


「フローランナが力を貸してくれるそうです……!」


 リンがそう伝えた直後、彼女の背後でも光の球体が弾けた。その光からフローランナが姿を現す。



『みなさん、このようなとても危険な状況の中、応じてくださってありがとうございます。

 一刻を争う事態ですが……ここは大精霊の魔力元素で構築された、時間から切り離された空間。

 ここでの事が終われば、直前までの時間に戻ります』


 物腰柔らかく、しかし荘厳な雰囲気を携えたフローランナに、アイたちは注目する。


『ですがあまり悠長にはしていられません。

 空間を解除した次の瞬間にも、さらなる脅威が動き出すかもしれません』


 フローランナはあくまでも現実的に、少年少女たちに告げる。彼女の長くウェーブのかかった緑色の髪が、淡く輝き出す。


『これより、私からみなさんに力の解放を伝授します。

 煉獄の使者と戦い、それぞれ一つの試練を超えたみなさんなら、この力でアンクサリスを止められるかもしれません。

 しかし幼いあなたたちを無責任に向かわせるわけにもいきません……

 今ここで、新たな力を使いこなせるかどうか、私の試練をもって見極めます』


 フローランナに呼応するように、足元の魔法陣もさらに強い光を放つ。

 一度ホワイトアウトし、再び視界が戻ると、辺りは一面の蒼穹が広がった。

 足元の魔法陣には大輪の花が咲き誇り、どこまでも続く青空に花びらが舞い上がる。まさしく春樹座の大精霊が司る、幻想的な空中庭園のようだ。

 頭上にはガリュマダロンがカナを退避させ、その傍らのハイルカントリュスも同様に、試練を見届けるように静観している。


『それでは――始めましょう』


 開始の合図と共に、フローランナの周囲に草花が伸びていく。

 そしてアイたち四人も武器を構え――前衛のアイとショウが彼女に向って走り出した。



『一つ。この試練は、あなたたちが『星の剣』を完成させ、使いこなす力を証明するもの。一人では決して放てぬ技。

 私の動きを読み、互いの力を重ねるのです』


 フローランナは花びらを刃のように鋭く変化させ、扇状に広範囲攻撃を放つ。

 アイとショウは花びらを捌きながらフローランナを目指すが、足場から植物の蔦が伸び、二人の足を絡めとろうとする。


「うおっ!? 言われた通りにするだけじゃなくて、あくまで自分で考えろってことか……!」


 直前で回避したものの、蔦を振り払うことに終始し、アイたちは足取りが止まってしまう。


『二つ。それぞれの異なる星座……魔力元素を一つにするのです。

 自身に宿る魔力元素ともう一度向き合い、制御してください』


 彼らの様子を視察しながらも、フローランナは次の指導に映る。その指示に合わせるように、彼女が散布した花びらが光り出し、その光を受けた蔦の動きがさらに活発になる。


「リン! 俺達は植物を抑えるぞ!」

「はい!」


 ジフはリンに呼び掛けながら、槍を構えて狙いを定め、氷の弾丸を放つ。発射された複数の氷が蔦に次々に被弾し、凍り漬けにする。

 次いでリンが弓矢を放った。一直線に宙を駆ける矢が魔力の風を纏い、通過した後の大気中の花びらを打ち消していく。


「アイくん! 僕が合わせます!」

「わかった!」


 どうにか蔦から逃げきったショウがアイに告げる。

 ショウは己の周囲に風を集わせる。同時にアイも剣から炎を噴き出した。魔力を体の中心に込める彼らに呼応するように、上空のガリュマダロンとハイルカントリュスの体がほのかに光り、同じ輝きが二人にも宿る。

 アイとショウは声を揃えた。


「《紅蓮禽翔(ぐれんきんしょう)》!!」


 ショウの拳から旋風が、アイの剣から烈火が放たれる。風と融合した炎が大鳥の形を成し、空中を飛翔した。

 翼から紅蓮の熱波が吹き荒び、足場を支配していた蔦や花びらの残滓を燃やし尽くしていく。

 そしてフローランナへ突撃する紅蓮の鳥を、彼女が眼前に展開した花のバリアで受け止め、相殺。爆発の衝撃波が障害物を吹き飛ばす。

 魔法陣はアイたちが制した。それを確認したフローランナが次の段階に移る。



『三つ。この空間の魔力を取り込み、『星の剣』を生み出しなさい。

 あなたたちの意志が一つになった時、新たな神語が紡がれるでしょう。

 今こそ全員で一つの『星の剣』で、私を貫くのです』


 フローランナが魔法陣の中心でひらりと腕を振ると、一瞬にして彼女の足元に花畑が広がった。地面から無数の植物が急成長し、フローランナの周囲に絡み合う。

 やがて彼女の眼前で一つに束ねられた植物達の先端に、美しく巨大な花を咲かせた。


『《刹銀を焦がす春暁(スプリンガル・レイ)》』


 唱えられた神語に従い、砲台の発射口の如く花の中心で太陽光が収束し、眩い輝きを放ちながら強大な力が集う。あれが発射されるまでが制限時間だ。

 それよりも先に、『星の剣』を完成させる――!


 アイたち四人の考えは同じだった。周囲に漂う粒子を取り込み、内なる魔力がさらに燃え上がる。その炎は体の外側にまで噴き上がり、彼らの前にそれぞれ、光の刃が粒子を散らしながら出現した。

 赤、青、そして緑が二つ。正しくそれぞれの魔力元素が『星の剣』となった姿だった。四方向から刃の切先がフローランナに向けられる。

 四人の脳裏に、一つの同じ神語が迸った。


「《燿り集う連星煌刃メテオレット・バースト》!!」


 四人の声が一つに重なり、一斉に武器を振るって刃を発射した。

 四色の刃が花の砲台ごとフローランナを貫く。直後、眩い閃光が放射線状に走り、大規模な爆発を起こす。オーロラの如き鮮やかな炎が広がった。

 花の砲台は爆砕され、木っ端微塵に煌めきながら、空間一杯に吹き荒れた。



 降り注ぐ破片が、再び花びらのように空間一面に舞う。まるでアイたちの力の完成を祝福するように。


『見事です。無事に新たなる力を習得しましたね。

 あなた達ならその力で、あの《影》の半身と戦うことができるでしょう』


 フローランナはアイたちの勝利を認める。

 上空にカナを非難させていたガリュマダロンが彼女と一緒に喜んでおり、その傍らのハイルカントリュスも満足げに息を吐く。


「今のが……『連星』……」


 アイたちは今の手応えを確認するように、己の手のひらを見つめる。


『ですがこれはほんの力試し。戦場ではこのような整った戦い方はできないでしょう。

 発動するにも全員が大幅な魔力を消費するため、使いどきを見極める必要があります。

 そして……その時まで全員が生き残っていなければなりません』


 フローランナは毅然とアイたちに告げる。四人は確認するように互いの顔を見合わせた。


『これからアンクサリスのもとへみなさんを転送します。

 もし、勝機が見えないと判断した場合、ただちに戦いを中断してみなさんを安全な場所に移動させます。

 その後のことは王国の騎士たちに委ねるしかありません……

 覚悟は良いですね?

 ガリュマダロン、ハイル、あなたたちも力を貸してください』

「ああ、行こう!」


 アイは決意を固めた眼差しでフローランナを見上げ、強く頷く。

 その答えを受け入れたフローランナは、掲げた右手に光を集める。そして、空間は再びホワイトアウトした。




* * *




 コキュートスの氷人形たちが身を潜める、ラインゼル軍機関に広がる荒野の片隅。

 森の影に紛れ、いまだ戦場を撹乱しているさらに幼い〝未調整〟達の状況をうかがいながら、自分たちの体の氷が剥き出しになっている部分を再生している最中だった。


 森の塔のさらに向こう、フィエロレンツ聖海から出現したアンクサリスを見上げるカイル、メイア、アルテノーラ、そしてジュディエ。

 自分たちを生み出した《影》の祖と言える存在が、姿を取り戻して目の前に君臨した。

 しかし現実感が湧かないのか、それとも傷だらけで疲弊しているからか、四体は朦朧とした幻覚を見るような表情をしていた。


「みんなここまでよく頑張ったね」


 不意に彼らの視界の外から男の声がした。はっと意識を引き戻され、一斉に声がした方を向く。

 荒野の崖の上で、煉獄の火口から転移したアルズ、そしてベリアルが立っていた。

 アンクサリスの復活は、塔跡地でアルズたちが役割を遂行した結果なのだろう。それを終えて四体のもとへ来たのは、彼の気まぐれだろうけれど。


「……アルズ……ベリアル……」


 いつもならはしゃいで喜ぶカイルたちだが、今は搾り出すように答えるのが精一杯のようだ。


「おかげでアンクサリスの復活を実行できたよ」


 アルズの肩越しに見える、分厚い雲を突き破らんとそびえ立つアンクサリス。

 その胸部――上空に、魔法陣の光が展開した。

 アイたちが大精霊の力でアンクサリスのもとへ転移したのだ。


 だが、アルズはそれすらも見越していたかのように微笑んでいた。逆光に沈んだ姿の中で、その笑みだけは妙にくっきりと浮かび上がって見える。


「ここからは最後の仕上げだ。

 この軍機関の戦いがどうなろうと、世界はもう止まらないよ」


 王国と帝国、どちらが勝利しようが、もはや彼らコキュートスにとっては瑣末なことだった。

 空を覆う濁雲。アンクサリスの巨大な陰。それに抗うように強く光る魔法陣の白。すべてが重く、鈍く、無機質な明暗ばかりがぎらついて、無彩色に染まっていく。

 まさしく《影》から生まれたコキュートスのための世界に塗り変わっていくように。


 ――22 フローラガーデン

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