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第22話 フローラガーデン-3

 誰一人として見知らぬ男が光の中から現れ、風が止むと共に静まり返る。

 リンやヴィッキーたち赤部隊の騎士が呆然としていたが、はっと我に返ったヴィッキーが咄嗟にリンを庇って前に立ち、武器に手をかける。


「な、何者!」

「そう怯えるな。私は自然元素に属する大精霊の眷属だ。

 利害が一致した状況ゆえ、貴様らにとって無害な姿をとってやった。

 今から大精霊を起こす」


 警戒する周囲の視線を歯牙にもかけず、男は一方的にそう(のたま)った。

 正体を知っているショウだけは、男の言っていること自体に嘘はないと理解している。――むしろ王家とショウたちカンティル族の〝眷属〟という関係性が、彼ら大精霊に起因しているのかと、半ば感心した。

 そしてハイルカントリュスを知っているカナもまた、例外的に青ざめていた。


「い、今の声、ハイル――」

「か、カナさん!! 今は大丈夫です!」


 周囲に不審がられるのも厭わずショウがカナを遮った。カナがこの魔獣に受けた仕打ちを考えれば何も大丈夫ではないのだが。その間にもリンは緊張感を伴いながら男に問う。


「力を貸してくださるのですか……?」

「下がっていろ」



 男――ハイルカントリュスが少し歩み出る。すると足元から風の渦が発生し、彼の体から一閃の光の輪が波及した。

 首に巻いているストールが、天鳥の翼の如く風に乗ってたなびく。

 光を受けた地面の花が一輪、また一輪と淡い光を宿し始め、やがて花畑全体が光を放つ。ショウは一連の現象を把握した。


「……自然元素でここ一帯の花の魔力を呼び起こしたのか」

「これだけあれば十分だろう。後はお前がやれ、小娘」


 ハイルカントリュスが光を維持しながらそう言い捨て、カナは彼と大樹を交互に見た。


「わたしももう一回歌ってみる。リンももう一度、フローランナに話かけてみて」


 カナは決意を固め、リンに告げる。


「姫様! 王妃陛下から授かった宝石を!

 私たちも自然元素の陣を展開します! 各自配置にお願いします!!」

「は……はい!」


 ヴィッキーのその言葉でリンははっと思い出し、懐から指示されたものを取り出した。

 母――王妃の血液を含み、結晶化した翠玉の宝石。バロディノーギア王家の地には、植物の中に巡る魔力回路に干渉する力がある。

 手の平の宝石がティアラに姿を変え、リンはそれを頭に頂いた。



 ヴィッキーの号令で、騎士達の魔法陣が周囲に展開される。

 カナはすう、と大きく息を吸い、再び歌を紡ぎ始める。

 カナの声に力が籠っていくにつれ、花々から光の粒が浮かび始め、大樹を照らすように周囲に広がっていく。

 そしてたくさんの光の粒がふわりと舞い上がり、大樹へと溶け込んでいく。樹の中からも光を発し始めた。


 枝の先々に光が巡り、一斉に花開く。

 光が空に舞うように霧散した、そこには――

 ――桜色の花弁が満開に咲き誇った、本来の姿を取り戻した大樹の姿があった。


「大樹の花が……咲いた……!」

「リン、お願い!」


 カナに促されたリンは、さらに前へと歩み出て、光を放つティアラを頭に戴き、大樹と向かい合う。


「フローランナ!! 聞こえますか?

 もし聞こえているなら……いえ、姿を現さなくても構いません!

 あなたには私達がついています! 苦しんでいるなら、私達が必ず助けます!

 だから……今もまだ大樹の中にいるのなら……返事をください!!」


 リンの声が大樹に響いた。同時に、リンの胸には、ティアラの宝石と同じ深緑の光が溢れ出していた。

 その光に呼応するように大樹の中心が一際強い輝きを放つ。

 そして大樹の幹から、光の球体が外へと浮かび出る。



 その球体は空中で少しずつ大きくなっていき……やがて、長い髪とドレスが風に揺れる女性の姿へと形を変える。

 光が弾け、現れたのは、緑の髪とドレスに花を纏った女性――



 ――春樹座(はるいつきざ)の大精霊、フローランナだった。




 リンやカナとショウ、そして本物の大精霊を目にした騎士たちから、驚嘆の声が上がる。


『……久しぶりですね。リンリアーナ』

「……フローランナ……!!」


 春風のような、そして母性のような温もりを感じる、たおやかな女性の声。リンの記憶と違わぬ、フローランナの声だ。


「私のこと、覚えているのですか……!?」

『勿論です。貴女はずっと私のもとへ来て、お話してくれましたから。

 最後に直接お話したのは貴女が五歳の頃でしょう?

 苦手で困っていると言っていた緑のお野菜は、食べられるようになりましたか?』


 カナやショウやヴィッキー、部隊の騎士達がいる前で幼い頃の不満をばらされてしまい、こんな状況だがリンは赤面した。


『むしろ私の方がよく覚えているかもしれませんよ?

 初めてお話したのは、まだ貴女が王妃のお腹の中にいた頃……貴女が生まれることを、彼女が教えてくれた時でしたから』


 久しぶりに実体化して会話できるのを喜んでいるのか、フローランナはリン以上に積極的に言葉を交わす。


『大きくなりましたね、リンリアーナ』


 もう一人の母であるかのように、フローランナは愛おしそうに目を細めて微笑んだ。


「はい……はい……!」


 フローランナを見上げるリンも、奥深くに押し込めていた記憶と感情が胸を満たし、涙で潤んだ瞳がきらきらと煌めく。

 感極まったリンは腕を広げて駆け寄り、フローランナも地面へと降り立つ。そしてどちらからともなく再会の抱擁を交わした。会えなかった長い年月の空白を、互いの温度で埋め合うように。

 カナとショウは、リンの想いが叶った姿を見て、こみ上げる安堵で顔が綻ぶ。

 花畑一面にひらひらと舞い散る光や花びらも、リンたちを祝福しているようだった。



 そんな少年少女たちの輪の外側で、ヴィッキーは他の騎士たちと同様に、放心して立ち尽くしていた。

 本物の大精霊を目の前にして、畏敬の念で体が固まってしまっているのか。

 ……いや、大精霊の存在を実感すればするほど、もう一つの真実を、感情を、胸が苦しいほどはっきりと感じているのだ。


 リンはずっと「フローランナとお話した」と、本当のことを言っていた。

 それなのに……自分はそれを、信じていなかった。

 証明できるかどうかは重要ではなく、リンにとってそれが大事な想いであるということを、一緒に信じることはできたはずなのに。

 どうして臣下として上手くいかないのか。

 そんなのは……「忠誠を誓う」なんて言いながら、こんなにも長い間、彼女と共有するべきものを受け取ろうとしなかったからだ。


「………………」


 本来ならば、誰よりも自分がリンに寄り添うべきうだったのに。

 今の自分に、あの子供たちの輪に入る資格はない。

 不甲斐ない自分自身への悔しさで、胸が締め付けられた。

 ……それでも、自分はこの戦いから彼女を守り抜きたい。こんなに幼くても王族として国を守ろうとする彼女の力になりたい。


 ヴィッキーは深く目を閉じ、苦い感情を噛み潰す。そして強い眼差しで顔を上げ、リンとフローランナの再会を瞳に焼き付ける。これから先、迷わずリンを信じるために。

 悔いを刻んだヴィッキーを静かに見守るように、彼女にも光を帯びた花びらがささやかに降り注ぐ。



『みなさん、ありがとうございます。

 これほどの手を施してくださったおかげで、力を取り戻すことができました』


 フローランナがリンを抱き締めていた腕を解き、顔を上げると、その表情は毅然とした大精霊の顔に変わっていた。


『大気から吸い込んだ《影》に侵され、長い間不安な思いをさせてしまってごめんなさい。

 ですが、大樹の中から貴女たちや王国のことをずっと見守っていました。

 今起きていることも……承知しています。今こそ私の結界が必要なのでしょう』


 彼女もこの大樹にリンたちが集まった理由、大陸で起きている状況をすでに理解しているようだ。


『貴方にも苦労をかけてしまったわね、ハイル』

「五大精霊と褒めそやされる分際で……相変わらず悠長な女だな、貴様は」


 そして、眷属と名乗った男――ハイルカントリュスにも、久しげに言葉を交わし合うフローランナ。今の二体が人に近い姿をしているのも相まってか、古い縁の壮年同士のような会話だ。



『貴女の兄、レオノアードも一つ目の戦いを終えたようです。

 そしてすぐに次の戦いが迫っています』


 そう言ってフローランナは遠くの方、戦場となっているラインゼル軍機関の方向を見つめる。

 視線の先に存在しているのは、鬼神の如き黒い甲冑の巨大物。


『……あれは恐らく《影》そのもの……

 千年前の戦いの末に、アステルによって星と繋がれ、命に……《影》の大精霊になったもの。

 (あざな)はアンクサリス。

 あの大きさをもってしても、今はその半身に過ぎないのでしょう』

「《影》の……!?」


 フローランナが告げた言葉に、皆が驚愕する。やはり彼女は、《明星の救世主アステル》と契約し共に戦った、当時の五大精霊その人。

 そして今、地上に甦った《影》の実体化が始まったのだ。


『今、レオノアードと共にいるのは……アステルと、ガリュマダロンの……

 そうでしょう、そちらのお嬢さん』

「そ、そう! アイとジフも一緒にあそこにいるの!」


 カナがフローランナの口にしたアステルという名から汲み取り、アイのことだと直感した。

 つまり、レオナやアイ達は今からあの巨大な《影》――アンクサリスと戦うのだろう。



『私たちも急ぎましょう。

 王国を守護するみなさん、どうか引き続き力をお貸しください。

 そして貴方がたの王女を――リンリアーナを私にお託しください。

 この子達は必ず、貴方がたのもとへお帰しします』

「御意!!」


 大精霊の願い出に、赤部隊の騎士たちも声を一つにして応える。

 部隊の指示へと向かおうとするヴィッキーの背中を、フローランナが見つめる。


『ヴィクトリア』


 不意に呼びかけられたフローランナの声に、ヴィッキーは天啓を耳をしたかのように驚き、息を呑んで振り返る。


『ありがとう。リンリアーナの傍にいてくれるのが、貴女で良かったわ』


 大精霊から直接そう告げられ、ヴィッキーはしばし呆然としていた。次第にその言葉は、人と大精霊という隔たりのない、言葉通りのありのままの意味だと悟る。

 やはり彼女は王国の全てを見守っていた。まごうことなくバロディノーギア王国の守護者だった。ヴィッキーは強く頷く。


「……はい……!!」


 役目に戻っていくヴィッキーを見送り、フローランナは自分のもとに残った子供たちを見回す。


『よろしいですか、リンリアーナ。そしてそちらのお二人も。

 ハイルも手を貸してくれるわね?』

「フン、この借りは高くつくぞ」


 互いに遠慮のない言葉を交わし合うフローランナとハイルカントリュス。

 やがてフローランナを中心に、足元に大きな魔法陣が広がり、一筋の光の柱となって空の分厚い雲を貫いた。




* * *




 一方、その頃の魔導塔跡地。

 フローラガーデンの大樹から光が立ち上ったのを、塔上階の昇降口からアイとジフとガリュマ、そしてレオナ王子たちが目撃していた。


『あの光から大精霊の力を感じりゅぞ!』

「フローランナが……復活したのか!」


 大精霊の遺伝子を持つガリュマがアイの中に宿ったまま、同じ大精霊であるフローランナの放った力を感じ取っていた。

 ガリュマとアイの反応に、レオナ王子も確信する。


「リンたちが……上手くいったのか……!!」



 不意にアイの体から光の球体が飛び出し、地面に着地すると共に、大きな四足獣の形になる。

 光が弾けると、朱色の体毛に真紅のたてがみ、竜の翼を広げた獅子――獅子焔座(ししほむらざ)の大精霊、ガリュマダロンが現れた。


「が、ガリュマダロン!?」

「本物の……五大精霊……!?」

「もしかしてガリュマなのか……!?」

『おう! そうだぞ!」


 初めて大精霊を目にするモナハ代表とオリカだけでなく、いつもの仔竜獅子の姿しか見たことのないレオナも一緒になってどよめいた。


『アイ、ジフ! フローランナが俺達を呼んでるぞ!

 アンクサリスを止めるために、協力してほしいと!』

「やっぱり、俺たちの力も必要なんだな!」

「わかった」


 ガリュマダロンはアイとジフに次なる使命を促す。彼らのやりとりを、レオナは複雑な顔で見ていた。



「アイ、ジフ……行くんだな」

「はい! フローランナと王国の結界の力が復活して、俺の大星座の力と、大精霊二体分の力があれば……

 今ならまだ何とかできるかもしれない!」


 アイの強い意志がこもった返事に、レオナは悟る。

 コキュートスが紛れているのを確認し、戦場に出ると覚悟を決めた時から、アイたちは最初からそのつもりだったのだろう。実際この少年には、それができるだけの力と経験がある。

 胸に込み上げた後ろめたい葛藤を飲み込み、王子は頷いた。


「健闘を祈る」

「はい!!」


 レオナに託されたアイとジフは、声を揃えて応える。


『よし、行くぞ!』


 ガリュマダロンの全身が眩く輝き、広がった光がアイたちを取り込んで、再び光の球体になる。そのまま宙に浮かび上がると、大樹の光の方へ一直線に飛翔していった。

 暗雲を切り拓くかの如き一筋の閃光が、空に描かれていく。



 ガリュマダロンの光が見えなくなってなお、レオナは遠くの大樹の光を見つめ続ける。

 あんなに巨大で禍々しい物体の相手を、幼い子供たちに任せることしかできない。苦い無力感が表れた彼の背中を、切なそうに見ていたモナハ代表とオリカ。だが、モナハ代表は表情を引き締めてレオナに告げる。


「レオナ、私たちもここで終わらせるべきことがまだあるわ。

 あんなものが現れた以上、戦場の帝国軍兵士たちも、王国を襲撃している場合じゃないはずよ」

「モナハの言う通りだ。こんなものは……元帥の計画にも無い」


 二人に発破をかけられ、レオナが振り返る。その瞳にはやり切れなさが残っていたが、一度目を閉じ、再び開いた時には、国を背負う者の顔をしていた。


「ああ……わかってる。

 元帥を止めた今、とにかく王国と帝国双方の混乱と不信感を解こう。

 戦場に取り残された者達も早く助けないと……!」


 塔の壁には、モナハ代表が強行突破で突っ込んだ小型航空機が瓦礫と共に鎮座している。

 機体に搭載している情報通信系統をモナハ代表の技術で利用すれば、各位に今の情報が伝えられるかもしれない。三人は航空機の方へと向かっていく。


「……すまない……アイ、ジフ、ガリュマダロン……どうか頼む……!」


 レオナ王子はもう一度だけ肩越しに振り返り、切実な想いを口にした。

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