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第22話 フローラガーデン-2

「《疾空斬(しっくうざん)》!!」


 森の道中。ヴィッキーがハルバートを振り下ろし、放たれた緑の斬撃が前方を塞ぐ巨大な蔦を切り裂く。蔦の持ち主である切り株の魔獣が音を上げながら倒れ込んだ。

 すかさずリンが弓矢を放ち、魔獣の頭上で魔力が弾ける。魔力のシャワーを浴びた魔獣は、眠りに落ちながら治癒の光に包まれた。

 この切り株の魔獣も、いつもとは違う森の様子でパニックになり、蔦を暴走させていたようだ。動きが止まった魔獣を見て、リンが心苦しそうな顔をする。


「ごめんなさい……すぐにいつもの森に戻しますから」

「これで道が拓けました。ここを抜ければ、フローラガーデンの大樹に着きます」


 木々の向こうから差す光の方を向き、ヴィッキーが言う。

 先程の山小屋で、より最短距離の道を割り出したことで、どうにか目的地が見えてきた。一行は光の方へと進み、その向こう側へと踏み出す。



 広く開けた空のもと、足元には色とりどりの緑と花が咲き誇る。

 それらを総べるように、天に向かってそびえ立つ大樹が待っていた。大樹の枝先には、満開の花が咲き誇る。

 ……はずだった。


 しかし、そこにあるのは硬く乾いてくすんだ色の樹皮と、痩せ細った枝葉。風光明媚な花の国バロディノーギア王国の象徴というには、あまりにみすぼらしい樹だった。

 長い間、大気に混ざった《影》の影響を受け続けたことで、大樹はほんの少しの小さな芽しか生やさなくなった。その芽すら、ちゃんと開くのかもわからない。


 弱々しい姿になってしまった巨大樹を前に顔を歪ませながらも、リンは大樹のもとへと駆け出し、呼びかける。


「っ……、フローランナ!!」


 しかし反応はなく、枝が風にそよぐ乾いた音だけが響く。リンは強い悲しみに打ちひしがれる。


「これだけ弱っていたら、すぐには実体化できないのも無理はありません」

「わたしの歌の力で、大樹を治癒してみるから……!」


 ショウとカナがリンに追いつき、大樹を見上げる。

 今回の作戦、大樹と大精霊の治癒には、カナの《女神》の力が宿った歌声が要になっている。

 早速、カナは緊張で高鳴る胸を押さえ、一度大きく深呼吸する。そして精神を統一するように胸の前で手を組み、歌い出しの息を吸う。



 子守歌のような柔らかな、カナが歌声がフローラガーデンに響く。紡がれる詞――《女神》の神語に宿った力が、淡い光となって大樹の周囲を舞う。


「フローランナ……無事でいて……!」


 様子を見守るリンの目にも、熱が籠る。

 膨大な一篇の詞をカナが懸命に歌い続けるにつれ、光の螺旋も天高く伸びていく。やがて大樹の頂点まで届き、大樹全体を光が包み込んだ。


 大樹そのものが輝きを放ち、その光が次第に強まっていく。治癒の効果が表れるまでもう少しか、と大樹が見せる変化を、皆が固唾を飲んで見守る。

 その時――



 遠い東の方角、ラインゼル軍機関側で、この山から視認できるほどの眩い閃光が迸った。

 その数秒後、凄まじい轟音と地震が波及する。何かしらの砲撃が放たれ、爆発した音だった。

 不意に襲った揺れでカナは短い悲鳴を上げ、歌が途切れた。転倒しないよう咄嗟に足で踏み止まる。


「えっ……何……!?」


 一行は一斉に軍機構の方向を見た。

 直後、軍機関のさらに向こう側……フィエロレンツ聖海から、爆炎の如き黒いドーム状のエネルギーが爆ぜた。

 そしてドームの中から――遠く離れたリン達にも視認できるほど、巨大な影が立ち上がる。


「何……あれ……!?」

「あんなに大きなものが……海から……」

「あれも帝国軍が……? でもそれなら、聖海の方向に撃つなんてこと……」


 突如起きた大規模な異変に、カナやリン、ヴィッキー、そして騎士たちが戸惑いを露わにする。

 影の物体を凝視していたショウの脳裏で、その形状が不意に記憶と結びつき、悪寒と共に顔が引き攣る。


「でもあの物体の形……なんだか……見たことあるような……」

不意に  遠くから漠然としか捉られないものの、人のように直立した……巨大な甲冑のような形にも見える。

 漆黒の巨大な甲冑。それを目にしたのは一度や二度ではなく、ビテルギューズ大陸で生きていれば『文化』の一部として覚えることになる。多くの場合それを知るのは、《明星の救世主》の伝説に描かれた――



「……あっ、大樹……!」


 カナは歌が止まってしまったことを思い出し、慌てて大樹の方に振り返る。

 先ほどまでは歌の力を浴びて輝きを取り戻しているように見えたものの……歌が消えてしまえば、そこにあるのは依然として灰色にくすみきった枯れた大樹だ。


 樹の内側から反応があれば、アプローチの方法もわかるかもしれないが、手応えは無に等しい。

 そもそもやはりフローランナは存在しないのか。「会話をしたことがある」というリンの話は空想だったのか。リンは深い失意に呑まれる。


 そんな彼女たちの姿を、ショウも苦々しく見つめていた。

 大精霊を相手にするとなると、特に力も素質もない自分にできることは何もないのだろうか。

 無力感で急かされるように考えを巡らせ――



『――ぞう……小僧。聞いてるか、小僧』


 唐突に、声が聞こえた気がした。

 この場にいる誰でもない、しかし聞き覚えのある声。だが、こんな場所で耳にするはずのない声だ。

 ショウは自分の体に起きた違和感で思考が遮られる。


『聞いているかと言っている、この愚図』


 その物言いでショウは嫌でも確信した。

 焦りから来る幻聴か? そう思いたかったが、今は現実逃避している場合ではない。


 ショウにとって忘れるはずもない声。

 自分が村を追放される元凶となった者。

 そして、アイ達とこの手で打ち倒し、実体を失ってエネルギー体となり消えた……はずだった者。

 この声の正体は――



 ――天鳥の魔獣、ハイルカントリュス。




『何でお前がこんな時に呼びかけてくるんだ…! 消えたんじゃなかったのか!』


 声に出すわけにもいかず、ショウは魔力を通して強く念じることでなんとか返答した。


『そうだこの我の実体が消えた。だからこそ回復を早めるために、お前の体の魔力に同乗していたのだ。

 お前のせいでこんな状態になったのだから少しくらい責任と罪悪感を感じたらどうだ?』


 本鳥の言う通り、この魔獣はショウの故郷カンティル村を混乱に陥れ、その時村に居合わせたアイたちによって倒され、真紅の大鳥の姿をした実体は形を失い、消滅した。……と、ショウたちは思っていたのだが……

 まさかあの後から今の今まで、ハイルカントリュスと自分の体がそんなことになっていたとは。ショウは思いもよらぬ事実を知り、驚愕と恨めしさが湧き上がった。


『しかし相変わらず視野が狭いなお前は。

 私も本来は大精霊と同等の存在……さらに言えば目の前の大樹と同じ、自然元素を司っている。

 私なら干渉に値する』

『……そうだとして……だから何が言いたいんだ、こんな時に』

『私が早く回復するためにも、この大精霊には役目に戻ってもらわねばならん。

 我の糧とする大気の元素の循環が進まぬ』


 相変わらず不遜な物言いのハイルカントリュスの意図を聞いてなお、ショウは具体的な行動をわかりあぐねていた。

 ただ、〝自然元素同士で大樹に干渉する〟という目的は理解できた。その直後だった。


 突如、ショウの体から光の球体が飛び出し、一行の眼前……大樹のもとに降り立つ。

 風を纏いながら迸った光の中から現れたのは――


 ――肩に掛かる赤茶色と一房の白い髪。髪と似た色の、異邦人じみた褪せたジャケットと、臙脂色のストールをたなびかせる。

 本来よりいくらか地味ではあるが、まるでハイルカントリュスの風貌を人の姿にしたような、長身の男だった。



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