第22話 フローラガーデン-1
数時間前。レオナとアイたちの緑部隊がラインゼル軍機関へ出撃した頃。
時同じくして、別行動している赤部隊――リン、カナ、ショウ、そしてヴィッキーが率いる赤部隊の騎士たちは、バロディノーギア王城のさらに北にある山を進んでいた。
目指すは山の上部にある『フローラガーデン』。バロディノーギア王国の象徴とも言える、桜色の大輪を咲かせる大樹がそびえる花畑である。
その樹の中に、春樹座の大精霊、フローランナが眠っている。
大精霊の結界が弱っている今を狙ってか、フォルティリゼイナ帝国が襲撃を開始した。その戦火から王国を守るため、大精霊と結界を回復させることが一行の目的だ。
山を進む道中、野生の魔獣たちが平時よりも興奮した様子で飛び出してきた。どうにか戦闘不能に留めて追い払ったものの、殺気立った空気が森の魔獣たちに広がれば、先へ進むのが難しくなる。
一行は一度駐屯部隊が待機している山小屋に合流し、進路の確認を兼ねた休息を設けた。
「森の魔物たちも不安なんだね……」
「戦場の軍機関からは遠く離れていますが、逃げてきた見慣れない魔物にここの魔物が驚いたり、音や火薬の匂いをほんの少しでも感じ取っているんでしょう」
山小屋の周囲では騎士たちが地図や傍受した情報を持ち寄って話し合いをしている。その傍らのウッドテーブルの椅子に座り、カナとショウは森の方を見ていた。
自分達はアイ達と違い、軍機関の戦場を直接見ていない。それでも、人間ばかりか、魔物さえも逃げ惑う様子を目の当たりにすると、否応なく実感させられる。
本当に、国同士の武力衝突が始まっているのだと。
「カナさん、こんな状況で息が詰まるとは思いますが……今のうちに休んでください。
僕も少し空気を吸ってきますね」
「うん……」
気疲れが滲むカナに一言告げ、ショウは立ち上がる。彼も道中の魔獣を退けるために戦ってくれたのに、気を遣ってもらってばかりでカナは少し申し訳なさを覚える。
一人座ったままのカナは、膝の上で重ねていた両手を広げる。
そして、数日前のことを思い出していた。
* * *
――あれはまだ、サナが一緒に王城にいた時のことだ。
「サナはさ、どういうきっかけで自分で戦うようになったの?」
王城での自由時間、アイたちが別のことをしている裏で、カナはひっそりとサナと二人で庭園に出て、戦闘の特訓に付き合ってもらっていた。
そんな時、単刀直入ではあるがカナの方から気になっていたことをサナに尋ねたのだ。
サナは視線を落とし、しばし逡巡した。
「昔……助けられなかった人がいるの……」
サナはさざなみのような繊細な声で、ぽつりと答えた。
「ずっと一緒にいた友達……いつもは私が守ってるつもりだったのに……
災害が起きて、いざって時に、私だけ生き残った」
彼女から返ってきた答えに、カナは気軽に聞くことではなかったと、申し訳なさそうな顔をする。それでもサナは嫌悪のようなものは見せず、遠い目をして続ける。
「その後も、私と同じように大事な人を失った人達に、たくさん会った。
そして……ある人に託された。
〝もう動けない自分のかわりに、どこかにいる友達を助けて欲しい〟って」
そう語った時、鈴の音のようだったサナの声に、強い感情が籠ったような気がした。
「その時決めたの。今度こそ助けるために……
もう二度と〝助けられなかった〟なんてことがないように、今から強くならなきゃって」
サナは端的にしか語らなかったが、戦う理由の説明としては十分だった。
異常現象が加速的に多発する今の時代、誰がどのような過酷な経験をしていても不思議ではない。ミステリアスに見えていたサナにも、今まで歩んできた自分の人生があるのだとカナは知る。
「そっか……サナにそんな辛いことがあったんだね……」
「なんとなく、カナはその友達に似てるの。
だからあの時みたいにならないように、私が守らなきゃって思っちゃって」
「えっ? ああ……そうだったんだ」
思わぬことを告げられてカナは驚くが、晩餐会の夜でのサナの行動を思い出し、あれには明確な理由があったのだと理解する。
「ついこの間会ったばっかりのわたしが、こんなこと言っていいのか、わからないけど…… サナのその気持ち、すごくわかる気がする」
サナの心境を思い遣ってか、カナは自分なりに言葉を選びながら言う。
「わたしも、ずっと一緒だった家族を助けられなかったから……
だから今一緒にいるアイ達には、同じようなことになってほしくなくて……
わたしにも何かできるようになりたかったの……」
「………………」
カナが吐露する胸中を聞き、サナの表情が少し陰る。彼女の鮮やかな金色の目には一瞬、複雑な光が宿ったが、カナにはそれが何かの罪悪感か、ただの同情か、読み取ることはできなかった。
「それにしても納得した。だからいつも、暴走した魔獣や街の人達を助けてくれるんだね。
前にもジフと一緒に魔獣を止めてくれたんでしょ?」
「え……」
カナにかけられた言葉で、サナにしては珍しく意表を突かれたような生返事を零した。
「ずっと前から特訓してきたサナみたいに、すぐなれるわけじゃないけど……
サナが戦ってる所を見てると、わたしも頑張ればあんな風になれるかもしれないって、
勇気づけられた……っていうのかな?」
男の子が《救世主》や強い人に憧れるのってこういう感じなのかな?とカナは照れ臭そうに苦笑する。
「それにわたしが強くなれば、心配してくれるサナが悲しいことを思い出さなくて済むから」
「……カナ……」
カナの無垢な言葉に感化されるように、サナも年相応の少女らしい少し驚いた顔を見せる。そして、ほのかな笑みを浮かべた。
「……私もカナのこと応援してる」
「うん、ありがと!」
サナはおもむろに両腕を伸ばして歩み寄るが――晩餐会の夜での反応を思い出したのか――カナに触れる寸前で、腕を降ろす。
しかし今度はカナの方から両手でサナの手を包み込み、握り締めた。
目が合った彼女達は嬉しそうに、そして心強そうに微笑み合った。
* * *
――もう二度と〝助けられなかった〟なんてことがないように。あの時のサナの言葉を、カナの脳裏で反芻する。カナ自身のかつての経験と重ねながら。
今の自分にははっきりとした役目がある。今ならまだ間に合うかもしれないのだ。
カナは膝の上の両手をぐっと握り締めた。
別のテーブルでは、腰を下ろしているリンに、ヴィッキーがそっと声をかけていた。
「姫様、少しよろしいでしょうか」
「はい、ヴィッキー」
「……大精霊の、ことなのですが……」
言葉を選ぶように、ヴィッキーは一瞬言い淀んでから口を開いた。リンの表情も自然と引き締まる。
「これは私の予測というか……予感に過ぎないのですが、
もし、大精霊の治癒に成功して、そして姿を現したとしても……その力を借りるために大精霊と契約できるのは…… 大星座のレオナ殿下である可能性が高いと思われます」
言い終えたヴィッキーの声音には、まだわずかな躊躇が残っていたが、それでも最後まで言葉を濁さなかった。
「アイくんがガリュマくんを大精霊に進化させられたのも、アイくんの大星座の力だと言っていましたし……」
「……はい。承知しています。
〝頑張ったぶん私にも何かあるだろう〟と、そんな期待をしすぎて、ショックを受けないように……そうなる前に先に諭してくれたのですよね」
ヴィッキーが伝えようとしている意図を、リンはしっかり理解しているようだ。
「ありがとう、ヴィッキー」
「……姫様……」
リンはヴィッキーを見上げ、柔らかな笑みとともに感謝を口にする。
彼女は一国の姫と言えど、まだ十歳の幼い少女だ。そんな彼女に、残酷な現実を突きつけるような話をしてしまった。あまつさえ、大人びた振る舞いで返されてしまったことに、ヴィッキーの胸は締めつけられる。
ヴィッキー自身も、リンの長年の願いや努力が報われてほしいと心から思っている。期待が裏切られ、彼女が深く傷つく姿など、見たくはなかった。
だが……もし現実に直面した時、自分がそれを支えきれる自信がない。
だから、あらかじめ心の準備を促すような言葉を投げかけた。自分のために予防線を張ってしまったのではないか。
そんな個人的な損得など関係なく、子供のリンにはっきり教えるべき時もある。それが大人であり、臣下である自分の役目だと重々承知している。
わかってはいても、ヴィッキー胸の奥で渦巻く後ろめたさは拭いきれないままだった。
「ヴィクトリア卿!」
「……はい!」
作戦会議中の騎士に呼ばれ、ヴィッキーはリンに一礼して席を立った。
彼女とすれ違い、入れ替わるようにリンのもとにやって来たのはショウだ。
「姫様、ご気分はいかがですか?」
「……はい。体調に問題はありません。ただ……」
ショウの問いかけに、リンは最初こそ丁寧に応じたが、言葉の端々から不安が滲み始める。
「ここまで来て、こんな時に……なんだか頭が真っ白になってしまったというか……やるべきことはわかっているのに、この先のことが、何も想像がつかなくて……」
同じ子供同士のショウになら、弱音を零せるのだろうか。リンは正直な現状を打ち明けた。
「私と同じでまだ子供の、アイたちが一緒なら、きっと私にもできると……
そう思ったのは、私の考えが甘かったのでしょうか……」
リンの表情は、まるで迷子の子どものように不安げだった。
昔から何度も訪れている大樹への道が、状況や目的が変われば、全く知らない景色になってしまったようで。
自分の意気込みが、いかに心もとないものだったのか、その現実にリンは押しつぶされそうになっていた。
俯きがちに遠い目をしているリンを、ショウが静かに見つめていた。
「……アイくんたちが僕らの村に来た時、大きな事件が起こりました」
不意に、ショウが問わず語りを始める。
「僕と出会って昨日の今日で、本来何も関係ないはずがいきなり巻き込まれた立場だったのに、
アイくんたちは最後まで僕を見捨てずに、一緒に戦ってくれて……僕や村を、助けてくれました」
それは、王国に到着する前、ショウがアイたちと出会った時の話。
リンが抱くイメージ通りのアイたちの勇姿が、ショウの口から語られる。
かなり簡単な言葉で説明しているのは、今は悠長に話せる時ではないからか、幼いリンにもわかりやすく言ったのか、それとも……彼なりの理由が何かあるのか。
「だから僕は彼らについて行こうと決めました。
たとえそれが国同士の戦いの中であっても」
ショウにしては言葉少なで、そしていつもの客観的な理論とも違う、ショウ自身の感情が導き出した答えだ。彼にしては珍しい言い方だと、リンは思った。
「アイくんたちやカナさんが一緒なら、きっと大丈夫です。
だから姫様も、胸を張って大精霊フローランナに会いましょう」
不思議そうに見上げているリンに、ショウが微笑んで言った。いつにも増して、彼が心を曝け出して話してくれている気がした。
ショウがこんなにはっきりと言うのなら、本当にそうなのかもしれない。リン自身もそう感じ始めていた。




