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第21話 復渇の日-3

「お前!! あの時の古塔の……!!」

「おお、ちゃんと覚えてるとは賢いガキじゃねぇか。それでも擬態は見破れなかったみてぇだな」


 アイとジフはこの男を知っている。かつて古塔でコキュートスと戦い、アイたちが勝負をつけたかに思われた時、突如新たに現れた男だ。

 対峙したのは一瞬だったが、言葉通りその場を滅茶苦茶にして去って行った彼をはっきりと記憶している。


 一方、対照的にオリカはひどく動揺を露わにしていた。


「セッサント大尉じゃ……ない……? 一体いつから……もしかしてお前……大尉を……!!」

「いつから? いつからって三年前だよ」


 オリカの脳裏に、セッサント大尉と塔内で別れた後、この男の手にかかったのではないかという想像がよぎる。

 しかしベリアルから吐き捨てられた答えは、オリカの想像をあっさりと上回った。


「何度も話してやっただろ? 三年前、現地調査の時に地震に遭って、大穴に落ちたって。

 そもそもよぉ、どうやって落ちたか知ってるか?」


 わざとらしく手をひらつかせ、軽薄な仕草と表情で、ベリアルは語る。


「突き落とされたんだよ、隊の仲間に!!

 地震が起きたのはたまたまで、事故に見せかけて殺すつもりだったんだよ! 調査の場所が決まった時から! 最初からあいつ以外の仲間ぐるみで!!

 どっかの誰かが漏らした噂で、自分の隊にイマジニクスがいるって知ったら、気持ち悪くてかなわねぇもんなぁ!!」


 劇のクライマックスを迎えるかのように、ベリアルは大仰に両腕を広げて声を張り上げ、高らかに嘲笑い飛ばす。

 オリカの目には、この男の姿に、いまだセッサント大尉の面影が目に焼きついていて、それが歪んでいく様がひどく耐え難かった。


「落としただけじゃ即死しなかったが、ほっといてもあんな穴の底なら勝手に死ぬからなぁ。隊の奴らはろくに確認もせずにそそくさと退散した。

 ……だからその時、俺が助けた」

「……助けた……?」


 悪辣な物言いとは正反対の行為を告げられ、オリカは思わず同じ言葉を聞き返す。



「わざわざ底まで降りて、まずは目を治してやったんだよ。それで取り引きをした。

“お前の顔と名前を俺にくれるなら、ここから助けてやる”ってな。

あいつは二つ返事で縋ってきて、『帝国軍のセッサント』を俺に譲ってくれた。約束通り洞窟の外まで連れ出して、後は好きにさせた。

本物のレイス・ティエル=セッサントは、今頃とっくに顔と名前を変えて、国外逃亡してんだろうよ」


 ベリアルの言っていることが本当なら、元々存在していたセッサントは、今も生きている。

 しかし、オリカとカーサー元帥が数年もの間、行動を共にしていたのは、彼本人ではなく……この男なのだ。


「後はあいつの姿になって死にそうなふりをしながら国に帰還した。そこからは知っての通り『奇跡の帰還兵』として、元帥の部下に返り咲いた。

 とうの昔に俺達コキュートスがこさえた聖国の遺産を、さも新しく見つけたように報告すれば、面白いくらい順調に計画が進んだよ」


 ベリアルは飄々と語った。


「最初にコキュートスにちょっかい出された屈辱で息巻いてるくせに、簡単にそのコキュートスが紛れ込んで。

 差別の恨みで被害者面してるくせに、同じ国で生きてるイマジニクスを抹殺しようとして。

 尊厳のため? 軍神ルシュフィールの下に?

 滑稽だよなぁ、何もかも!!」


 腹を抱えて笑うベリアルの下卑た声が響き渡る。

 一方的に真実を聞かされ続けるレオナ王子、アイ、ジフ、そしてオリカは、その陰惨な全容にただ絶句している。


「そんなに滅茶苦茶にしたかったのか……帝国を……」

「あぁ? そりゃ個人的に嫌いだが、それはお前もこのおっさんも同じだろ?」


 何をそんなにショックを受けているのかと、同類に語りかけるような口ぶりで、ベリアルはオリカに吐き捨てる。



「それに兵器が必要なのは俺たちだって同じなんだ。このおっさんの優秀さは心から有り難かったぜ。

 だから用が済んだ後も、俺たちを倒すために活躍されちゃあ……困るんだよなぁ」


 横たわる元帥に向かって、ベリアルが芝居がかった動きで一礼する。


「兵器が……? な……何をするつもりーー」

「戦争ほど効率的に負の感情を集められる場所はないからね」


 ベリアルとは違う男の声が、オリカの問いを遮って、ぬるりと答えた。

 そして、ベリアルの後ろからまた一人、人影が現れる。



 白く短い髪に、幾何学的なラインが入った白い服。鮮やかで空虚なアイスブルーの瞳。

 アイとジフが忘れるはずのない、悪意と脅威を振りまく、倒すべき存在。

 コキュートスのリーダー、アラストル。



「アルズ!!」

「生きていたのか……!!」

「せっかくまた会えたのにそんな怖い顔するなんて、悲しいじゃないか」


 瞬間、敵意を剥き出しにするアイとジフとは対照的に、アルズは残念そうに眉を下げる。

 この男――アルズは、かつて海の古塔で戦い、アイの大星座の力によって打ち倒した。しかし、トドメを刺した手応えがなかったのも確かだった。その寸前でベリアルが現れ、アルズを回収すると同時に、塔を崩壊させたからだ。


「初めまして、レオノアード殿下。お会いできて光栄です。

 そっちの彼女はベリアルが長い間世話になったね」


 アルズはさも親しげにレオナ王子に頭を下げ、オリカに挨拶をする。二人は警戒しながらアイとジフを庇うように後ずさる。


「この男が……コキュートスのリーダー……?

 この襲撃は……この争いは、コキュートスが仕組んでいたのか……!?」

「本当は大星座の殿下に僕が直接アプローチしたかったんだけど、その前にアイ達と少し羽目を外し過ぎたからね。今もまだ傷が響くんだ」


 レオナ王子にまるで外道を見る目で睨まれながらも、しかし当のアルズは他愛ない話でもするかのように喋り続ける。


「だから帝国に潜入してたベリアルに任せて、最短かつ直球で兵器を完成させて、帝国と王国を衝突させた。

 殺し合いで生まれる恐怖、怒り、保身、殺意。病気で時間をかけて苦しめるより、あっという間に負の感情が膨れ上がる。

 《影》を復活させるのに一番手っ取り早いのさ」


 高まる敵意や憎悪を向けられようと、アルズは一向に意に介さず、この争いの目論見をあっさりと自白する。

 そんな理由が真相だと言われても、納得できるはずもなく、アイの怒りは燃え上がる一方だった。


「お前……地上に出てきたのは、大星座を救うためじゃなかったのかよ!!

 なんで国を二つも巻き込んで……戦争なんて……!!」

「もちろん僕は大星座も救いたいけど、同じくらいこの大陸が嫌いで今すぐ壊したいんだ。今やりたいのは二つ目の方なんだよね」


 アイの怒声は、アルズの支離滅裂な答えであっけなく虚空に消えた。


「君達だってたった今ベリアルから酷い話を聞いただろう?

 それに過去に起きた戦争は、僕らや《影》に関係なく人類が勝手に起こしたものだ。せっかくアステルが救ってくれた大陸でさぁ。

 今更僕らが遠慮する必要あるかな?」


 アルズは笑っている。しかしその笑みは侮蔑そのものだった。

 それを目にしたアイの頭の中で、混乱と衝撃でざわめいていた音が全て消え去る。


 アイはこの大陸の歴史を知った。大星座の信仰の成り立ちと、そこにあった不義理の数々を知った。帝国の人々の嘆きを知った。

 だから、かつてアルズが大陸の価値観に失望し、強く否定していたのは正しかったのではないかと、ほんの一瞬でも思った時があった。


 しかし改めて彼本人の口で、声で、吐き捨てられた言葉を耳にして、確信した。

 どうして、元帥やこんなに沢山の人が犠牲になるまで気付かなかったんだと、自分自身に怒りを覚えるくらいに。


 こんなのが、正しいはずがない。


「なんてことしやがったんだ!! お前ぇええええ!!」

「アイ!!」


 衝動的に斬りかかるアイを、ジフとレオナ王子が咄嗟に追う。対してアルズは涼しい顔のまま氷の刃を生成し、アイの剣を受け止める。

 競り合う刃の隙間からじっくりとこちらの表情を見つめるアルズに、アイはさらに嫌悪し、互いを弾き返した。


「元帥から離れろ!!」

「おいおい、泣けるじゃねぇか」


 オリカもまた、ベリアルを引き剥がすように剣を振るう。さも彼女に合わせてやるかのように、ベリアルはその場から軽やかに飛び退いた。


 この男達を野放しにするわけにはいかない。本能に突き動かされるまま、アイたちは一斉にアルズとベリアルに猛攻を奮う。

 しきりに刃がぶつかり合う金属音。炎と氷、魔術の閃光が飛び交い、各々が掻い潜りながら二人の男に一撃を叩き込もうと向かっていく。場は激しい乱戦状態にもつれ込む。

 男達はそれすらも戯れのように、迫り来るアイたちを誘い込み、そしていなし、跳ね返すのだった。


「《獄峡鑽(ごっきょうけん)》!」


 ベリアルが刀を地面に突き立て、勢いよく隆起する岩塊の柱がアイたちを退ける。

 そしてアルズはふわりと宙に浮かび、背中に巨大な氷の結晶の翼を広げた。


「まあまあそんなに怒らないでよ。今は君達と戦うつもりはないんだ。

 僕も君達を傷つけたいわけじゃないからさ。

 少しじっとしててくれると助かるな」


 彼がひとたび両翼をはためかせれば、冷気を帯びた豪風がアイたちを襲った。

 木の葉のようにあっさりと吹き飛ばされた四人ははそれぞれ壁に叩き付けられ、付着した氷の粒が一瞬にして氷塊になり、体を部分的に氷漬けにして彼らを壁に固定する。


「すぐ終わるから、そこで見ててよ」



 アルズの後ろでは、すでにベリアルが兵器の柱――制御装置に手を付けていた。

 周囲の八枚の壁が機械音と共に一枚ずつ上昇していき、北東の方角の昇降口(ハッチ)が解放される。吹き込む風の先には、むき出しの空が広がっていた。


「喜べ、クライマックスだぞ」


 ベリアルが空の前に躍り出て、逆光を背負いながらおもむろに刀を高く掲げた。

 その動きに呼応するかのように、彼の背後――はるか遠くのフィエロレンツ聖海、その海面が突如として激しく揺れ動く。


 次の瞬間、海が裂けるようにして、膨大な量の水が天へ向かって噴き上がった。

 螺旋状に絡み合いながら天を目指して立ち上る、水流の柱が出現した。


「元素の柱……!?」

「あれって……まさか……!」


 目の前で披露された現象に、アイとジフは驚愕する。

 あれほど広範囲の水を操り、柱を形成する力。その光景は、かつて目にしたものに酷似していた。

 アイの炎の柱、そしてヨータの光の柱……いずれも大星座が起こす現象と共通しているのだ。

 ――だとしたら、このベリアルという男は、まさか――


 ベリアルの動きに目を奪われている間にも、柱からプシュゥンと圧縮音が漏れ、作動準備に入ったことを告げる。巨大な鉄が重低音を響かせて動き出し、二つに割れて開いた。

 その中から、魔導兵器の砲台が姿を現す。


「やめろ!!」


 拘束を解こうともがきながら必死に制止を叫ぶアイたちの声をよそに、アルズは緩慢に振り返り、腕を伸ばす。


「これがこの戦場に渦巻く……君たちの負の感情だよ。

 さあ、ようやく〝君〟の体を取り戻すことができる。

 目覚めるんだ……アンクサリス!!」


 彼の手のひらに集う黒い光が、禍々しいエネルギーへと変貌していく。漆黒の球体は脈動しながら膨張を続け、やがて閃光と衝撃波を伴って増幅した瞬間、兵器に向けて放たれた。

 エネルギーを浴びた兵器がゴゥン、と鈍い音を立てたのち、辺り全ての音を吸収したかのように静寂に反転する。


 そして無音の中で、一瞬の眩い光が迸り――兵器の発射口から強大な漆黒の閃撃が発射された。まるで大気すら焼き払うかのごとく、塔内を眩く染め上げながら一直線に放出される。



 開放されたハッチを潜り抜け、空を裂いた砲撃は、聖海の水の柱に直撃した。

 透明な水と漆黒のエネルギーがぶつかり合い、混ざり合う。水の柱は黒く濁っていき、さらに膨張していく。まるで先ほどまで兵器を隠していた、機械の制御装置のように――

 吐き出された砲撃が全て水の柱に吸い込まれると、その中心から紫紺色の輪が波及し、周囲の大地に伝播した。


 途端、水の柱に引き寄せられるように、空にひしめく暗雲が蠢き、濃度を増していく。もはや昼夜も関係なく、空の光が閉ざされていく。

 軍機関の戦場にいる両軍の騎士と兵士達も、みな次々に空を見上げ、突然の異変を目の当たりにする。


 次の瞬間、水の柱が破裂した。

 荒れ狂う聖海の波面に、重たい水飛沫が打ちつけられる。降り注ぐ暗灰色の雨の下に、巨大な物体が姿を現した。


 その造形は、漆黒に塗り込めた甲冑のようであり、鬼神にも似た威圧感を放っている。

 まるで、戦場に終焉を告げに来た使者。

 あるいは、《明星の救世主》に伝説に語られる、《影》の化身そのものだった。



「――――――」


 見ていることしかできなかったアイたちは、言葉を失っていた。

 アルズは兵器で何をした? あの巨大な異形は一体何だ? これから何を起こそうとしている?

 視線の先にそびえ立つ漆黒の巨体が、それぞれの記憶の中にある、《明星の救世主》の伝説の一節……《影》の姿と一致し、体の奥底からえもいわれぬ悪寒が沸き上がる。

 かたや満足げな笑みを浮かべるアルズとベリアルの背後に、黒く蠢く渦――煉獄の火口が出現した。


「それじゃあ、また会えるといいね。

 アイと王子様はもし死にそうになったら、その時に特別になんとかしてあげるよ」

「ま……待て!」


 アイたちを壁に拘束したまま、アルズはそう言い残して踵を返す。そしてベリアルと共に、煉獄の火口の中に消えていく。

 がむしゃらにもがいていたアイは、やがて自由な方の片手で剣を握り、地面に突き刺す。その場所から波及した熱波が氷を溶かし、ようやく四人は開放された。

 だが、ほどなくして渦自体も消滅してしまった。



「っ……、クソぉッ!」

 アイは怒りと悔しさの籠った声を吐き捨て、地団駄を踏む。

 レオナ王子が、そんなアイの姿を遣る瀬ない目で見る。そしてもう一人、静かに立ち尽くしているオリカの方へ視線を移す。


「……元帥……」


 オリカは呆然と、覆い被さる岩塊越しにカーサー元帥を見下ろす。まだ、岩塊を退けてその顔を見る決心がつかない。

 こんな襲撃を仕掛けたのだから、タダで生きて帰れるなどとは思っていないはずだ。少なくとも王国騎士団を相手にする以上、戦場で何が起きても覚悟の上だっただろう。……いや、もっと前から、いつか寝首を掻かれるんじゃないかと思ったこともある。

 ただ……漠然と、彼が本当にこんな死に方をするとは思っていなかった。


 こんなに大きな争いを起こした彼が、もう動くことも喋ることもない。そんな現実にオリカはいまだ実感が持てず、横たわる彼の傍で立ち尽くしている。

 レオナ王子や、アイとジフも、なんと言葉をかけたら良いかわからず、塔は空虚な静寂だけが残る。



 静寂――である故に、場にそぐわぬ騒音がよく響き、塔の外から近づいていることに気付いた。最初に口にしたのはジフだ。


「……エンジン音……?」


 ブロロロロロ、と重く熱い機械音。そして周囲の森を激しく波立てる猛風とプロペラ音が、どんどん大きくなっている。


「この音の大きさ……建物との距離が近すぎるぞ!」

「伏せろ!!」


 何らかの飛行する物体が、止まることなくこの塔に迫ってくる。レオナ王子とオリカもその気配を明確に察知し、咄嗟に防御壁を展開しながらアイとジフを庇って飛び退く。


 塔の壁が破壊される凄まじい轟音、震動。瓦礫が吹き飛ばされ、深く濃い煙が視界を埋め尽くす。

 その中には確かに、外からの光で浮かび上がるシルエット――一機の小型航空機の姿があった。



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