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第21話 復渇の日-2

 幾重にも連続する火薬の破裂音。カーサー元帥の周囲が炎に照らされ、無数の弾丸が放たれた。

 レオナ王子は直ちに剣を足元に突き刺す。


「《昇る陽樹の緑鎖エンブレイス・プラント》!!」


 床を突き破って蔦が隆起し、走路を描くように一直線に伸びる。王子とフーゴがその上を突き進みながら、飛び交う弾丸を蔦が弾き落とす。さらに蔦から花弁が舞い散り、聖光属性の輝きを帯びて元帥の視界を屈折させる。

 カーサー元帥は姿勢を変えることなく、指を鳴らす。金の粒子が瞬時に集まり、鋭い刃の壁を形成。花弁を切り刻んだ。

 さらに花弁の残骸を金色の銃弾に変え、レオナ王子へ撃ち返す。王子の剣と蔦、そして銃弾の攻防が続き、彼の進攻を阻む。


「《冥睡せし響霧(ワイド・ディレイ)》!」


 フーゴが二刀流の剣を振り、紫の閃光が波及して、銃弾の軌道を歪めた。

 さらに彼の剣から濃密な黒い煙が放出する。煙は空間に駆け巡り、元帥の視界を遮りつつ不規則に揺らめく。



「うおおッ!!」


 目の前を覆う煙を切り裂いてフーゴが現れ、剣を振り降ろす。それでも元帥は避けようとせず、目の前に引き寄せた金属で刃を受け止め、金属音とともに火花が散った。

 鍔迫り合いになる剣と金属越しに、フーゴと鋭く睨み合いながら、元帥はわずかに眉をひそめる。


「っ……!」

「――――――」


 この騎士の動きや威力は、かねてより分析していた王国騎士団の戦闘データから、ある程度予測はできている。

 だが、その予測以上に……この男の力が、言葉通り手に取るようにわかる(・・・・・・・・・・)。元帥にとっては、逆にそれが違和感となった。

 まるで自分が、以前から知っているような――


 その疑問をこの場で晴らすように、元帥の顔のすぐ横で放たれた金属の刃が、フーゴの鎧の兜を破壊する。

 そこに現れた顔は、やはりレオナ王子の臣下の男……フーゴそのものに違いなかった。

 危機を感じたフーゴは自ら飛び退き、再び揺れる影の中に消えた。



 銃弾の雨が弱まるのを、後方の光のドームの中からジフが捉え、槍を構えた。


「《コールドスピア》!」


 薬莢に装填される如く、彼の背後で氷の礫が輪を成し、連射される。元帥の手足を凍らせんとする狙いは正確だが、元帥の周囲に浮かぶ金の粒子が盾となり、ぶつかる氷が砕ける。

 だが、こちらの術を発動する時間稼ぎには十分だった。


「《さんざめく払暁(ライジング・ウェイブ)》!!」


 ドーム内でアイが大剣に炎を纏わせ、力を込めて地面に突き刺した。熱波の輪が繰り返し波打ち、周囲を眩い緋色に染め上げる。

 そして――煙の中からレオナ王子が飛び出す。彼の体と手に握る剣は、アイの炎を受けて強い光を放っていた。さらに切っ先に花弁が渦巻く突風を纏い、殴りつけるように叩き込む。


「はああああああッ!!」


 剣撃を喰らった金属の盾が砕け、カーサー元帥の姿が露わになる。レオナ王子は突進するように元帥に斬りかかった。

 元帥が腕の表面に手甲の如く金属を纏い、体術でレオナ王子の剣撃を捌く。王子は引き剥がされまいと喰らい付くが、柱の前に立つ元帥は最小限の足取りで攻撃を受け流し続ける。


「いい斬りだ。だが──まだ足りん」

「ぐっ……!」


 王子の剣を受け止め、至近距離で見下ろしながら、元帥が吐き捨てる。肉弾戦に及んでなお、元帥はその場から動いてすらいない。

 カーサー元帥はレオナ王子の鳩尾を蹴り飛ばす。一度距離を取り、指を鳴らした。複数の金属から銃が生み出され、一際高く空中に浮上する。

 そして正しく雨の如く、頭上から一斉に撃ち乱れた。



 レオナ王子は光のバリアを展開して銃撃を防ぐ。が、彼が防御に終始している間にも、元帥は新たに金属を変形させ、鋭い棘がいくつにも連なった金色のアンカーを生み出す。

 アンカーは蛇のようにうねり、勢いよく地面に潜った。


「レオノアード!!」


 アンカーに気付いたフーゴが叫ぶ。彼は咄嗟に走り、レオナ王子を突き飛ばす。

 直後、王子がいた足元からアンカーが突出し、フーゴの背中に直撃した。


「がッ……」


 短い悲鳴がフーゴの口から吐き出される。一度引き抜かれたアンカーが、フーゴの体に巻きついた。

 レオナ王子は彼の名を叫びそうになり、それより先に手を伸ばす。しかしその手は空を掻き、アンカーは捕らえたフーゴごと引き戻されていく。



 アンカーは元帥のもとへ戻り、彼の傍らでフーゴが宙吊りにされる。

 傍らに浮遊していた一丁の拳銃が、フーゴの頭部に銃口を突きつけた。


「殿下、取り引きをしませんか」

「……取り引き?」


 直前までの殺気立った攻防から一転、まるで外交の席に着くような元帥の口調に、レオナ王子は一層の警戒を強める。


「この取り引きに応じてくださるのなら、命までは取りません。戦闘、並びにこの襲撃を停止しましょう。

 無論、兵器の使用もです。我々とて《影》を討つ切り札たるこの兵器を、無駄撃ちしたくはありません。

 殿下と、そこの少年……大星座のお二人は、特に丁重に扱うことをお約束しましょう」


 取り引き、と元帥は言った。

 しかし――レオナ王子の返答によっては、フーゴに向けられた拳銃が放たれるだろう。

 これは交渉ではない。明白な「人質を使った脅迫」であることを、元帥は明示している。


「ですが、一つだけ条件があります」


 元帥はさらに続ける。


「殿下ご自身の言葉で、宣言してください。

 この形骸化した信仰を、その基盤ごと――撤廃すると。

 〝《影》の脅威から生き延びたければ、必要なのは信仰でなはく、明確な秩序と技術だ〟と、大陸全土に向けて。

 それを我々帝国の理念に合意したサインとして、取り引き成立とし、兵器の運用を凍結しましょう」


 淡々と吐き出される言葉の一つひとつが、空気を冷たく凍らせる。

 レオナ王子は全身の血がひりつくのを感じた。


「私たち王国に……降伏しろと言うのか!」


 レオナ王子は声を荒げた。

 元帥の要求は明白だった。兵器の照準を外されたくば、王国は完全に屈服し、帝国に従属せよと。属国として、都合よく大陸に働きかける存在になれというのだ。到底受け入れられる条件ではない。


 だが――引き金を握っているのは、依然として元帥だ。

 主導権はあくまで彼の手中にある。冷ややかな視線が、レオナ王子の返事を急かすように鋭く突き刺さる。


 人質となっているフーゴも、命乞いの素振りを見せない。

 歯を食いしばり、ただ王子が屈服しないよう強く願っているかのようであり……一方で、処刑の待つ者の如き表情に、覚悟が滲んでいる。


 アイとジフも緊迫した空気の重圧に耐えながら、レオナ王子の決断を待つ。

 躊躇いを振り切るためか、王子はフーゴに視線を遣ろうとしない。

 奥歯を噛み締め、乱れそうになる呼吸を律し、彼は声を絞り出す。


「どんな手を使われようと……私たちバロディノーギア王国は、絶対にあなたに屈しない……

 あなたのやり方を……認めることはありません」


 レオナ王子は不屈の意志を宿した強い眼差しで元帥を見つめ返し、答えた。

 彼の様子を黙して窺っていた元帥が、静かに言った。


「……そうですか」


 ――――次の瞬間。



 乾いた銃声が響いた。

 フーゴのこめかみに突き付けられた銃が、無慈悲に放たれた。彼の頭から鮮血が炸裂し、降り注ぐ。

 一発。その一瞬でフーゴはこと切れ、宙吊りのままぐったりと項垂れた。



 アイとジフはひゅっと息を呑み、声を殺しながらも、凄惨な光景に衝撃を受ける。レオナ王子も依然として沈黙を貫くが、見開かれた瞳が揺れている。


 カーサー元帥はたった今殺した傍らの死体には目もくれず、王子の様子を注視する。

 不意に、元帥の視界の端から、黒くぼやけた何かが漂い、視線だけでそれを追う。死体から零れ落ちる何かかと思ったが、違った。煤や灰に似た、黒い何か。


 いや、これは、宵闇元素の魔力の残滓。

 元帥が傍らの死体の様子に気付いた頃には、すでに“フーゴだったもの”の上半身は形を失い、黒い煙が溢れ出していた。みるみると元帥の周囲を、黒が覆っていき――




 その分厚い煙を破って、オリカが姿を現した。元帥の背後から剣を振り下ろす。




「――――!!」


 反応は刹那。身を捩った元帥がアンカーで受け止める。弾き飛ばされたオリカは王子たちのそばへと着地し、間髪入れず再び斬りかかる。火花を散らす金属の衝突音が空気を裂き、激しい応酬が続く。

 オリカとフーゴが入れ替わった。否、最初からこの階層にいたフーゴは、宵闇元素の魔術を使ったオリカの擬態だったのだ。尚且つそれが解ける際に、分身の幻影を仕込んでいた。


 二人が宵闇元素という共通の属性を扱うことは知っていたが、それを利用してオリカがフーゴに成り済まし、戦い方をトレースしたのだろう。

 フーゴの動きから微かに感じた既視感と、レオナ王子たちが仲間の死に取り乱さない違和感。その正体がオリカであったことを、元帥はアンカーを操作しながら瞬時に理解する。


 だが、物理的な原理を理解したとて――元帥自身の部下であるオリカが、何故そんなことをしているのだ。


「血迷ったか、ドロヴィス……!」

「お前の下についた時からな!!」


 繰り返しぶつかり響く、鋭い金属音の合間で、互いに言葉を吐きかける。

 その最中、オリカと斬り結ぶカーサー元帥の死角から、レオナ王子が飛び込んだ。応じた元帥は片腕を振り抜き、二本目のアンカーでその斬撃を受け止める。

 敵が二人に増えてなお、元帥は両腕でアンカーを同時に操り、応戦を続ける。三者は武器を振るい、絶え間なく衝突させた。


 一瞬でも足を止めた者から負ける。先ほど撃たれたフーゴが幻影だったとは言え、元帥が一切の躊躇いなく引き金を引いた事実。

 それを目の当たりにしたレオナたちには、もはや迷っている暇などなかった。



 カーサー元帥が両腕を交差させると、それに呼応するように二本のアンカーが旋回を始める。

 彼の周囲に、まるで球状の格子を描くようなバリアが形成されていく。完全に構築される前に、レオナ王子とオリカが二方向から一斉に斬りかかった。

 元帥は両腕に纏った金属を駆使し、その猛攻を同時に受け止める。


 三者は互いの動きを封じるように接近戦へともつれ込む。その間にも円を描いて舞うアンカーの切先。その一瞬の、僅かな隙間――


 鋭い直線が放たれ、カーサー元帥の右手を掠めて通り抜けた。


 軌道をなぞるように、元帥の人差し指に装着されたアーマーリングが破壊される。直後、手の甲から血が噴き出し、元帥の頬をかすめて鮮やかな弧を描いた。

 リングが形を失ったことで金属の制御が途絶えたのか、直後にアンカーや周囲の破片が朽ちてゆき、一斉に地面へ崩れ落ちる。



 カーサー元帥は、操り糸が切れたかのようにだらりと垂れ下がる右手を、左手で抑えていた。生暖かい血が指先を伝って流れ落ち、真っ赤に染まっている。

 レオナ王子とオリカは依然として剣の構えを維持したまま、アイとジフの盾になるように立ち、反撃に備えた。

 元帥の鋭い視線が、飛来物の放たれた方向を射抜く。


 遠く離れた光のドームの中で、アイとジフが一本の槍を共に構え、切先をこちらに定めていた。

 放たれたのは、ジフの氷の礫。それが命中した衝撃で、氷の中に封じられていたアイの炎が炸裂した。

 爆発したのはただの火ではない。元素の根源を司る、アイの大星座の力が宿った炎。被弾した部分から、灼熱が体内の魔力回路にまで及び、焼き尽くされたのだ。回復には時間を要するだろう。

 見た目は戦場にそぐわぬ幼い二人の少年――だが、一人は確かな実戦経験による狙撃能力を持ち、もう一人は大星座だ。


「……これが大星座の力の……ほんの片鱗……これほどまでとは……」


 その身をもって威力を喰らい、元帥は本能で思い知る。



「この少年達と、彼女の協力がなければ、貴方に勝てなかったでしょう」


 元帥の状態を見たレオナ王子が告げる。


「彼女……ドロヴィス少尉は一度我々が戦闘不能にしました。それでも自分の足で我々に追いつき、取引を持ち出しました。

 “協力する代わりに、エーデルワイシス代表を帝国軍から助けろ”と。

 実際彼女は上階に潜んでいた自軍の兵を先回りし、帝国軍が所持する端末を我々に渡して、情報を教えてくれた」


 王子の視線が、かすかにオリカへと向けられる。

 オリカが王子側についているこの状況の理由。そんな所だろうと予想はしていた。だが、納得のいく動機には思えない。命を懸けるには、あまりにも利の薄い取り引きだ。


「今更そんな悪足掻きをした所でどうなる。代表は監視兵が移送しているだろう」

「その“移送先”も、私が幻影で別の場所に送らせた」

「……何?」


 オリカの反論に、カーサー元帥は眉を顰めた。



「監視兵二名と、代表と私。四名で移送車の移動中、周囲一帯の景色を幻影で覆った。

 別の場所に進んでいるのを、本来の目的地に向かっているように錯覚させたんだ」


 彼女の口から明かされた真相に、元帥は正気を疑った。

 考えが浮かぶことはあれど、そんなものは現実逃避の夢想に等しい。それを計画の進行中に実行するなど、予想できただろうか。


「到着した建物の中で、私が代表を眠らせたのを確認した兵から、“問題なし”との報告があったはずだ。

 監禁するギリギリまで私と代表を同行させたのが失敗だったな。  ついでにその兵たちも私が気絶させた。時間になっても代表がここへ招集されることはない」


 オリカの言う通り、監視兵からの報告を確かに記憶している。そして元帥にはもう一つ、覚えがあった。

 ――『ドロヴィス少尉が憔悴しているようです』

 数時間前に、セッサント大尉から私信で送られてきた報告。


「……セッサントの報告はそういう意味だったのか……」


 恐らくセッサント大尉は、オリカの様子が心因的なものだと思ったのだろう。しかし、この塔に到着する前に、移送車を誘導するほどの幻影魔術を使ったのであれば、体力的にも大幅に消耗するのも当然だ。

 点と点が繋がり、目の前に立ちはだかる真相に、元帥は歯噛みする。


「それがお前の判断か。セッサントまでも裏切るつもりか」

「何の報いも受けずに逃げられるなんて思っていない。

 どちらにせよ、どうせ後は死ぬ以外何も残らないんだ……

 中途半端に残った時間で、少しでも自分のやりたいようにやるまでだ」


 吐き出された声は、凛とした覚悟を孕んでいた。もはや彼女が強制されるものは何もない、正に捨て身の状態であることを告げる。


「他人に負い目を感じるくらいなら、最初からこんなことやりはしない。自分が道を外れて蔑まれることを、私自身で決めたから、それで良かったんだ。

 なのにその理念を叶える方法が、モナハに引き金を背負わせることなら……そんな世界を生き延びても、喜べることなんて何もない。

 だから私は、自分の罪を認める。この話は無しだ」


 オリカは強く断言する。

 すでに多くの兵の犠牲を出したこと、そして無辜の人々に戦火を向けようとしたこと。それをこの期に及んで言い訳はしない。

 だが、彼女はまだ、自分で選べる。だから選んだ。


「それに……レオノアード殿下が私に言った。

 〝元帥に正当な裁きを受けさせる為に、必ず生かしたまま止めてみせる〟と。私はそれに賭けた」


 それが二人の間に交わされた取り引きだった。

 元帥にしてみれば、どこまでも青臭く無軌道だ。オリカも、王子も、後ろの少年たちも、そして入れ替わった臣下も、皆が納得して口裏を合わせたというのか。

 半ば愕然とするように、元帥は言葉を失っていた。



 レオナ王子は苦々しく、静かに口を開く。


「きっとこの先も、この大陸は何度も選択を間違えます。

 一度で全てを解決する術は……悔しいですが、現状存在しません」


 元帥を阻止しようと必死になっている彼の、けれど今の大陸を悲観する言葉。

 故に、彼は気付いている。元帥を止めるために本当に必要なのは、武力でも、同情でもなく――大陸の現状を認めること。明確な決着をつけることだと。


「あなたの戦争という手段は、断じて認めることはできない。あなたを裁かない世界にするわけにはいかない。

 それでも、あなたの言う通り、この大陸には精算が必要だ」


 王子が口にしたのは、元帥の理念――大陸の現状に対する嘆きへの、同意であった。

 たとえここで元帥を排除しても。あるいは、このまま元帥が愚かな民衆を一掃したとしても。

 きっとこの大陸は間違い続ける。もはや大星座の信仰だけでは支えきれないほどに。


「この大陸が……多くの人々が精算を乗り越えられる、新たな支柱を増やさなければならない。

 信仰という感情に依るものだけでなく、形を持った構造、全て一律に適用される、揺るがぬ秩序が要るのです。

 兵器を開発した技術。組織を動かした統率。長期に渡る思案……その手腕は、破壊ではなく創造のためにこそ用いるべきです。

 今、この大陸でそれを成し遂げられるのは、あなたしかいない」


 形を持った構造、その秩序。レオナ王子の言葉がカーサー元帥の記憶と結びつく。

 ――共同組織の設立。


「だからこそ――私はあなたの力を借りたいのです」


 レオナ王子は強く訴える。アイ、ジフ、そしてオリカは、王子が語りきるのをじっと見守る。

 元帥に対し、最後まで言葉を紡げるのは、この中で彼だけだろう。王子にして大星座である彼自身が戦場に身を投じ、己の足でここまで来たのは、この為だったのだ。

 アイは、毅然として自分たちの前に立つレオナ王子の背中を、目に焼き付ける。


 そしてレオナ王子は剣を降ろし、臨戦体勢を解く。

 暫し、彼とカーサー元帥の視線がまっすぐに交わった。

 国際会議の時のように、公衆の面前で相手を論破し、民意を味方につけることもできたはずだ。だが、王子はこのような場所で、元帥ただ一人に対して主張のやり直しをした。

 それは、「信仰による序列」に頼らないという、彼自身の信条と、覚悟の証そのものなのだろう。


 カーサー元帥は考える。

 大星座の力で魔力回路を焼かれた以上、もはや万全の力は出せない。力を温存している大星座の少年。戦場で通用する精度を持つ教団の少年兵。何より捨て身になったオリカがあちら側に付き、何をしてくるかわからない。

 王国騎士団、及び覚醒していない王子だけなら、勝算はあった。しかし戦場に子供を引き連れ、敵兵を信用してでも戦力を増やし、その結果アドバンテージを握っているのは――

 ――間違いなくレオナ王子の方であることを、認めざるを得ない。


 屈するくらいなら誇りと共に命を捧げる。そう叫んだとして、それで世界は変わるだろうか。人の……己の命にそこまでの価値などないことを、カーサー元帥は知っている。

 この兵器は、そしてこの襲撃は、そんな儀式や芝居じみたことのために始めたのではない。

 レオナ王子たちは答えを待っている。沈黙の中、カーサー元帥の唇が微かに開き――




 ――――ドッ。




 不意に、鈍重な音がした。

 カーサー元帥の動きが止まる。王子たちの表情が驚愕に染まる。元帥は辛うじて視線を動かし、気配がする方――背後を見遣る。


「……セッ……サント……?」


 背後に密着していたのは、音もなく現れたセッサント大尉。彼の足元には、黒いもやが薄く漂っている。

 両手に握る刀で、元帥の背中から腹にかけて貫かれていた。

 セッサント大尉は乱暴に刀を引き抜き、よろめく元帥は崩れ落ちるように膝をつく。


「お疲れ様でした、カーサー元帥」


 元帥が力を振り絞って肩越しに振り向く。そこに立っている大尉は、特別狂乱している素振りもなく、見慣れたいつも通りの冷静な彼が上から見下ろしている。


「た……大尉!?」


 同じく彼の姿を見たオリカが叫ぶ。驚きと戸惑いで青ざめた顔を見るに、寝返った彼女と共謀していたわけではないのだろう。

 元帥もまた、みるみると顔から色が失われていく。セッサント大尉の刀の刃先には、禍々しい煙のようなものが揺らめく。ただ貫かれただけでなく、刀には強力な魔力が込められていた。

 その魔力が全身に駆け巡り、毒牙にかかったかのように力が奪われていく。足元に血溜まりが広がり、息が乱れ、視界が溶けていく。やがて元帥は倒れ込んだ。


「元帥!!」


 オリカとレオナ王子の叫びが、やけに遠のいて聞こえた。


「元帥、あなたは確かに優秀だった。そんなあなたの下に就けたことを、心より光栄に思います。

 だからこそ……それほどの力を持つあなたが、この先も生きていられると……実に不都合なのです。

 どうぞゆっくりお休みください」


 とつとつと語るセッサント大尉の、溢れんばかりの賛辞。その中に覗かせた彼の本性。

 そんな大尉の声さえも次第にぼやけてゆき、微睡みにも似た感覚の中で五感が閉じていくのを感じながら、元帥は悟り――


「……これが……私の……――――」


 最後に掠れた声を溢し――瞳孔が開いた目で、彼は瞬きをしなくなった。



「…………そんな…………」


 カーサー元帥が殺害された。一行は目を疑い、呆然と立ち尽くす。

 オリカが衝動的に元帥へ駆け寄ろうとした時、対峙するセッサント大尉がゆらりと顔を上げる。


「苦労して従わせた部下にどちらも裏切られるなんて……酷い話だ」

「た、大尉……どうしてこんな……!!」

「“大尉”? そんなものはいませんよ」


 オリカの言葉を一蹴し、彼は淡々と語る。そしておもむろに自身の両目を覆う眼帯を外した。

 露わになったのは――鮮烈な金色の瞳。

 遮るもののなくなった瞳の光に共鳴し、彼の体を黒い渦が覆う。霧散した渦の中にいたのは、レイス・ティエル=セッサントではなく。


 長く鮮烈な蒼色の髪、貴族のような黒いコート、右手に握る刀。

 煉獄の使者、コキュートスの一人――ベリアルだった。



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